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バルト三国旅行記(14・最終回)フィンランド・ヘルシンキ

8日目の午後はヘルシンキ観光です。2006年に一度来てますので、2回目の筈なのに何も憶えておらず新鮮な気持ちで観光が出来ました。
オマケの観光なので簡単に紹介します。ヘルシンキの雰囲気だけでも味わって下さい。
タリンから船で到着したヘルシンキ港の様子です。
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下の写真の右奥に黄色い3隻の船が見えますが砕氷船です。北欧ならでは。重量が通常の船の3倍もあるそうです。
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昼食のメインはサーモン
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ウスペンスキー寺院。
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ヘルシンキ大聖堂。
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元老院広場はイベントの準備中でした。
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テンペリアウキオ教会は自然の岩屋を利用して作ったものです。
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外観からは教会と気付かないでしょう。白い丸の中に十字架が見えますがこれが証明です。
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内部も複雑な構造になっています。音響が素晴らしいのでコンサートや録音にも利用されるそうです。
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中央駅近くにある「3人の鍛冶屋像」。
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宿泊のスカンディックパークホテル。
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夕食はこれまた添乗員お薦めレストラン。大勢で行ったので色々な料理をシェアーしながら食べました。ビールはこの店内で醸造したもので、これは美味!
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9日目の午前中は出発まで自由時間だったのでヘルシンキ市街へ。
中心街のカイヴォ通り。
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ヘルシンキ中央駅。
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こちら側は残念ながら工事中でした。
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駅の待合室
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駅のホーム
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停車中の列車
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駅に到着した列車から降りる人びとで、通勤時なのでかなり混雑していたようです。
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売店のコーヒー売り場に並ぶ人たち。
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海岸近くにある「海の乙女像」。
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市内を走るトラム。8ユーロでトラム、バス、近くの島へ行く船、全て24時間乗り放題は安い!
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海岸にある青空市場「マーケット広場」
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タコのリング揚げを一皿頼んだら、とても食べきれない。
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これで全ての日程を終えて帰国の途につきました。
バルト三国は気候風土は北欧に近く、地域的にロシアと中東欧の両方の交差した所から双方の文化が共存していて、とても興味深い国々です。
西欧や東欧諸国に見られるようなアジア人差別も感じられず、親しみやすい国民性で最後まで気分よく旅行できました。
天候にも恵まれたのはラッキーでした。
一行23名誰一人体調を崩す人もなかった事が何よりでした。

蛇足ですが、帰り便の機内食、和食の写真を紹介します。
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今回が最終回です。
長い間お付き合い頂いた方に感謝します。
(終り)
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by kanekatu | 2015-07-02 07:25 | フィンランド | Comments(2)

バルト三国旅行記(2015/6/1-6/10)(1)出発

2015年6月1日より10日間、バルト三国に旅行してきました。パッケージツアーで旅行社は阪急交通社、添乗員は荻野昭博さん、参加者は23名、キャリアはJALです。
バルト三国というと大抵の人はどこの国?と訊いてきます。ユーラシア大陸の北西部ですし日本ともあまり深い縁のない国ですから止むをえません。相撲が好きな方は「確か把瑠都っていう力士の出身地だよな」と言う方もいますが、ピンポーン正解です。
バルト三国とは、バルト海の東岸、フィンランドの南に南北に並ぶ3つの国を指し、北から順に、エストニア、ラトビア、リトアニアです。
元大関の把瑠都はエストニアの出身で、引退後は故郷に戻り事業を行っているそうです。
大きな地図で位置関係を見てみましょう。
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バルト三国の地図は下記の通り。
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バルト三国を一括りに言われますが、もちろん別々の国で歴史も異なります。ただ中世にドイツ騎士団から侵略され壊滅的な打撃を受けたのと、ロシアとの関係が深いという共通点を持っています。18世紀頃には3国ともロシア帝国に編入されてしまいます。ロシア革命を機に3国は独立しますが、第二次世界大戦中の独ソ秘密協定によりソ連邦に組み込まれてしまいます。しかしソ連崩壊を機に独立の機運が盛り上がります。特に1989年8月23日に行われた3国の首都を結ぶ「人間の鎖」では600㎞を2百万人が手を結び、これで状況は急展開します。ソ連の弾圧に抗して国民が立ち上がり、それぞれが無血で独立を果たします(ソ連軍の銃撃で犠牲者は出ていますが武力抗争は起きなかった)。
現在は3か国ともに北大西洋条約機構(NATO)および欧州連合(EU)の加盟国、通貨もユーロです。EU加盟以前は国境での出入国審査や通貨の両替で時間がかかり周遊は大変だったそうですが、今はスイスイと通れてラクチンです。

