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憂きな中にも旅の空
by kanekatu
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2016年8月アクセスランキング

当サイトでは初めての試みだが、8月のTOP10は以下の通りだった。

1 バルト三国旅行記(2015/6/1-6/10)(1)出発
2 バルト三国旅行記(12)エストニア・タリン①
3 中国シルクロード旅行記(2015/8/14-21)(1)出発
4 熱海「大観荘」に泊る
5 世界の絶景ベスト10「文化遺産・建物」編
6 バルト三国旅行記(2)エストニア・タルトゥ
7 世界の絶景ベスト10「自然遺産」編
8 スペイン・ポルトガル旅行記(1)
9 熱海「小嵐亭」に泊まる
10 モロッコ旅行記(5)
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# by kanekatu | 2016-09-04 11:17 | Trackback | Comments(0)

スイス旅行8・最終回(チューリッヒ)

7月5日はツアーの最終日で帰国日です。この日は観光のスケジュールが無く、空港に向けてバスが出発する午後3時までは自由行動です。
ホテルが空港に近いので、ホテルからのシャトルバスは空港行きしかありません(しかも片道有料)。従ってチューリッヒの街に出るには空港から列車で行くしかありません。
こういう日程であれば、ホテルは市内にあった方が便利なので、旅行社としては一考を要します。
添乗員が気を利かして希望者全員をチューリッヒ市内まで引率、帰りもチューリッヒ中央駅で待ち合わせ、そのままホテルまで引率してくれたので助かりました。
空港駅で列車の切符を買う際にone day passを購入すると、中央駅との往復料金に若干プラスするだけで市内のトラムやバスが無料で利用できるので、便利です。

チューリッヒの街はとても分かり易い。街の中心をリマト川が流れ、バーンホス通りなどのメインストリートは川に沿っています。川の両側に主な施設が建っているので、迷うことがありません。添乗員から予め簡単なレクチャーを受けていたので、地図無しで市内を散策できました。
チューリッヒ中央駅。
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リンデンホフの丘で、チューリッヒ発祥の地。ここから市街が見渡せます。銅像は1292年にハプスブルク家と戦った女性兵士を讃えて建てられたもの。
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丘から東側を見下ろした風景。
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街の中心を南北に流れるリマト川。
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二つの尖塔を持つ大聖堂は12世紀初頭の建築。内部のステンドグラスはジャコメッティ作。
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聖母教会は12-15世紀に建てられたゴシック様式の建物。内部に入るには有料というのは珍しい。ステンドグラスはシャガール作。
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この辺りから南側がチューリッヒ湖になります。
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チューリッヒ湖畔を散策。風船おじさん。
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若い人たちの語らい。
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スイス旅行記も今回で最終回となります。
いくつか気が付いたことを順不同で述べてみたいと思います。

スイスには真夏に行かれる方が多いでしょうが、山岳部の観光やトレッキングでは寒さ対策が要ります。特に天候が悪いと急激に体温が奪われますので、真冬に近い服装の準備をしておいた方がいいでしょう。基本は重ね着。標高や天候によって服装をこまめに変えるのは煩わしいですが、仕方ありません。

スイスの料理ですが、ツアーで出た食事でいえば基本は肉(ソーセージを含む)とジャガイモで、簡素なものでした。味は、普通に食べられます。ツアーではいくつか食事無しというのがあり、各人がレストラン等で自由に食事をとったのですが、美味かったという話題はきかなかったので、料理の点ではスイスにあまり期待できないという印象です。
ワインは生産が盛んですし、ビールも自国で醸造しています。味は普通だと申し上げておきましょう。ただ、ほとんどが自国で消費し輸出が限られているので、せっかくだからスイス製のものを飲んだ方がいいでしょう。

買い物ですが、これは他の欧州諸国でも同じことが言えますが、日曜は土産物店を除き休みです。夕方は飲食店を除き7時頃には閉店する店が多い。日本でいうコンビニは無いようで、代りに駅のキオスクがあります。
スーパーマーケットは都市や大きな町村にはありました。こちらは日曜でも営業しているようです。閉店は午後の6時か7時頃になるので、利用する際は時間に注意した方がいいでしょう。以前はスーパーでも2時間程度の昼休み(シェスタ)があった様ですが、今は続けて営業しているようです。ただ、私が入ったスーパーで、アルコール類は昼休みには扱っていないという店がありました。

試しにスーパーでおつまみにサラミ風のソーセージと、軽食としてサンドイッチを買いましたが、サンドイッチは日本のコンビニの方がはるかに美味い。ソーセージはあまりの不味さに一口食べただけで後は捨てました。私の選び方が悪かったのかも知れませんが。チーズは日本人に合わないものがあると聞いていたので、朝食の時のバイキングで、食べられそうな銘柄を覚えておいて買いました。

