バルト三国旅行記(2)エストニア・タルトゥ

2日目の観光はエストニアのタリンを出発し、バスで最初の観光地タルトゥに向かいます。
途中トイレ休憩に立ち寄ったレストランは外見が変っていて風車小屋でした。添乗員の説明だとかつてソ連時代にこの辺りは小麦の集団農場(コルホーズ)で、収穫した小麦を場所に集め風車で製粉していたそうです。ソ連から離脱した後に用がなくなり放置されていたのをある人が買い取りレストランに改造し商売を始めたとのこと。風車が目立つので客を呼び今では繁盛しているらしい。
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車窓から見る菜の花畑、油の原料にしているとか。道路の両側にはこうした畑がずっと続いていました。
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ここでエストニアについて概略を述べてみます。
エストニア共和国はEUそしてNATOの加盟国で通貨はユーロ、人口は134万人、首都はタリン。
国土は、北はフィンランド湾、西はバルト海に面し、南はラトビア、東はロシアと国境を接しています。面積は九州本島の1.23倍。地形は平坦で最高標高318m、バスで見た限りでは山らしい山には出会えなかった。
民族構成はエストニア人が69%、ロシア人は25%、その他となっています。宗教はプロテスタントが多く、次いでロシア正教。
公用語はエストニア語ですが、多言語を話せる人が多いようです。
経済面では近年、観光に力を入れておりヘルシンキから近いという地の利を生かして年間500万人が観光に訪れているそうです。産業ではITが中心でSkype(スカイプ)を産んだ国であり、外国のIT企業の進出も多くソフトウエア開発が盛んで、早期のIT教育や国際学力調査で欧州の上位国としても知られるています。こうした事から3か国の中では最も豊かな国になっています。

訪問地のタルトゥは中世にはハンザ同盟に加盟し商業都市として栄えました。400年近い歴史を持つタルトゥ大学を中心にしたエストニアの学術都市でもあります。
公園で遊ぶ子どもたち、夏は太陽を浴びる季節なので子供たちを積極的に外へ出すようです。夏休みが6月からというのもそのためでしょうか。
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昼食では先ずビール、国産です。500mlの生ジョッキが2-3ユーロで飲めるので助かります。
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野菜の前菜に、
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メインは名物のニシンの酢漬け。
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街の中心であるラエコヤ広場です。
広場の中心はキスの噴水です。
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昼間から人で賑わっています。建物の多くは1780年代に建てられたもの。
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市庁舎は1789年に建てられたもので現在も使われています。
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今回のツアーの添乗員である荻野さん、赤い上着と体形で遠くにいても直ぐに分かります。熱心でサービス精神に溢れ、知識の広さにも驚かされました。
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聖ヨハネ教会は14世紀後半の建造で、当初は壁に1000以上の素焼の彫像が装飾されていたそうですが、度重なる戦乱でほとんどが破壊されてしまいました。
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木々が生い茂るトーメの丘に登ります。途中で他の観光客とすれ違いました。
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タルトゥ大学の歴史博物館。
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大聖堂は15世紀に完成しましたが、16世紀以後宗教改革で廃墟となってしまいました。今はこの状態で保存されています。
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天使の橋はカップルの名所だそうで、二人が結ばれると橋の手すりなどに鍵をかけ、鍵は橋の下に投げる風習があるとか。
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可愛らしい少年たち、私たちの観光コースが分かっているらしくいつも先回りして待っていました。
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こちらがタルトゥ大学です。
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タルトゥ観光はこれで終り、この後は4時間かけてラトビアの首都リガ(リーガ)に移動し、市内に宿泊となります。
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by kanekatu | 2015-06-18 07:01 | エストニア | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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