世界の絶景ベスト10「文化遺産・建物」編

文化遺産は前回の遺跡編に引き続き、今回は建物編です。歴史的建築物であっても原形を保っている場合は、こちらに分類してあります。

1位「古都京都・奈良の寺社」
文化遺産で世界一といえば、これは文句なく京都・奈良の社寺です。
例えば京都なら東寺、清水寺、三十三間堂、南禅寺、醍醐寺、下鴨神社、上加茂神社(写真)など、奈良なら東大寺、法隆寺など、いずれをとってもその一つ一つが世界遺産になるような建築物で、それがいわば束になって存在しているのですから、これに勝る文化遺産など、世界のどこにも無いでしょう。
建物だけではありません。それぞれの寺院に置かれている仏像や絵画、あるいは庭園がまた実に見事で、仏教芸術として世界最高水準をいくものです。
更にそれぞれの施設において、建物が四季おりおりで全く違う表情を見せるのも、日本建築の素晴らしさです。
私は京都だけでも通算50日間くらい観光していますが、ようやく主な寺社をひとわたりしたという情況です。
木と紙と布から成る建物を、数百年、千年という単位で長期にわたり守ってきた京都町衆の努力には、ただただ頭が下がります。
残念なのは日本でも、こうした日本建築の良さが充分に理解されていないことです。政府は海外からの観光客の誘致に力を入れるようですが、その前に先ず足元の自国文化の価値を見据える必要があると思います。
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2位「シェーンブルン宮殿」
京都・奈良の社寺が断トツなので、2位以下というのは順位づけが難しく、好みの問題になってしまいますが、2位にはオーストリアの首都ウィーンにあるシェーンブルン宮殿をあげます。ハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジアによって18世紀に建造されたもので、最も優美な宮殿建築の傑作といえましょう。
宮殿の部屋数が1441室というのは、ベッドの上で帝国を築いたハプスブルグの象徴でもあります。
敷地内に世界最初の動物園や植物園が造られ、今は最上階が一般市民のアパートメントとして利用されていたり、ウィーンという都市の大らかさが伝わってきます。
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3位「ブルーモスク」
かつてのビザンツ帝国の首都であり、15世紀からはオスマン帝国の首都として栄えたイスタンブール。この街の象徴的存在といえるのが「ブルーモスク」です。
各地でモスクを見学してきましたが、これ程美しいフォームのモスクは他にありません。宗教寺院の建築物の傑作です。
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4位「イマーム広場」
モスク建築で「ブルーモスク」と双璧かあるいはそれ以上と思われるのが、かつて「世界の半分」と称してその繁栄を謳歌していたイラン、イスファファンにあるイマーム広場であり、その中心のイマームモスクです。
イマーム広場に佇んでいると、確かに世界の半分かも知れないなと思わせられます。17世紀の建築ですが、モスク全体を覆う気の遠くなるような数のタイルの技術は、世界最高レベルといえるでしょう。
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5位「ノイシュバンシュタイン城」
ドイツ観光で最も人気が高いのはロマンチック街道ですが、その終点に位置するのがバイエルン王ルートヴィヒ2世により建設された「ノイシュバンシュタイン城」です。
ルートヴィヒ2世が「私自身の作品」として建てただけあって、城全体が大きな美術作品ととらえることができます。城としての実用性は無いものの、その姿の美しさは例えようがありません。
この城は1869年に建設が開始され、1886年にルートヴィヒ2世はこの城に住みますが、わずかに102日間で別の場所に軟禁され、謎の死をとげます。そう思って見ると、どこか悲しさを漂わせているかのようにも見えます。
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6位「タージ・マハル」
建物の美しさという点ではこちらも決して見劣りしないのが、インド北部アグラにある「タージ・マハル」です。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死(1630年)を悼んで建設した霊廟で、2万人もの職人を集め、22年の歳月をかけて建造させたといわれています。
全体を大理石で造り、その中に28種類もの宝石を埋め込んであるそうです。
よく絵葉書的だと悪口をいわれていますが、私の経験では2回目の方が感激しました。見れば見るほどその魅力が分かってきます。
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7位「エルサレムの宗教施設」