ワインはスーパーで買うのが良いと思います。陳列棚にはもの凄い種類のワインが並んでいるので迷ってしまいます。大半がドイツやフランス等からの輸入品で、スイス産を見つけるのは値札にスイスの国旗が付いるのを目安にするといい。銘柄は好みがあるので、添乗員や現地ガイドの意見を参考にした方がいいでしょう。私が聞いた範囲では、白なら「ファンダン」「ヨハネスブルク」、赤なら「ドール」「ハイデ」といった辺りがお薦めでした。お土産にワインを買って帰りましたが(他に買うものがなかったので)、家族には好評でした。
ホテルの部屋で飲むのにはドイツ製テーブルワインを買い、価格は3スイスフランでしたが晩酌用には十分でした。

ワインで面白かったのは、レストランでテーブルワインを注文すると、100mlにつき何スイスフランという価格になっていることです。正確に測ってワイングラスに注いでくるんです。ビールのジョッキには液体をここまでという線が入っていて、その通りに入れてきます。ドイツもそうですが国民性ですね。

ホテルは今回いずれもスーペリア以上という事でしたが、部屋の広さは相当に差がありました。他の欧州の国と同様に冷房設備がないホテルが多い。場所によっては寝苦しいと感じる場合もあります。今回はバスタブ付きの部屋が多かったが、一斉にバスを使うと湯の温度がどんどん下がってしまうというケースもありましたので、注意が必要です。浴室に石鹸とシャンプーの片方しか備えられていないホテルもあるので、気になる方は予め日本から用意した方がいいでしょう。

添乗員から、スイスはチップの制度があると聞いていましたが、ありません。不要です。特別なサービスを受けた時に、心づけとして渡す程度と考えておきましょう。レストランで支払いの際に端数が出た場合は、釣銭をそのまま置いてゆく程度でいいでしょう。ホテルの枕銭も不要です。

スイス旅行では何より景色が最高のご馳走であり、お土産だと思います。

最後までお付き合いいただいた方、有難うございます。
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# by kanekatu | 2016-07-28 08:23 | スイス | Trackback(1) | Comments(2)

スイス旅行7(ベルニナ線 ザンクトガレン)

7月4日、前泊したサンモリッツのホテル・ノルダ。今回のツアーでは最もグレードの低いホテルでした。
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ホテルからバスでサンモリッツ駅へ。途中の車窓風景
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ベルニナ線は、スイスのサンモリッツと、イタリアティラーノ間の高低差1824mを、約2時間で結ぶ路線です。最大勾配が100分の7ありながらラック式鉄道ではなく、通常のレールを使った粘着式鉄道で運行させていて、粘着式鉄道としてアルプス最高地点を走ります。世界遺産。
私たちはサンモリッツ―モルテラッチ間のおよそ30分間だけの乗車で、まあ、記念のために乗ったという所です。
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モルテラッチ駅を降りると駅前にレストランがあり、可愛らしい店員を見つけました。男性客は全員がカメラを持って近づき写真を撮っていました。ったく、いい年して、なんて、私もその一人だったんですがね。
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ここから約1時間のハイキングで、目的はモルテラッチ氷河を見るためです。
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真ん中の木の向こうに青く見えるのが氷河で、まだ相当に遠い。片道30分でどこまで近づけるか。
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1970年と書かれた標識は、この年にはここまで氷河があったことを示しています。今では遥かかなたで、氷河の後退がいかに酷いかが分かります。
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ようやくモルテラッチ氷河の姿がはっきりと見えてきました。ここが1980年の場所です。しかし、ここまでで30分を費やし、残念ながら戻るしかありません。
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ここも景色の美しい所です。
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バスでサルガンス駅に移動し、
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駅構内にあるレストランで昼食。メインはチキンだった様な気がします。
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モルテラッチから約3時間バスで移動、午後からは世界遺産の街・ザンクトガレンの観光です。
駅前から大聖堂に向かう道路がメインストリート。
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この街の目玉は図書館で、グーテンベルク時代の印刷本を始め17万冊を蔵書、中世ヨーロッパの学問の総本山と呼ばれていました。
内部を見学しましたが、まるで美術館の様な壮麗な内装は確認できたものの、館内は薄暗く展示物の内容を確かめることはできません。タイトルや説明文も読み取ることが出来ず、早々に退散しました。
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大聖堂は二つの尖塔を持っています。
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大聖堂前の広場で寛ぐ人々。
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ザンクトガレンの街を最も特徴づけるのは、建物に取り付けられた出窓だろうと思います。
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石造りの建物に木製の出窓を取り付けたものですが、17世紀以後にこの街の商人たちが豊かさを誇示したり、貿易商が自分の扱う商品を宣伝したり、単なる飾りとして凝った彫刻を施したものもあります。私が知る限りでは、こうした特異な出窓はこの街でしか見られないと思います。
趣味の良し悪しは別として、それぞれ一見の価値はあります。
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上の画像の一部を拡大すると、舌をベロリと出した顔が彫られています。奇抜なデザインですね。
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バスで1時間半移動し、チューリッヒへ。
夕食はゲシュネッツェルテス、仔牛肉のシチューです。チューリッヒ名物だそうです。
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スイスでの最後の宿泊はチューリッヒのヒルトン・チューリッヒエアポート。
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# by kanekatu | 2016-07-26 09:15 | スイス | Trackback(1) | Comments(0)

スイス旅行6(氷河特急)

