当館は、しばらくのあいだ休止します。 再開は、来年の春以降になる予定です。 |
ウィーンの宿泊ホテル「トレンドサボエン」は快適でした。 内装のデザインがシックで落ち着けて、1泊だけがもったいない感じです。 ![]() ![]() もっとも旅行会社としては、最後のホテルを豪華にしていくと、全体の印象が良くなると期待しているのでしょう。終り良ければ全て良しの例えです。 最終日は午前11時にホテル出発で帰国の途につくので、時間が殆んどありません。出発まで部屋でゆっくり休んでいた人も多かったのですが、私は地下鉄で街の中心部に出て、シュテファン寺院を目指しました。 南塔の入り口で3.5ユーロを払い、343段の石の階段を一気に上りました。 オーストリアに来て以来、毎日のように山道を歩いた効果です。 残念ながら改修工事中のため、一部は見られなかったのですが、それでもウィーンの街の全景を見渡すのはここしかありません。 ![]() 遠くに白いツインの尖塔が特長のヴォティーフ教会が見えます。 ![]() 当たり前ですが、シュテファン寺院の屋根を見るのは、この場所しかありません。 モザイク模様のデザインの屋根が美しい。 ![]() さて今回のツアーの感想ですが、参加者のどなたかが言っていたように、「ツアーは天気と添乗員次第だ」はその通りです。 途中雪が降り、震え上がった日もありましたが、幸いなことにハイキングの日は全て晴れてくれました。全体としては天候に恵まれ、チロルやザルツカンマーグートの素晴らしい景色を堪能することができました。 もう一つは、やはり添乗員の大藪和彦さんでしょう。 今回のツアーの参加者の中で、大藪さんが4回目という方がいましたが、気持ちが分かります。私ももしこれからのツアーで添乗員を選べるなら、この人にしたいです。 宿泊ホテルは街の中心に近い場所がセレクトされていて、料理も美味しく戴きました。 全体としてとても充実したツアーだったと言えます。 観光中に目に付いたオーストリアの人々の印象ですが、先ず自転車好きですね。 駅のホームは駐輪場みたいに沢山の自転車が置かれていますし、ホテルでは老若男女にかかわらず、自転車のツーリングのグループの姿をしばしば見かけました。 ハイキングに行けば老人から子どもまで、杖をついている人、車椅子の人、お腹の大きい女性、ベビーカーの赤ちゃん、実に様々な人々が山歩きを楽しんでいます。自転車を担いで歩いている人もいました。 日本では登山というと中高年が中心になっているようですが、ああした点は見習いたいですね。 すれ違う時は必ず挨拶をし合って、とても良い雰囲気でした。 最後にオーストリアの土産物を紹介します。 こちらは「猫舌チョコレート」で、少々高いですが美味。 ![]() 陶器の人形ですが、いかにもウィーンらしい気品のある顔立ちをしています。 ![]() 「オーストリア・アルプス旅行記」は今回が最終回です。 次回の海外旅行は来年になるでしょうが、又その時まで、ごきげんよう。 |
ツアー8日目、首都ウィーンのホテルに戻ったのが夕方の5時、これ以降は夕食を含めて自由行動の時間です。 添乗員が気を利かして、希望者は街の中心に案内するし、夕食も自分がよく食べに行く美味しい店があるので、希望者は一緒にとの呼びかけ。結局全員一緒で街に繰り出すことになりました。 先ずは市内観光に便利な24時間フリーパスのチケットを購入。5.7ユーロで24時間、市内の地下鉄や路面電車、バスが載り放題なので、これはお得。 自動販売機でも購入できますが表示がチンプンカンプンなので、駅近くの売店で買いました。 乗車前に時刻をパンチしておけば、そこから24時間自由に(他の人が使っても構わない)乗車できます。 実際には車内の検札はめったに来ないので、タダ乗りも可能ですが、そのかわり万一見つかった場合は法外な罰金を取られるそうですから、やはりチケットを買ったほうが無難です。 ![]() 市の中心部は公共交通機関が発達しているので、移動は楽です。 こちらが路面電車。 ![]() こちらは地下鉄。 ![]() ウィーンの旧市街はリンクと呼ばれるサークル内に、主要な観光施設が集中しています。リンク内は歩行者天国なので、安心して散策ができます。 モデルコースに従って、先ずはオペラ座が出発点になります。 ![]() ケルントナー通りを北へ真っ直ぐ。 歩道の所々に有名な音楽家のサイン入りのタイルがはめ込まれているのは、いかにも音楽の都ウィーンらしですね。 写真には20世紀を代表する偉大な指揮者、ブルーノ・ワルターの名前が見えます。 ![]() ケルントナー通りには有名ブランド店や老舗の店、カフェが並んでいます。 屋外のテーブルでくつろぐ女性たち。スカーフをかぶっているのはイスラムの人ですが、殆んどのイスラムの国では、屋外で女性同士が飲食をすることは考えられません。そういう意味では、イスラムの女性は気の毒です。 私たちからすると、どうしてもイスラム教の戒律は時代遅れであり、近代国家にはそぐわないと思えてしまいます。彼女たちの幸せそうな表情を見ると、余計にそう感じます。 ![]() ウィーンの象徴、シュテファン寺院です。1359年の完成で、天に向かってそそり立つ高さ137mの南塔は、世界3番目の高さです。 とてもカメラに入りきれません。 ![]() 寺院の周辺は人で一杯でした。 美しいブロンドの女性が目の前を通りすぎて行きました。 ![]() 馬車で観光している人もいます。ちょうどシュテファン寺院の南塔の前を通っているところです。 最近ではこうした若い女性の御者が人気があるのだそうです。 タカラヅカの男役みたいですね。 ![]() 夕食はシュテファン寺院の裏手にある「グヤシミュージアム」という店でとりました。 殆んどの人が写真のウィナーシュニッツェルを注文しました。オーストリアを代表する料理で、牛カツです。揚げたてにレモンを絞って食べるのですが、これが美味。しかもビールやワインにもピッタリです。 今回のツアーでの食事はどこでも美味しく、満足しました。 ![]() シュテファン教会から西に向かう道路がグラーベン通りです。 右側の少し奥まったところに見えるのが、1733年建立のペーター教会で、バロック様式の建物です。 ![]() 南に向かって左に折れるとコールマルクト通りで、その正面が王宮になります。 13世紀末からおよそ600年にわたってハプスブルク家が居住してきた王宮でですが、今回は見学時間がなく、外観だけです。 王宮の入り口、ミヒャエル広場です。 ![]() マリア・テレジアの像。 ![]() 夕焼けに染まる王宮です。 ![]() ここから路面電車に沿って東に歩くと、振り出しのオペラ座に戻ります。 夕食のついでの散歩がてらでしたが、ウィーンの中心部をグルリと巡ってきました。 次回は最終回です。 |
この旅行記を読んでいる方の中には、日々沢山の観光地を巡っているなとお気付きの向きもあるでしょう。 そうなんです、このツアーは内容が充実していて毎日が飽きることがありません。 一つには、オーストリアは比較的小さな国なので、移動時間が短くてすみます。それとツアー中、土産物店への案内がゼロでした。 旅行中に指定の店で買いものをさせたり、旅行会社が勧める商品を買わせたりすれば、添乗員にいくらかの報奨があるようですが、今回の添乗員・大藪さんは敢えてそういうことはしないという考え方です。 買い物は自由時間に、添乗員から案内されたホテル近くのスーパーで各自が済ませるので、観光にタップリ時間がとれます。 大藪さんの人気添乗員としての実績から、そうしたことが許されているのかも知れません。 バスの運転手は、2-8日目まで通してエルヴィンさんという人でした。いつもにこやかで、私たちも気分よく車内を過ごすことができました。 写真のフロントガラスに貼られているツアーの名前が「ファーストクラスと豪華客船でいく世界一周103日間の旅」とありますが、これも毎日添乗員が工夫して書きかえています。 この前で記念写真を撮っておくと、ちょっとした自慢になります。 ![]() 8日目の最初の観光はメルク修道院です。 11世紀にベネディクト派の修道院として建てられたのですが、その後トルコ軍によって焼失。1720年にバロック様式の建物として再建されました。 今は写真右上に見える白いタワーだけが、創建当時の面影を残しています。 ![]() メルク修道院の正門です。 ![]() こちらは中庭。 ![]() ただ外観の立派さに反して、内部の展示がモダンアート風に改装されていて、安っぽい印象を受けました。 