ここだけは今までのものと異なり、個々の建物が特別に優れているわけではありません。むしろ歴史的に、あるいは現代の政治的に意義のある施設群ということで紹介したいと思います。
エルサレムという都市は、ユダヤ教にとってはユダ王国の首都であった場所であり、その中心であるエルサレム神殿が置かれていた場所です。しかし西暦70年にローマ帝国により破壊され、今では外壁の一部が残されているだけです。これが嘆きの壁です。
キリスト教にとっては、エルサレムはイエス・キリストが処刑され、埋葬され、復活した場所として、今でも多くの教会が建っています。
イスラム教にとってはどうでしょうか。コーランによれば、ムハンマドが神の意志によりメッカのカアバ神殿から、一夜のうちにエルサレム神殿まで旅をしたことになっています。つまりムハンマドはこの神殿の岩から天馬に乗って昇天し、神の御前に至ったというわけです。現在、ムハンマドが昇天したとされる場所にはウマイヤ朝の時代に岩のドーム(写真)が築かれていて、イスラムの聖地となっています。
私は無神論ですから、どの宗教の味方をするわけではありませんが、歴史的事実に照らせば、エルサレムにムハンマドが飛んできたという説は無理があります。
一方ユダヤ教の神殿があったことや、キリストがこの地で処刑されたのは事実でしょうから、こと「聖地」という意味からすれば、ユダヤ教とキリスト教の言い分が正当だと思われます。
しかし宗教の争いというのは、そうした理屈は通らないですから、実にヤヤコシヤーヤヤコシヤーです。
教義の争いはともかくとして、同じアブラハム宗教の流れをくむもの同士、お互いに排他的所有権を主張しない方向で妥協できないものでしょうか。
無宗教の当方には理解し難いところです。
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8位「クレムリンと赤の広場」
一度は見ておきたい場所の一つとして、ロシア、モスクワの中心「クレムリンと赤の広場」があげられます。
クレムリンというと直ぐに大統領府が思い浮かびますが、ここには沢山の宮殿やロシア正教の教会があり、それぞれが歴史的にも重要な建物です、クレムリン全体が世界遺産に登録されています。
クレムリン前にある広場が「赤の広場」です。別に社会主義だから「赤」と名付けたのではなく、元々は「美しい広場」という意味ですので、誤解無きように。
この広場に建てられている「聖ワシリイ大聖堂」(写真)はイワン雷帝により1560年に建立されたもので、そのお伽の国の建物のような美しい姿が印象的です。こちらも世界遺産です。
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9位「聖家族教会」
スペインのバルセロナはアントニ・ガウディの街でもあります。市内には7つものガウディの建築物がありますが、その中で最も有名なのが「サグラダ・ファミリア贖罪聖堂」です。ガウディの代表作と思われていますが、実はガウディ自身は1926年に亡くなっていて、彼の設計資料や製作した模型もほとんど残されていません。だから現在はガウディの思想(意志)を汲む形で、多くの建築家や彫刻家、職人がその作業を受け継いでいます。
教会建築としては相当に異色で、最終的にはどんな形になるのか楽しみですが、今のところの完成予定が2250年頃だそうで、残念ですが私たちは見ることができません。
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10位「エルミタージュ」
ロシアで最も美しい街、サンクト・ペテルブルグにある「エルミタージュ美術館」は世界屈指のミュージアムとして知られていますが、元々はロシア皇帝の「冬の宮殿」でした。宮殿は緑と白の石材を用いた美しいロココ建築で、街の中心部を流れるネヴァ川の辺に建っています。
北のヴェネツィアと称されるサンクト・ペテルブルグには多くの歴史的建築物がありますが、その中でもエルミタージュはその優美さが際立っています。
ロシア革命の後は、エルミタージュ美術館として市民に開放されました。
現在は周辺地域とともに世界遺産に登録されています。
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こうして見ると、BEST10に入るような建築物は単に建物だけではなく、その街の景観を含んだ評価になってしまいました。
このランキングからはもれましたが、魅力的な建物はまだまだ沢山あります。
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by kanekatu | 2008-10-13 09:41 | 世界の絶景 | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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