7月3日は、早朝にツェルマットを出発、バスでフルカ峠を越えて、アンデルマットから氷河特急に乗車し、サンモリッツまで移動するという工程です。途中いくつか観光があるものの、この日は大半が移動です。
ツェルマットで2泊したホテル・アンタレス、こじんまりとした素朴ないい感じのホテルでした。
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京都ツェルマット協会の碑を見つけました。花が供えられていて。
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ガソリン車が入れないので、村内はこうした電気自動車だけが走っています。
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最初の観光地サースフェーは、周囲を氷河と4000m級の山脈に囲まれた絶景が楽しめる筈だったのですが、深い雲がかかっていて何も見えません。何も見えない所を散策するというのも辛いです。仕方ないので記念にと、バス駐車場近くのホテルの写真を1枚。45分歩いて、村の人に誰も合わなかったんですから。
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フルカ峠越えの道路は狭くヘアピンカーブの連続で、対向車が来る度に停車し、前進とバックを繰り返しやり過ごすんです。ガードレールも何もない崖ギリギリに車を寄せるのでスリル満点です。
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ようやく峠に到着。フルカ峠はヨーロッパの分水嶺として昔から有名で、峠の西側に降った雨はレマン湖から地中海へ流れ、東側に降った雨はライン川に合流し北海に注がれます。
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ここから歩いて直ぐにローヌ氷河があります。世界的に有名な氷河特急は、元々はこのローヌ氷河を見ながら通過していった事から命名されたものです。今ではここを通らず、従ってローヌ氷河も見えないので、正確には氷河特急とは言えません。
ローヌ氷河の入口で、ここから谷へ降りてゆきます。
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氷河の末端を氷舌と言いますが、この辺りがローヌ氷河の氷舌で、年々かなりのスピードで後退しているそうです。これは全ての氷河に共通しており、やはり地球温暖化の影響が大きい事を示しています。
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氷河が岩を砕き削っていく様子が窺えます。
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牛がのんびりと草を食んでいる様子が写っています。夏季はこうした涼しい高地で放牧しています。
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氷河特急の中間駅に位置しているアンデルマット、この辺りがメインストリートの様です。
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アンデルマット駅から氷河特急に乗車です。
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車両は天井までガラス張りのパノラマカーなので、景色は良く見えます。イヤホンが付いていて日本語で解説してくれます。
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食事付なのが何よりです。5時間近い乗車なので飲んだり食べたりしながら過ごせるのはありがたい。
先ず白ワインを注文。
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次はビール
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野菜の前菜の後は、ポーク料理のメイン。味はまあまあ。
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車窓に続くのは白い石灰岩の崖が浸食された景観で、フォルダーライン川の谷に沿って続きます。
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この辺りは、スイスのグランドキャニオンと呼ばれているそうです。
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車窓からはスイスののどかな村の風景も見られます。観察すると小さな集落単位で必ずといって良いほど教会があります。スイス人の信仰心を窺わせます。
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氷河特急の最大の見所であるクール〜サンモリッツ間のラントヴァッサー橋が近づいてきました。乗客は一斉に車窓に目を注ぎます。
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長さ136メートル・高さ65メートルの峡谷を石灰岩で作られた橋をカーブしながら列車が渡っていく姿が車窓から見えます。
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トンネルに入る直前に撮った橋の下の風景で、橋の高さが実感して貰えると思います。
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サンモリッツに到着後、レストランで夕食。メインは又もやポーク。
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その後、ホテルに着いて就寝。
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# by kanekatu | 2016-07-24 08:19 | スイス | Trackback | Comments(0)

スイス旅行5(モンブラン、マッターホルン)

7月1日はモントルーからバスで約1時間半、シャモニーに着きました。ここはフランスなので通貨はユーロです。スイスフランも使えますがレートが悪いのでユーロも準議しておいた方が良い。
シャモニーは落ち着きの中に華やかさがある街です。
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ロープウエイ乗り場で、ここから一気に標高3842mのエギーユ・デュ・ミディ展望台まで上がります。
ロープウエイの終点を降りたらエレベーターで一番上の展望台に上ります。いきなりヨーロッパの最高峰、標高4807mのモンブラン(向かって左に見える山)が見えてきました。山頂には雲がかかったり晴れたりする度に歓声が上がります。
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展望台は360度見渡せますので、周囲の山々も撮影。
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ロープウエイ駅のそばにある下の階の展望台を上から見ています。このミディ針峰はちょうどシャープペンシルを立てたような形をしているので、真下に見えるのです。
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針峰の横に全面がガラス張りのボックスを作り、希望者はその中へ入れます。一人しか入れないので時間がかかり40分ほど待たされましたが、ようやくガラス箱の中に入ることができました。
ここだけは高所恐怖症の人は無理ですね。
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モンブランの反対側に見える針峰は、グランド・ジョラスでしょうか。登山者の姿が見えます。
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下山後、バスでツェルマットに向かいます。ツェルマットはガソリン車の乗り入れが禁止なので途中のテーシュで下車。スーツケースは各自で列車まで運ばねばなりません。テーシュ駅の改札付近には200名近い人たちが待っていましたが、その大半が日本人でした。誰かが「銀座に行くと中国人だらけ、スイスに来ると日本人だらけ」と言ってました。
ここから直通列車のシャトルでツェルマット駅に到着。駅前が賑わっていたのは、翌日に行われるマラソン大会の準備だったようです。
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スーツケースは電気自動車でホテルまで運んでくれるので、私たちは徒歩で指定のホテルに向かいます。
ツェルマットのメインストリート。両側には店舗やホテルが並ぶ。
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村の教会。レストランで食事を楽しむ人の姿も。
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この橋の上はマッターホルンの撮影スポットです。残念ながら山頂は雲に隠れていました。
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坂道を上ること20分、ようやくホテルに到着。時間は9時を回っていました。

