2017年 03月 07日 ( 1 )

パキスタン見聞録(7)コート・ディジ

モヘンジョダロ遺跡の観光を終えて、昼食を挟んでコート・ディジに移動。本来なら1時間程度で行ける距離ですが、サトウキビ渋滞に遭遇し、予想以上に時間がかかりました。
先ずは、途中の街の風景から。
イスラムなので豚は食べませんが、牛はカレーでお馴染みです。
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パキスタンでは馬車より驢馬車が多く見られました。
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ロバの群れを追う人々。
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鉄道の線路。なんか侘しい光景に見えます。
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バザールの賑わいで、混沌とした感じがいいですね。
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コート・ディジの観光は2か所で、城砦と遺丘です。
コート・ディジ城砦は19世紀にシンド地方を支配していたタルプール王国の王が築いたものです。当初は王国内部の争いのため、後年はイギリスとの戦闘に備えたものでしたが、王国がイギリスの支配を受け容れたため砦は使わずに終わりました。
城砦は巨大です。
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手前に3つ並んだドーム型の建物は穀物倉庫。
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城砦は焼きレンガ造り。
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手前の四角い箱は水槽。城壁が大きく広がっているのが分かります。
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王様の宮殿ですが、戦闘のない時はここから離れた場所にある宮殿で生活していたそうで、結局一度もここは使われなかったことになります。
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所々、装飾が残っています。
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正面奥に見えるのは裁判所。
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裁判所から見た城砦の光景。
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さらに上から見た裁判所。
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この城砦で驚くのは、王様の子孫である個人が所有していることです。そのためでしょうか、手入れや補修が全くされず放置状態です。
観光資源として残しておきたいのなら、パキスタン政府としても手を打つ必要があるでしょう。


もう1ヶ所の遺丘は直ぐ近くにあります。
こちらはインダス文明が起きる以前にあったと見られる集落跡で、当時の住居の一部などが発見されているようです。発掘した土器にモヘンジョダロ遺跡のものとの共通点もあるとのこと。
遺丘の全景。
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出土品から、この辺りが上流階級の住居があったようです。
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今はただもう土の塊にしか見えません。
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遺丘から見たコート・ディジ城砦の全景。
気が付いたら、山羊の群れに囲まれていました。
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観光と食事が終わってホテルに戻ったのですが、サッカルのホテルには皆さん苦労してました。
全体に清潔感がなく、バスタオルは備えつがありましたがフェイスタオルが無い。これは事前に情報を知らされていたので、日本から用意して行きました。
バスルールには同じ床に便器と、蛇口と切り替えのシャワーが並んで据えてあります。もちろんバスタブは無し。蛇口の下には大き目のバケツと手桶。
先ず、蛇口を開くと水が出てきて、しばらくするとお湯が出てくればシャワーに切り替えるのですが、このお湯がなかなか出て来ない。幸い私の部屋はお湯が出ましたが、他の大半の部屋は最後まで水しか出なかったようです。
そうなると寒くて水シャワーは使えないので、バケツに貯めた水でタオルを使って身体を拭くことになります。日中は汗をかいて埃まみれになるので、シャワーが使えないのは辛い。
モヘンジョダロ観光の拠点はサッカルですが、私たちが泊まれる様なホテルはここ1軒しかなく、しかもこの2日間(連泊でした)は私たちだけで満室なので、部屋を替えて貰うことが出来ません。
お湯が出なかったのと、部屋が寒かったことで風邪気味になった人も出て、ここの宿泊施設だけは頭が痛いところです。


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by kanekatu | 2017-03-07 09:49 | パキスタン | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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