大衆ウケを狙っているのかも知れませんが、こうした宗教施設にはそぐわないように思えます。 とにかく大勢の観光客で賑わっていましたが、京都や奈良の寺院を見慣れている私たちにとっては、どこにそれ程の魅力があるのか理解できません。 こちらは三姉妹でしょうか。 ![]() 昼食は修道院の直ぐ近くのレストランで。 写真のスープはオーストリアのコースで定番のスライスパンケーキ入りコンソメスープです。 ![]() 午後からはヴァッハウ渓谷のクルージングです。 ドナウ川流域の中でもこのメルク-デュルンシュタイン間のヴァッハウ渓谷は最も美しいとされています。 ただドナウ川の汚染はかなりひどく、水は決して綺麗とはいえないのが残念です。 ドナウ川の支流であるメルク川の船着場から乗船。 ![]() やがてドナウの本流に入り、約31kmの川下り。 生ビールを飲みながらユッタリと両岸の景色を眺めての遊覧です。 右岸の岩の上に見えた美しいシェーンビュール城です。 ![]() およそ1時間半でデュルンシュタインの街に到着、ここで下船。 正面に見えるのは聖堂参事会修道院教会です。 ![]() ここからは最後の観光地であるウィーンに向かってまっしぐら。 |
7日目の午後はサンクトギルゲンから遊覧船に乗船して、ウォルフガング湖の対岸のサンクトウォルフガングの街に向かいます。 船着場の辺りには沢山のクルーザーが繋留されていて、クルージングや水上スキーで楽しむ人の姿が見られました。 この母娘は、これからクルーザーに乗るところでしょうか。 ![]() 12世紀以来巡礼の街として栄えたサンクトウォルフガングの中心にある教区教会です。 ![]() 昼食はこの街の有名レストラン「白馬亭」で。 「白馬亭にて」という有名なオペラがあり(日本ではあまり上演されないそうですが、オーストリアでは人気の演目とか)、その舞台となった店です。 ![]() メインはマス料理で、あっさりとした味でした。 ![]() スイーツはこの店の特製ケーキですが、これが美味い。 私は甘いのもが苦手ですが、それでも美味でした。 ![]() 誰も食後のコーヒーを頼まないのを見て、添乗員が面白いことをいってました。 日本のツアー客は、食後のコーヒーや紅茶が無料だと飲むけど、有料だと頼む人が殆んどいない。団体客相手の場合は利幅が薄いので、店としては飲み物で利益を上げたいのだが、ビールやワインは頼むけど食後の飲み物をオーダーしてくれないという不満があるらしい。 確かに土産物店に案内しても、最近は買い物をする人が少なくなりましたね。 ホテルの近くのスーパーでお土産を買う人が増えたし、日本人観光客の財布の紐はすっかり固くなりました。 湖畔からカワイイ蒸気機関車にのって、傾斜26度のところをおよそ40分登りました。 ![]() 直ぐ前の席の女性で、きれいな金髪でした。 なにせ髪フェチなもんで。 ![]() 頂上のシャッフルベルク展望台は標高1783mです。 ウォルフガング湖が一望に見渡せます。 ![]() 周囲にはこんな切り立った岩山が見えました。 ![]() 展望台にはレストランがあり、登頂を記念してビールで乾杯、また格別の味です。 やたら威勢のいい店のお姐さんです。 ![]() 夕食は参加者の方のささやかな誕生日パーティーをかねて。 メインはポークコトレッタのマスタードソースかけにポテトのクロケット(コロッケ)、それに温野菜です。 ![]() 早いもので、明日は最終日の観光となります。 |
バート・イシュルは小さな街ですが、かつて皇帝フランツ・ヨーゼフが夏場はほとんどこの地で過ごしたといわれるほど、温泉リゾートで有名な場所です。 写真はバート・イシュル鉄道駅で、正面にはポストバスの停留所が見えます。 ![]() 街はトラウ川とイシュル川に挟まれて形成されています。 トラウ川畔にはエスプラナーデと呼ばれる遊歩道があり、写真の左側から2軒目の白い建物が、オペラ「白馬亭にて」やオペレッタ「メリー・ウィドウ」の作曲家レハールの家(ヴィラ)です。 ![]() とにかく美しい街並みです。 ![]() ギリシャ風の建物トリンクハレ、内部がギャラリーになっています。 ![]() プファーガッセと呼ばれる商店街です。 ![]() 7日目の朝、バートイシュルを出発し、バスでザンクトギルゲンへ、そこからゴンドラでツヴァルファーホルン展望台に到着。 周辺をおよそ1時間半のハイキング。天候に恵まれノンビリと歩きました。 ![]() アルプス地方では夏場になると、家畜の牛を2000m級の山で過ごさせる風習があります。その場所を「アルム」といいます。 9月秋の気配が深まると、牛たちは一斉に山を下りてくるのですが、その際には牛に飾りをつけ、村中が集まって盛大なお祭りをするそうです。 ![]() ツヴァルファーホルンから見たドイツの山々です。 ![]() ここにも沢山の高山植物が咲いていました。 この花は何でしょうね。 ![]() ハイキングを終えてゴンドラで下山。 ザンクト・ギルゲンの街はモーツァルトに因んだ街として有名で、中心部には幼いモーツァルト像が建っています。 生まれて初めてバイオリンを手にしたモーツァルトが、あまりに見事に演奏したので父親が感激の涙を流したという逸話に基きます。 ![]() ここはモーツァルトの母の生家です。またモーツァルトの姉が嫁いだ場所でもありますが、残念ながら補修工事中でした。 ![]() 午後からはヴォルフガング湖とシャフベルク展望台の見学です。 |
8月24日、オーストリアのスキーの名選手、トニー・ザイラーさんが亡くなったことが報道されました。享年73歳でした。 トニー・ザイラーさんはチロル州の出身。 1956年の冬季オリンピック・コルティナダンペッツォ大会で、アルペンスキーの滑降、大回転、回転で初の三冠を達成した選手で、オーストリアの国民的ヒーローです。 写真は左がトニー・ザイラー氏で、右はこの冬季大会で日本選手として史上初の銀メダルに輝いた猪谷千春氏です。 ![]() 今回の旅行の時も、インスブルックやコルティナ・ダンペッツォでその名前を度々聞きました。 選手時代から美男(イケメン)でも有名で、スキー選手引退後は映画俳優としても活躍しました。 私も中学時代、彼の主演した「白銀は招くよ」をみて、雪山の美しさとスキーの見事さにウットリしたことを憶えています。 たしか来日したこともあり、黒髪に黒い目に魅せられた女性フアンが多かったと思います。 ご冥福をお祈りします。 ♪処女雪ひかる ひかる 冬山呼ぶよ 呼ぶよ ヤア ヤッホー ヤア ヤッホー こだまがこたえるよ なんだか今日は いいことが ありそうな気がするよ 素敵な恋の 前ぶれか かもしか跳んでいく 燃える火のようなヤッケー ヤア 恋のシュプール ヤッホー♪ (ウロ覚えで間違っているかも知れません) |
6日目の今日はコルティナ・ダンペッツォを出発し、ザルツカンマングートまで7時間半のバス移動です。 途中オーストリア・アルプス最高峰の「グロース・グロックナー」(標高3797m)を眺望し、ハルシュタット湖畔を散策しようというわけです。 午前中最初のトイレ休憩はリエンツ駅です。 オーストリアでは公共のトイレはチップが必要で、金額は25-50セント程度ですが、小さな硬貨を揃えておくのが手間です。この駅はドアにコインを投入しないと開きません。そのかわり一度開いたら、前の人が出たあとにドアを押さえてもらい次の人が入るようにすれば、2人目以下はタダで使えます。 でもなんかセコイなあー。 駅には売店があって、ベンチでコーヒーなどが飲めますので休憩には便利です。 下の写真の写っている「ポストバス」について説明します。 昔は郵袋をつんで街から街へ村から村へ郵便馬車が走っていました。当時の馬車は金色に塗られていたので、今のバスも車体が黄色です。 せっかく郵袋を運ぶのですから、同時に人間も運ぼうという発想から当時の人々の交通手段にもなっていました。 その伝統をそのまま受け継ぎ、郵便局と鉄道の駅とを結んでいるのが、この「ポストバス」です。 郵便局はどんな小さな町にも必ずありますから、庶民の足として有効利用されているのです。 日本では国鉄も郵政も民営化されてしまいましたが、オーストリアは逆にその国鉄と郵便が手を結んで国民の足を守っている。果たしてどちらが国民のためになっているのでしょうか、考えさせられますね。 ![]() 途中ハイゲンブリュートの展望台から教会とバックのアルプスの写真を撮りましたが、この日は晴れてはいたのですが雲が多く、肝心の「グロース・グロックナー」は顔を見せません。 ![]() バスと徒歩で標高2369mのフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台へ。 ここでも3000m付近にかかった雲でやはり「グロース・グロックナー」を見ることができません。 ![]() ここからケーブルで下りて、東アルプス最大の厚さ300mと言われるパステルッツェ氷河を見学。 写真の右下に1985年の文字の看板が見えますが、1985年当時には氷河がこの位置にあったことを示しています。今はご覧のとおり遥か彼方に後退してしまい、地球温暖化によりこれだけの規模の氷河が消えてしまったわけです。 こうして目の当たりにすると、環境問題の深刻さを痛感します。 ![]() 昼食はフリーでしたが、展望台のレストランで添乗員お勧めのソーセージとザウアークラウト、ポテトを肴にビールで乾杯。 ![]() 展望台を後にして一路ホッホアルペン街道をまっしぐら。出口料金所近くに牧場があり、毛足の長い牛がのんびりと餌をはんでいました。 ![]() この後私たちは、ハルシュタット文明で名高いハルシュタットの町に向かいました。 紀元前1000-500年ごろにハルシュタット付近に眠る豊富な岩塩を求めて、ケルト民族がここ中欧に移動してきたハルシュタット時代がありました。 美しいハルシュタット湖の姿です。 ![]() 湖畔の町の中心にあるマルクト広場です。 ![]() 広場の周辺にはレストランがあり、家族連れがアイスクリームを食べていました。 ![]() 長いバス移動のすえ、ザルツカンマーグート地方の町の一つバートイシェルに到着。 今夜はホテル「ゴルデネスシフ」に宿泊。 ここでは日本人旅行者には会わないと思っていたら、他に2組の日本人ツアーグループが一緒となりました。 夕食のメインは牛肉の煮込みとフェトチーネです。それにビールとワイン。 ![]() この後希望者は近くの温泉に繰り出したようですが、私は街の中を散歩して就寝。 |
2泊したコルティナ・ダンペッツォは小さな街で、街の中心部は端から端まで歩いても10分程度です。メインストリートの両側は店舗が立ち並び、大勢の観光客で賑わっていました。 ![]() この街も至るところからアルプスの山々が見えます。 写真中央の左に見える白い建物が、私たちが泊まったホテル「ヨーロッパ」です。 ![]() 青い空とまばゆいばかりの深緑にはさまれた白い山々、とても美しい景色でしょ。 ![]() さて5日目のこの日は前日とはうってかわった晴天で気温が上がり、私の体調もすっかり回復して爽やかな朝を迎えることができました。 今日は「トレチメ・ディ・ラヴァレート山麓ハイキング」です。 先ずはバスでトレチメ駐車場へ、そこから坂道を登ってアウロンツォ小屋に向かいここが出発点です。 ドロミテ山塊は、大部分が「ドロマイト」(日本名では苦土石灰)と呼ばれる石灰質から構成されていますが、この名称はフランスの地質学者グラデ・ドゥ・ドロミューの名前から由来したものだそうです。 この岩石の特異な性質と激しい浸食作用により、岩山が切り立ち分断され、ドームのような形状を呈しています。 ![]() およそ40分で標高2344mのラヴァレード小屋に到着しました。ここまでがハイキングコースで、希望者はさらに先の「トレチメ」の山が間近に見えるところまで進みました。 ![]() そしてこれが「トレチメ」です。左からチマ・ピッコラ、チマ・グランテ、チマ・ウエストで、本格的な登山をする人は、中央の最高峰チマ・グランテの頂上を目指します。 このツアーのハイキングガイドをしてくれたフランコとナディアのお二人は、もう何回もこの山に登ったと言ってました。 ![]() ここから元来た道を引き返しますが、高山植物が咲き乱れ、こんな素晴らしい風景も見られました。 ![]() 魚料理の昼食のあとは、ドロミテの真珠と呼ばれるミズリーナ湖へ。 ウットリするほど素敵な景色を眺めながら湖畔をグルリと回りました。 ![]() 現物より湖面に映し出されている景色の方が美しく見えます。 ![]() 湖の色は周囲の景観や空の色によって全く違った色を呈するところが魅力です。 ![]() リフトで展望台に上ると、ドロミテの山々が一望できます。 切り立った岩山の麓はゆるやかな傾斜地になていて、針葉樹の森や牧草地が広がっているのがよく分かります。 ![]() 観光を終えてコルティナ・ダンペッツォに戻り自由夕食。 殆んどの人が添乗員お勧めのレストランでピッツァとサラダをとりました。 店の名を冠した「5 Torri ピッツァ」、でかくて美味い。満足の一日が終わりました。 ![]() |