7月2日は早起きして朝焼けのマッターホルンを撮影に。午前5時40分前後の日の出に合わせてカメラを構える。雲が多く朝焼けのシーンは無理でしたが、マッターホルンの山頂が顔を出している所を撮ることができました。2日間でかなりの数のマッターホルンの写真を撮りましたが、山頂が見えたのはこの1枚だけです。
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ツェルマット村の墓地にはいずれも綺麗な花が供えられていました。スイス人の信仰心の厚さを窺わせます。真ん中の列の下から3番目の墓碑に供えられているのがエーデルワイスだそうです。
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昨日とは逆回りでツェルマットから列車でテーシュ駅に行き、そこからゴルナーグラート鉄道に乗り換えます。ここも日本人だらけ。
線路を見ると、アプト式鉄道であることが分かります。
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終点のゴルナーグラート駅に到着しましたが、上空は雲にすっぽりと覆われていました。
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駅から展望台までは徒歩で行きますが、途中にあるレストランがマッターホルンの絶景スポットで、ガイドブックや観光ポスターでもここからの写真がよく使われています。しかし、この日は御覧の通り。
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この後、展望台に行きましたが何も見えず、早々に下りてきました。

再びゴルナーグラート鉄道で一駅戻り、ローテンボーデン駅で下車。ここから二駅先のリッフェルベルク駅までトレッキングです。
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歩き始めは晴れ間もみえましたが、しばらくすると風が強まり時々小雨もパラツキ出してきました。体温が奪われるせいか寒さが増してきます。
眼前に見えてきたのは標高2928mのリッフェルホルンです。マッターホルンの登山希望者は、先ずこの山で訓練を受けるそうです。
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心を和ませてくれたのはトレッキングコースの脇に咲く高山植物です。標高2000m級の山でこの時期にしか見られない花もあるそうですが、山岳ガイドが教えてくれた花の名が頭に入っていないので、以下写真のみを掲載します。
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天気が良ければ、目の前の池に「逆さマッターホルン」が映る場合があるそうですが、この日の天候では無理です。
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コースの途中に現れたのはツェルマット・マラソンのゴールでした。最大高低差2000mという過酷なレースだそうですが、毎年多くの選手が参加しているそうです。この時の時計が2時間44分を指していましたが、この後10分過ぎあたりに最初のランナーがゴールインしていました。
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私たちのゴールであるリッフェルベルク駅に到着。約1時間半のトレッキングは無事終了。
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ツェルマットに戻って午後2時過ぎの遅い昼食をおりました。アルペンマカロニという、マカロニとジャガイモが混ざった簡単な食事でした。
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以後はフリータイムで、他の展望台に向かう人や街に出る人もいましたが、私は油断して防寒具が不十分だったせいで、寒さと疲労で結構ダメージを受けていました。ケアを優先し、夕方からはホテルでゆっくり休息につとめました。
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# by kanekatu | 2016-07-22 09:23 | スイス | Trackback | Comments(2)

スイス旅行4(グレッシャー3000、レマン湖)

