ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ訪問記(2)

モスクワから1時間30分、予定より約1時間遅れでミンスク空港に午後8時半頃に到着。入国はロシアと共通なのでそのまま通関。空港はキレイでした。
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空港では現地ガイドのナターシャがお出迎え、以後ベラルーシを離れるまで彼女がガイドを務めてくれました。大学で4年間日本語を習い、1年間日本に語学留学しただけあってかなり流ちょうな日本語を話します。
余談ですが、今回ウクライナとモルドバの女性ガイドも皆ナターシャでした。愛称なので、本名は違うようです。
バスで40分、午後9時半だというのに、ようやく日没です。
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この日のホテル「ルネサンス」に到着。予想していたより設備の良いホテルでした。
カジノが隣接しており、カジノが禁止されているロシアから人を呼んでいるそうです。
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荷ほどきと翌日の準備を済ませて、12時頃に就寝。

ここで、ベラルーシの概要を紹介します。
地図。
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国旗。
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正式国名はベラルーシ共和国。
東にロシア、南にウクライナ、西にポーランド、北西にリトアニア、ラトビアと国境を接する、世界最北の内陸国。
面積は207,560km2で本州よりやや小さい。
人口は約950万人。
首都はミンスク。
政体は共和制、但し大統領権限が極めて強く独裁制とも言われている。
民族構成は、ベラルーシ人84%、ロシア人8%、その他。
宗教は、キリスト教のベラルーシ自治独立正教が多く、他にロシア正教、ローマンカトリック。
公用語は、ベラルーシ語、ロシア語。
通貨は、ベラルーシ・ルーブル (BYN)。
一人当たりGDPは、17,623ドル。
気温は7月の最高気温が25℃、最低気温が15℃程度でした。㎡国土の大半が森林と湖、畑なので湿度が適度にあり過ごしやすい。

私たちが学校で習った頃の国名は「白ロシア」でした。「ベラ」は「白」、「ルーシ」は「ロシア」を意味しています。
現地ガイドは「ベラ」を白い、純粋な、混じりっ気のないという意味があると説明していましたが、どうやらこの地域を支配していたモンゴルが中国の五行思想を持ち込んで、西(即ち白)のロシアという意味が語源のようです。
永らく親ロシアの立場でしたが、石油価格の一方的値上げをかわきりに関係がギクシャクし、現在は中国に接近しています。中国もまた東ヨーロッパへの足掛かりとしたという、双方の利益が合致しているようです。

2日目はミンスクの観光です。
ベラルーシは第二次大戦で独ソ戦の主戦場の一つとなり、国民の4人に1人が犠牲になるほどの打撃を受けました。街は破壊され尽くされ、戦後は戦前の街を復元するのではなく、スターリン様式とよばれるクラシック調の建物が並ぶことになりました。
市の中心部にある勝利広場に立つ、第二次大戦の勝利を記念した記念塔。
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柱の下部にはこの様なレリーフが彫られています。
後方に見えるのがスターリン様式の住宅で、主に高級官僚が住んでいるとか。ここでは未だ「スターリン」という言葉が活きてるんです。ガイドは、スターリンが建ててくれたと言ってました。
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これに対して、ソ連のフルシチョフ時代に、労働者のためにより狭い簡素な住宅を沢山建てていて、これはフルシチョフ様式とよんでいました。
ガイドの説明では、コルホーズが中心となって農産物を海外に輸出しているなどと、懐かしい単語が並びます。
昔のソ連にいる様な気分。

突然、ガイドが1枚の写真を掲げて、これ誰でしょう?
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答は、リー・ハーヴェイ・オズワルド。ジョン・F・ケネディ暗殺の実行犯とされる人物。アメリカ海兵隊除隊後にソ連に亡命、一時ミンスクで生活し現地の女性と結婚していたが、その後妻子を伴って米国に帰国し、暗殺事件を起こしたとされています。
アメリカとソ連の二重スパイの疑いも濃く、未だに謎の多い事件です。
閑話休題。

ミンスクの中央を流れるスヴィスラチ川の小島は「涙の島」と呼ばれ、ソ連時代に行われたアフガン出兵の兵士の慰霊碑が置かれています。
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手前にある橋を渡るのですが、橋の袂には国境を示す杭が立てられていて、国を出ていった兵士たちを象徴しているかの様でした。
ここから首都を流れるスヴィスラチ川の河岸に沿って歩き、周囲の景色を楽しむことにします。
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スターリン様式の建物に混じって、近代的な超高層ビルが建てられています。

トラエツカヤ旧市街区は、無機質な建物が多いミンスクの中で19世紀の建物を再現させようとボランティアたちの力で建てた街区です。
ここだけ周囲を切り離され、ひっそりとした佇まいを見せていました。
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戦争で街全体が崩壊した中で、この建物だけが奇跡的に残りました。ユダヤ教のシナゴーグで1階は男性用、2階は女性用として使われていたようです。
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戦前、ベラアルーシには沢山のユダヤ人が暮らしていましたが、その多くは収容所に送られ殺害されました。その数はミンスクだけでも10万人と言われています。
(続く)

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Commented by saheizi-inokori at 2017-08-03 20:34
最北の内陸国とか白ロシアの由来とか勉強になります。
白ロシアなんてなんとなくしかわからなかった、ベラルーシのこととはまったく。
Commented by kanekatu at 2017-08-04 03:09
佐平次様
私も今回訪れるまで全く知らなかったんです。日没が夜の9時半で朝の4時には夜が明けるのは、いかにも北国らしいです。
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by kanekatu | 2017-08-03 09:46 | ベラルーシ | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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