中国シルクロード旅行記(6)敦煌②

5日目は敦煌市内の名所観光です。
その前に鳩摩羅什(くまらじゅう)という人物について簡単に紹介します。元々は西域の僧で、4世紀末から5世紀の初めごろの後秦の時代に、長安に来て約300巻の仏典を漢訳し、仏教普及に貢献した訳経僧です。後の玄奘と共に二大訳聖と言われていて、玄奘三蔵による訳経を「新訳」と呼び、鳩摩羅什の訳経を「旧訳」(くやく)と呼んでいます。
最初の観光は「白馬塔」で、4世紀末に鳩摩羅什が敦煌に来た際に経典を担がせていた馬が死んでしまいました。篤信の人々がその馬の遺体をここに葬り塔を建てたのが始まりです。
現在の塔は清の時代に修復されたものです。
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「玉門関」は陽関と並ぶ古代の関所跡で、漢の時代にはここまで国家権力が及び、これより先が西域とされていました。今は25m四方、高さ10mの城壁だけが残されています。
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玉門は別れを詠う場所になり、唐の詩人・李白は玉門関の彼方に遠征に行った夫を待つ妻の気持ちを詩に詠っています。
子夜呉歌 
   李白
長安一片月
萬戸擣衣聲
秋風吹不盡
總是玉關情
何日平胡虜
良人罷遠征

*********
長安一片の月
萬戸衣を擣(う)つの聲。
秋風吹いて尽きず、
総て是れ玉関の情。
何れの日か胡虜を平らげ
良人遠征を罷(や)めん。

「漢代長城」は、漢の時代の万里の長城跡です。外敵、特に騎馬民族の侵入を防ぐために馬が乗り越えられない高さの壁が構築されています。
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昼食はブドウ畑の下で、涼しい風が通ります。
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中国の代表的なビールである青島(チンタオ)ビール。
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「陽関」は、シルクロードの重要な堅固な関所の1つで、併せて設置された玉門関より南に位置したため「陽関」と称されました。漢代に武帝が河西回廊を防衛する目的で建設したもので、西域交通ルートの要所でした。今は跡地を示す石碑があるだけです。
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漢の時代から残されている烽火台です。
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この場所に立って西側を見ると遥か彼方まで何もない茫洋たる風景が広がっています。
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陽関は、中国で古代より孤独な生活を思い詠嘆する地で、特に唐代の詩人王維の詩「送元二使安西」が有名です。日本でも学校の教科書に載っているので、古くから人口に膾炙しています。またこの詩を「蛍の光」のメロディに乗せて歌えることでも知られています。
送元二使安西
     王維
渭城朝雨潤輕塵
客舎青青柳色新
勧君更盡一杯酒
西出陽關無故人
************
(元二の安西に使するを送る)
渭城の朝雨 軽塵を潤し、
客舎青青柳色新たなり。
君に勧む更に盡くせ一杯の酒、
西のかた陽關を出ずれば故人無からん。
【意味】
咸陽(渭城)の朝の雨が軽い砂埃を潤している。
旅館の前の、君に贈る柳の葉も雨で青々としている。
君、ここで更にもう一杯別れの酒を飲んでくれ。
西域地方へ向かう陽関を出てしまえば、もう友人はいないだろうから。

夕食の時に飲んだ西安ビール。
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最後は敦煌市民のマーケットである「沙州市場」で、今夜の酒とツマミを買ってホテルに戻りました。
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6日目はいよいよ莫高窟の見学です。
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Commented by saheizi-inokori at 2015-09-04 09:21
なからん、なからん、故人なからん、、懐かしいです。
Commented by kanekatu at 2015-09-04 10:12
佐平次様
この曲を歌ってあげたら現地ガイドが驚いていました。でも妻は知らないって言うんです。新潟の教科書には載っていなかったと言い張るんです。
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by kanekatu | 2015-09-04 03:00 | 中国 | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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