6月30日の午後からはベルンを離れ、レ・ディアブレルに向かいます。団体ツアーっていうのは忙しいですね。アルプスの観光で展望台に上るのは、欧米人は昼過ぎが多いそうですが、日本人ツアーでは朝から上り始めることが多い。中国人や韓国人ツアーも似ているそうで、どうもアジア人は余裕がないようです。
欧米の人から見ると東アジア人はみな同じように見えるようです。街を歩いていると時々「ニーハオ!」とか「アンニョンハセヨ!」と声を掛けられることがあり、その場合は同じ言葉を返しています。なかには「ノー!アイムジャパニーズ!」と答える人もいますが、そこまで拘らなくともいいでしょう。
およそ2時間半でピヨン峠を越え、展望台に行くロープウエイ乗り場に到着。ここから3000mまで一気に上ります。
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山の天候が悪い様で、雲で周囲は何も見えません
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グレッシャー3000展望台に到着しました。ここではピークウォークという、3000m級の二つの山の頂上を吊り橋でつなぎ、そこを渡るというものです。世界初の施設ということで、私たちも幅80㎝の吊り橋を渡りましたが、相変わらず周囲は何も見えない。これなら高所恐怖症の人でも大丈夫です。
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時おり雲が切れると雪山が顔をのぞかせます。
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数分歩いて向こうの山頂に到着。
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風雨が強まったので、急いで元の展望台へ戻ってきました。一定以上の風速になると吊り橋を渡るのが禁止になるからです。下山する頃になったら雲が晴れてきましたが、天気ばかりはどうにもなりません。
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バスで1時間半、レマン湖畔のシヨン城へ。
シヨン城はイタリアからアルプスを越えてやって来る商人たちに通行税をかけるために9世紀に建てられたものです。湖に突き出た岩盤の上に立っているため、水に浮かんでいるように見えます。ここはバイロンの詩「シヨン城の囚われ人」の舞台ともなりました。
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ここから船着き場までは徒歩で。
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いよいよレマン湖のクルーズ船に乗車です。
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規定は2等でしたが、ここは3スイスフラン(半額サービス)をはり込んで、2階デッキが使える1等にグレードアップ。シヨン城を後方にして出港。
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ここからは湖上からモントルーを見ることになります。時間がなくてモントルーの街の散策ができなかったが、湖上からたっぷりと観察することができました。
桟橋では半裸のおじさんが釣りをしていました。
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湖畔に並ぶテントは7月1日から始まるジャズフェスティバルのための仮設場です。
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モントルーの街がレマン湖から高台に沿って作られていることが分かります。
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モントルーのいかにも高級リゾートらしい佇まいを見ることができます。
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子ども達が湖に飛び込んで泳いでいる姿が見えます。階段では大人達が日向ぼっこ。
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なんの銅像かと思ったら、クイーンのフレデリック・マーキュリーの像でした。いかにもジャズフェスティバルが開かれるモントルーらしいですね。
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ここからは隣町のヴヴェイの街の様子ですが、かつてはブドウの集落地として栄え、今での高級別荘地として知られています。
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ヴヴェイは、モントルーより高級な感じを受けました。チャップリンの別荘もここヴヴェイです。
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1時間弱の短いクルーズを終え、下船してからバスでモントルーのホテルに着きました。

ここでスイスの軍事について書いてみます。
今でこそ豊かな国となったスイスですが、国土の8割が山岳部という地形は農業に適さず貧しい国でした。その中でいうなれば唯一の輸出産業が「傭兵」として外国へ兵士を派遣することでした。中世のおよそ500年間にスイスから傭兵として外国に出された兵士は100万人にものぼるという試算もあるようです。なかでも有名なのはフランス革命の時に国王を警備し、最後まで戦ったことです。勇敢で我慢強いスイスの兵士は引く手あまたで欧州各国で傭兵として雇われましたが、なかには前線でスイス兵士同士が戦うといったケースさえ現れました。
こうした「血の輸出」に終止符が打たれるのは、1815年のウイーン会議を待たねばならなかった。その頃からスイス国内でも先ず繊維産業が、次いで精密機械産業が盛んになり、経済的にも傭兵で稼ぐ必要がなくなったのです。
またウイーン会議でスイスは「永世中立国」として認められ、20世紀の二つの世界大戦を経て現在にいたるまでこれを守っています。
スイスの永世中立は武装中立でもあります。他国の戦争や紛争には武力介入しない代わりに、自国の防衛は自国だけで守るという体制です。
そのために国民皆兵制をしいていて、成人男性は全員が徴兵されます(女性は志願制)。そして一定の年齢になるまで(40代半ばと聞いていますが)、定期的に軍事訓練を受けます。
現在スイスの防衛は、約4000人の職業軍人の他、21万人の予備役、他に多数の成人男性による民兵によって構成されています。成人男性のほとんどが予備役又は民兵であるため、各家庭には自動小銃が配備されています。かつては弾薬や手榴弾も配備されていたそうですが、東西対立の終焉とともにそれらは別の場所にまとめて保管され、有事の際は速やかに支給される仕組みになっています。意外なことにスイスは銃社会で、銃による自殺者の率はアメリカに次ぎます。
現在でも、軍事基地が岩山をくりぬいた地下に建設されるなど高度に要塞化されており、国境地帯の橋やトンネルといったインフラには、いざという時には爆破して国境を封鎖する準備を整えています。国境の封鎖に失敗して外国の侵略を受けても、主要な一般道路には戦車の侵入を阻止するための障害物やトーチカが常設してあります。2006年までは、家を建てる際には核シェルターの設置が義務づけられていました。その数は、スイス国民が全員収容できる数が確保されているそうです。
スイスは陸軍、空軍、そして湖を守る水軍を有していますが、他国を攻撃する能力は持っていません。
NATOには加盟せず、国連も最近になって190番目の加盟国(現在193か国)となりました。PKOには参加していますが、派遣される兵士は丸腰です。
この様にスイスの安全保障の基本は「拒否的抑止力」で、スイスを攻撃しても得られる利益よりも、スイス軍の抵抗や国際社会からの制裁によって生じる損失の方が大きくなる状況をつくり出すことによって、国際紛争を未然に防ぐという戦略です。
こうした戦略によってスイスは、二つの世界大戦を無傷でくぐり抜けてきました。
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# by kanekatu | 2016-07-20 09:12 | スイス | Trackback | Comments(2)