連載中の「オーストリア・アルプス旅行記」、ここで一息入れて湯河原温泉の旅館を紹介したいと思います。 8月16-17日に「ゆがわら石亭」に2泊しました。高級旅館ですが、「モニタープラン」ということで格安(こんなのばっか)で泊まれました。 「ゆがわら石亭」は湯河原温泉の中でも見晴らしの良い高台にあり、周辺は高級別荘が並ぶ地域の一角にあります。 玄関の写真です。 ![]() エントランスは狭く、上がりがまちからいきなり畳の廊下になっていて、スリッパなしで部屋に直行です。 写真は中廊下。 ![]() 部屋は第一印象としてはとても地味です。 次の間はついているものの、同等クラスの旅館に比べると質素な印象を受けます。 ただ良く見ると、壁は塗り壁だし、木口も良い材料が使われています。 一間半の大きな床の間に、この建物の風格を感じます。 ![]() 部屋の窓からは正面に小高い山が見え、深緑がまぶしいほどです。 高台のため車の音は聞えず、鳥と蝉の鳴き声だけの静かな環境です。 温泉は露天風呂が充実しています。「石亭」の名のとおり、大きな天然石が置かれ、周辺は松が植えられています。 屋内の温泉は檜風呂で、浸かっていると檜の香りがしてきます。 全部で12室しかない旅館なので、他の泊まり客と出会う機会が少なく、貸し切り気分で温泉に浸かっていられるのが最大の魅力です。 客室係りは若い女性でしたが、マナーも愛想も感じも良く、気配りもしっかりとしていました。 最近思うのですが、旅館の客室係りはベテランより若い人の方が優秀です。 食事は今まで泊まった旅館では、ここがベストでした。 メニューの一例を写真と共に紹介しましょう。 先付けのパパイヤ胡麻クリーム煮と、前菜のサザエのワサビ和え、穴子鮨、蟹磯辺巻き、枝豆、そして蕗味噌という組み合せです。 ![]() 吸い物は無花果葛打ちと、本マグロのトロ、ヤリイカ、鯵のお造り。 ![]() 焼き物は鰹、昆布煮、スダチ。 ![]() 懐石料理のフルコースが一品一品、それも食事のペースに合わせえて運ばれてきます。 料理も美味ですが、それより器が素晴らしい。 冷酒は徳利も盃も凝った器が使われています。お替りすると、全てそっくり器を換えて持ってきます。 ![]() 朝食の例です。 ![]() モーニングコーヒーもレトロな茶碗が使われています。 ![]() 感心したのは、2泊しましたが夕食も朝食も、全てメニューが換わり、同じ品が一切なかったことです。 連泊の場合、夕食はメニューが変わることがありますが、朝食まで全て入れ替えるというのは珍しい。 食器類も前日と同じものは使われません。 いかにも和風旅館らしい細やかなサービスをどう受けとめるかで、この旅館の評価が分かれるでしょう。 宴会場や家族風呂、プールなどの付帯設備はないし、建物全体も地味な印象を受けます。だから高級旅館としての豪華さを求める人には不向きです。 ノンビリと落ち着いて過ごすのが目的であれば、とても過ごし易い施設だと思います。 私としては、露店風呂と食事が良かったので、十分満足しました。 客室係り係りがテキパキしているのに比べ、フロントはモタモタした印象を与えるのもマイナスかも知れません。 二日目に湯河原駅近くの名所を歩いてみました。 湯河原には、源頼朝の挙兵に貢献した土肥次郎実平に因んだ名所が多く、城願寺はその土肥一族の墓所があります。 ![]() こちらが七騎堂。 ![]() そして境内にある樹齢800年の「びゃくしんの樹」(天然記念物)。 ![]() こちらが頼朝挙兵にあたり、土肥次郎実平が刀を奉納した五所神社です。 ![]() これで「ゆがわら石亭」の紹介は終りです。 次回から又、「オーストリア・アルプス旅行記」の連載に戻ります。 |
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