2017年 03月 02日 ( 1 )

パキスタン見聞録(5)シャー・ジャハーン・モスク

タッタ郊外にあるシャー・ジャハーン・モスクはマクリー・ヒルと並ぶ世界遺産です。
タッタはかつてインダス川の河口にあって、港湾都市として栄えた街で、ムガール帝国の中心都市でした。その関係で当時お建物が多く残されています。
シャー・ジャハーン・モスクは帝国最盛期の第5代皇帝シャー・ジャハーン(在位:1628年-1658年)が建立したものです。
亡き妻を偲んでタージ・マハルを建設したことで有名ですが、その後は家臣の妻たちと乱倫を繰り返し、それが元で身を滅ぼしたというから決して純愛じゃなかったんですね。
どこか既視感があるのは、タージ・マハルを建てたのと同じ皇帝だからでしょうか。
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モスクの入口。材料が焼きレンガと釉薬の青色タイルとの組み合わせというのは他の建造物と同様です。
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モスクの洗い場で、信者はここで手足と口をすすぎ、中に入ります。
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さすが皇帝シャー・ジャハーンがタッタの街への感謝の意をこめて建てただけあって、内装が実に凝っています。漆喰と焼きレンガの組み合わせでしょうが、この曲線を作るのは大変な技術を要するでしょう。
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モスクの中庭で、中央奥に見えるのは礼拝堂です。礼拝堂が独立しているのはペルシャ風だそです。
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金色の釉薬タイルを併用してさらに豪華に見せています。
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礼拝堂の入口。人と比べて大きさが分かるでしょう。
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礼拝堂の中心であるミフラーブで、タイルでコーランが書かれているそうです。
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時計が置かれているのはお祈りの時間を示したもので、このモスクが現役であることを示しています。
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目くるめくが如き回廊、溜息が出ます。
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シャー・ジャハーン・モスクの見学を終えて、バスで一路モヘンジョダロの近くの街サッカルに向かいます。
途中のタッタ郊外の様子をいくつか紹介します。
長距離バスにリキシャ(三輪の小型タクシー、語源は人力車)、それにロバが引く荷車と、パキスタンの典型的な風景です。
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暑さのせいか、アイスクリームやジュースを売る店が目に付きます。
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屋台での食事風景。
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カラチの水瓶であるキーンジャル湖。
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休日ともなればボートや釣りなどレジャー客で賑わうそうです。中央付近の人の群れは洗濯をしています。
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遊牧民のテントです。各地を転々と移動しながら暮らしていて、水は灌漑用水などから得ているとのこと。こうした人々を含め、学校に通えない子どもたちも多いのです。
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日本でいう団地でしょうか。
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サービスエリアの商店街。バスのトイレ休憩に使わせて貰いましたが、ちょっと勇気のいるトイレでした。
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サトウキビを積んだトラクターの行列で、砂糖工場へ納品するための行列。今の時期が最盛期だそうです。この行列は延々と続いていて、待ち時間は1週間から時には20日間に及ぶとのこと。気が遠くなりますね。
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ようやく夕食。レストランが私たちの貸し切りだったので、とっておきの国産ビールにありつけました。
ただ、500ml缶で10ドルという超高値。選択肢がないんだから仕方ありません。でも、美味かった!
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この日はケバブーと揚げ物がでました。
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後は、ナンとカレーです。
見掛けはともかく、味はどこへ行っても美味で、これだけは感心しました。
ただカレーや香辛料が苦手という方は苦労していましたが、私は好き嫌いがなく何でも食べるので、食事には不自由はなかった。

泊まりはサッカルのロイヤルイン。名前と実態は大違いというホテルでした。

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by kanekatu | 2017-03-02 10:28 | パキスタン | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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