スイス旅行3(ベルン)

6月30日、ホテルの裏庭を抜けるとレマン湖の畔にでます。早朝の湖は爽やかで気分がいい。
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宿泊したホテル・ロイヤルプラザの玄関。出発を待つ観光バスが列をなしています。
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トロリーバスはスイスの街の多くで見られます。大きな街ではトラムが走り、公共交通機関では石油燃料を使わないのです。
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モントルーはスイスのリビエラとも呼ばれ、スイスきっての高級リゾート地です。街は7月1日から始まるモントルー・ジャズ・フェスティバルの準備一色でした。その分、落ち着いた街の雰囲気が薄れていた様に思われました。
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世界遺産に登録されているラヴォー地区の美しいブドウ畑を車窓にみながら、バスは一路スイスの首都ベルンに向かいます。
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ベルンは、アーレ川が大きく湾曲した周囲が断崖という自然の要塞都市として12世紀末に街ができました。現存の旧市街の建物は15世紀のものと言われています。ヨーロッパの主要な都市が第二次大戦で破壊された中で、ベルンは無傷だったので中世の姿を今に残しています。街全体が世界遺産。
バラ園
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クマ公園では大勢の見物客に応えてクマが木に登ってみせる大サービス。
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崖の上から見たベルン市街で、ちょうどアーレ川が大きくU字型に湾曲しています。
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ベルン旧市街の中心部です。石畳の道路の両側に建物が並んでいますが、1階部分はすべてアーケードでつながっています。旗はスイス各州の州旗です。スイスの人は旗が好きなようで、どこの街に行っても旗が目立ちます。
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石畳、長いアーケード、そして道路中央に置かれた泉と銅像。ケルン独特の街の姿だと言えましょう。
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スイスで最も高い尖塔を持つ大聖堂、ミサが行われていて残念ながら中へ入ることが出来ません。
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大聖堂入口の上部に飾られた見事なレリーフ。
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アインシュタインがかつて住んでいた部屋が今は「アインシュタインハウス」として保存されています。この様に地下も住居や店舗、倉庫などに活用されています。
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正面に見えてきたのは時計塔で、正時にうたれるカラクリを見ようと観客が集まっています。
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11時ちょうどになるとカラクリがゆっくり動き出します。動きはゆっくりで物足りなさを感じますが、制作当時としては先進的な技術だったのでしょう。そう言えば、スイス=時計というイメージが今でもあります。お土産に高級時計を買った人もいました。
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現在もメインストリートに11か所の泉が置かれ、いずれも上部には英雄や伝説上の人物の像が建てられています。かつてはここが井戸の役割を果していました。
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時計塔の近くのレストランでランチ。メインはソーセージとじゃがいも、国旗が立っていてお子様ランチみたい。
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連邦議事堂です。連邦大統領はいるのですが、権限は小さいそうです。
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崖の上から旧市街を見渡すと、緑の多いことに気づきます。
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歩道でバスを待っていると自転車が猛スピードで目の前を走って行きました。スイスも自転車を使う人が多い。
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多くの人が行き交うベルン鉄道駅前。
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スイスの首都と訊かれてもなかなかベルンという言葉が出てこない、そんな地味な首都ですが、中世の面影を強く残す魅力的な街でした。
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# by kanekatu | 2016-07-18 09:12 | スイス | Trackback | Comments(2)

スイス旅行2(ユングフラウ)

2日目は6月29日、目が覚めると晴天でひと安心。旅行中もっとも気になるのは天候で、特に山岳の観光は天気が悪いとどうしようもありません。
写真は1泊したチューリッヒのホテル、モーヴェンビック・チューリッヒエアポート。
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この日の観光はユングフラウ、私もここだけは二度目ですがスイス観光の目玉です。チューリッヒを出発したバスは二つの湖に挟まれた街・インターラーケンを通り、グリンデルワルトに向かいます。写真は車窓から見たプリエンツ湖。
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グリンデルワルトに着くと列車の発時刻まで少し時間があったので、周辺を歩きました。
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スイスの街が華やかに見えるのは、このホテルの様に花を外側に向けて飾るせいでしょう。
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大きな滝が見えましたが地図には書かれていません。
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いよいよグリンデルワルト駅からユングフラウ鉄道に乗車して出発。
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ユングフラウ鉄道は1895年着工、16年間かけて完成させたもので、全長は7.1㎞、最大勾配が100分の25、4分の3がトンネルです。当時としては大工事で、その技術力の高さに驚きます。終点のユングフラウヨッホ駅は標高が3464mで、鉄道駅としてはヨーロッパ最高です。
車窓の両側から雪山が見えます。
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ユングフラウ鉄道はアプト式鉄道です。
2本のレールの真ん中に見える歯車レール(ラックレール)を敷き、それにアプト式電気機関車の床下に設けられた歯車(ラックギア)を噛み合わせ、急こう配の線路を登り降りする方式です。日本では現在大井川鉄道の一部に採用されています。
ゴトンゴトンと登る列車が着くのは乗換駅であるクライネ・シャイデックです。標高は2051m。駅を降りた乗客が先ず眼にするのはユングフラウ。
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左側にアイガーが顔を出していますが山頂は雲に覆われています。
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昼食として渡されたおにぎりを食べながらアイガーを観察していると、ようやく雲が晴れ山頂が姿を現しました。左側が有名な北壁になります。
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作家の新田次郎氏の墓碑を見つけました。山岳小説で名をはせた方で、遺族の意向でここに碑を建てたとのことです。
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乗り継ぎで終点のユングフラウヨッホ駅を目指す列車に乗車です。
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途中で2駅停車します。僅か数分の時間ですが、先ずはアイガーヴァント駅で、アイガー北壁の真ん中にあります。周囲は一面の雪景色。
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アイスメーア駅はからはユングフラウ連山の南側を見ることができます。標高は3159m。足元に見えるのはフィッシャー氷河。
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ユングフラウヨッホ駅に到着し、エレベーターで標高3571mのスフィンクス・テラスへ。ここはガラス張りで温度が一定に保たれているのでゆっくり観察できます。最初に目に飛び込んでくるのが世界遺産のアレッチ氷河です。右側に見えるのがユングフラウ。
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360度の展望なので、他の山々も見えます。
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遠く黒く見えるのは、多分ドイツの山々だと思われます。
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展望台からエレベーターで降りトンネルを抜けると雪原に出られます。
目の前に現れるのはピラミッド型のメンヒです。
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ヨッコラヨッコラと登っていくと、スイスの国旗が立っている所が雪原の頂上です。記念撮影を楽しむ観光客の姿が目立ちます。
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1時間ほど滞在したのち、ユングフラウ鉄道でグリンデルワルトに戻り、ここからレマン湖の畔にあるモントレーまでバス移動です。
バスの車窓からレマン湖が見えてきました。
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夕食の前菜。
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メインはナマズに似た川魚のフライでしたが、なかなか美味でした。
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午後9時頃のレマン湖の様子ですが、未だ明るい。
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モントルーのホテルの部屋の入れたのは10時近く、さすがにくたびれました。
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# by kanekatu | 2016-07-16 11:17 | スイス | Trackback | Comments(2)

スイス旅行(2016/6/28-7/6)1(イントロダクション)

6月28日から7泊9日でスイスに行ってきました。「スイスに行く」と言ったら家族からは「また、何でそんなマトモな国へ?」と訝られましたが、添乗員に「どこの国が良いですか?」と訊けば半数以上が「スイス」と答えます。よほどいい所なんだろうと、一度は行きたいと以前から考えていました。正確にはスイスの中のユングフラウやジュネーブには一度行ってますが、周遊は今回が初めてです。
パッケージツアーで、旅行社はJTB旅物語、各社を比較した中でビジネス利用で価格が安く、何より羽田空港を利用している点に惹かれました。
添乗員は原千春さん。原さんはベテランで、明るくいつもコロコロ笑っていましたが、大雑把な様で細かな目配りを欠かしません。

キャリアはANAで、座席の配列が1:2:1(機種はB777-300)なのに驚かされました。これですと両サイドの人は隣に人がいないのでストレスを感じません。窓側の人が通路に出るのに人をまたぐ必要もありません。女性が一人で利用するには最適だと言えましょう。
欠点は座席の操作ボタンの表示が小さすぎて見えにくいことです。
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飛行中、かなり頻繁に操作ボタンを押すので、これだけは不便でした。
機内食は洋食の魚料理をチョイス。写真は上から前菜1と前菜2、次いでメインです。アルコールはウィスキー、日本酒、白ワインを飲みましたが、いずれも結構な味でした。
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読書をしたり、ipodで落語を聴いたりしながら、眠くなると横になり、快適な時間を過ごしました。
到着前の食事は簡素ですが、パンが美味でした。
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機内食で和食を頼んだり、旅先で和食のレストランに行く人がいますが、気が知れません。美味いはずが無いし、和食は自宅に変えれば死ぬほど食べられるじゃありませんか。長期滞在ならともかく、通常の観光ツアーで和食を食べる必要性は感じませんが。

旅程は羽田11時30分発でフランクフルトに16時40分着。スイスはシェンゲン協定に加盟したので、ここで入国審査します。乗り継ぎでチューリッヒには19時20分の到着(日本との時差は7時間)。入国はフリーパスで、ホテルには21時前に入れましたので、この日程は楽ちんです。

スイスについて簡単に紹介しておきます。
地図は以下の通り。
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正式国名はスイス連邦、スイスの国土は4万k㎡あまりで九州よりやや小さな小国で、国土の80%が山岳部と言われています。ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインに囲まれた内陸に位置しています。
26の州に分かれており、自治政府の力が強い。人口は800万人あまりで、首都はベルン。
宗教はローマンカトリック38%、プロテスタント27%、その他。
言語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が公用語として認められています。この他、多くの人が英語を話します。
通貨はスイスフラン(CHF)。CHF1=約120円前後。現地での両替は制約があるので、日本で事前に両替しておいた方が良い。現地ではクレジットカードが使える店が大半です。
物価は高く、感覚的には日本の5割増し程度です。
飲料水は水道水が飲めます(ミネラルウオーターより美味)。
服装は、スイスでは高低差が大きいので温度の差も大きく、真夏なら平地ではTシャツでも平気ですが、3000m以上の高地で悪天候に見舞われると真冬の服装の準備が要ります。
高山病を避けるために飴やガムの用意や、水分の補給を欠かさずに。
トイレは観光地には共同便所がありますが(有料のケースあり)、都市部は少ないので注意が必要です。
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# by kanekatu | 2016-07-14 11:05 | スイス | Trackback | Comments(2)

三度のインド(デリー編・最終回)7

いよいよインド観光の最終日を迎えました。いつもの事ながら終わってみればアッという間です。
早朝にアグラをバスで出発、およそ5時間で首都デリーに到着。気温が低いのと霧が濃いのに驚きました。ここはインドか? バスに暖房装置が付いてないので車内でもコートを着ていました。車窓の景色ですが、写真の様に何も見えません。前を走る車のテールランプすら見えない状況で、この状態は昼過ぎまで続きます。インド北部に行かれるならこの時期は避けた方が良いでしょう。
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デリーの見所は多いのですが、今回の観光は3カ所だけで、先ずは「レッド・フォート(赤い砦)」の愛称を持つ「ラール・キラー」へ。但し下車観光で外から眺めてだけです。
この城はムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが首都をアグラからデリーに移した際に建設したもので、1648年に完成。
名前の通り赤砂岩を積みあげた建築物です。
門と、
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全長2㎞の城壁。
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霧の彼方に浮かぶのは第一次世界大戦の戦没者の慰霊碑である「インド門」(ムンバイの門とは別)で、高さ42mの威容を誇っています。
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ニューデリーは緑の多い街です。
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この辺りは官庁街で議会や中央省庁、首相官邸などが立ち並んでいます。
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昼食はニューデリーの和風中華レストランでした。
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メインは水炊き鍋でしたが、塩味しかしなくて美味いとは言えません。大使館の人たちも来ると言ってましたが本当かな?
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午後からの観光は「フマユーン廟」です。
ムガール帝国第2代皇帝フマユーンのために妃が建てたお墓で、1565年の完成。
中央にドームを頂いた左右対称の建築様式はインド・イスラム建築の傑作とされ、後年のタージ・マハルのモデルとなりました。
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大理石の大きな棺は皇帝、小さな棺は妃のもので、遺体はそれぞれの真下に埋められています。
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オールドデリーに入ると、いかにもインドという光景が広がっています。
バザールの駐車場に並んだバイクと乗用車。
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そしてオートリキシャー。どこを見ても人人人です。
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インドでの最後の観光は「クトゥブ・ミナール」です。
インド最初のイスラム王朝である奴隷王朝(1206-1290)のスルタン、クトゥーブディーン・アイバクによって建てられたもので、ミナールとはミナレット(尖塔)の事です。
尖塔は高さが72.5mで、5層になっています。直径は基部が14.3m、先端部が2,7mで、下の3相は赤砂岩、上の2層は大理石と砂岩で出来ています。
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1層目は円形と三角形が繰り返される構造になっており、表面にはコーランを図案化したデザインが彫刻されています。
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尖塔の右にあるのがアラーイー・ダルワザで、かつての正門です。
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中庭にある鉄柱は高さ7m、3-4世紀のグプタ朝時代に造られたとされ、表面にはサンスクリット語が書かれています。
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アラーイー塔はハルジー朝のスルタンがクトゥブの2倍に高さのミナールを建てようと工事を始めたが途中で暗殺されてしまい、そのままになったものです。
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他にもイスラムらしい建築物がいくつか見られます。
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かなりの駆け足でインドの世界遺産を巡ってきました。
以下にその12か所を列記します。
・クドゥブ・ミナール
・フマユーン廟
・レッド・フォート
・タージ・マハル
・アグラ城
・ファテープル・シクリ
・ジャンタル・マンタル天文台
・アンベール城
・エレファンタ石窟寺院
・チャトラパティ・シヴァージ駅
・アジャンタ石窟寺院
・エローラ石窟寺院
それぞれ見応えがあり、インドの文化遺産の素晴らしさを改めて認識することが出来ました。

今回のキャリアはエア・インディアで、往復ともビジネスクラスでした。昔に比べ機内や空港は格段にキレイになりましたが、サービスの悪さは相変わらずです。これはインドの文化そのもので、買い物に行っても店員は無愛想で、ツアー客の中には腹を立てた人もいましたがお国柄だから仕方ありません。
しつこい物売りに閉口し、乳児を抱えた物乞い、幼い子供たちの物乞いは心が痛みます。
そうした全てがインドであり、インドの魅力でもあると考えます。
外部の人間から言わせて貰えば、先ずは初等教育の義務化を徹底させ、全ての子どもたちが無償で学校で学べるようにすることが何より先決だと思います。

以上でインド旅行記を終わります。
最後までお付き合い頂いた方々に御礼申し上げます。

―終り―
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# by kanekatu | 2016-02-14 11:06 | インド | Trackback | Comments(1)