コースは成田-ヘルシンキは航空機で、ヘルシンキ-エストニア間は船で、その後はエストニア-ラトビア-リトアニアへと進み、そこから逆のコースで戻ってきました。
成田空港の集合が8時30分と早く、遠い人は前泊したようです。
出発前のラウンジで赤ワインと日本酒を飲んで時間待ち。
成田-ヘルシンキ間はJAL、往きの航空機は新型のボーイング787で、この日が初飛行。ビジネスの座席が下の写真のように工夫されていて、窓際の人が通路側の人をまたぐことなく通路に出られるので楽です。また隣席との間のパネルが上下できるので、就寝時はプライベート空間が保てます。特に隣が異性だったりすると気を遣うこともあるので、これも改良点です。
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トイレもウオシュレットになっていてこれも快適です。
JALのビジネスに乗るのは20数年ぶりになりますが、当時と比べ機内の設備は格段に良くなりました。悪くなったのは客室乗務員の質でミスが多く、サービスはとても快適とは言えません。人件費のコストを下げた影響なのでしょうが、JALが他社に対抗しようと思うなら改善を要すると思います。
機内食は3種類で洋食はビーフかカツオ、他に和食があります。洋食のカツオを頼みましたが注文が多く変えてくれないかと言われましたが断りました。帰りの便でも同じことが起こり、この時は変更に協力しましたが、満席でもないのに材料の仕込みはどうなっているんでしょうか。この点もJALのマイナス評価です。
下の写真は機内食で、上から前菜、メイン、スイーツ、ヨーグルトとコーヒーの順です。味はマアマアといった所です。
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機内でシャンパン、赤ワインを2杯飲んでいい気持ちになり一眠り。座席はほぼフラットになるまで倒れるので安眠できました。
到着前の食事は数種類から選べたので山菜うどんを頼みました。
飛行時間は9時間半ほどでヘルシンキ空港に到着。現地はサマータイムなので日本との時差は-6時間です。

フィンランドの入国審査は手順が悪いようで1時間ほど待たされました。それでも船の出発まで余裕があり、バスでヘルシンキ繁華街の中心部にあるストックマンデパートに立ち寄り、地下のスーパーで今晩の食事と飲み物を買い込み。
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港へ。
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事前にスーツケースを預けて身軽になって乗船。タリンクシャトルは予定通り19時30分に出発、バルト海のフィンランド湾を渡って21時30分にエストニアのタリン港に到着。3国ともシェンゲン協定に入っているので改めて入国する際の手続きは要りません。
そこからバスで今日の宿泊ホテルに向かいチェックインを済ませて部屋に入れたのは22時30分ごろ。自宅からおよそ22時間以上かかった計算になります。シャワーを浴びた後、荷物の入れ替えなど時間がかかりベッドに入ったのは24時近くとなりました。
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by kanekatu | 2015-06-16 09:33 | フィンランド | Comments(0)

「北欧」ちょっと見旅行記 その4

ヘルシンキより西へ車で2時間半、私達はトゥルクの町へ着きました。
トゥルクは、13世紀にアウラ川の河口に築かれたフィンランド最古の町で、ヘルシンキが首都となる以前には中心都市でもありました。川の両岸に沿って町が広がっています。
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この町のランドマークはトゥルク城です。1280年に建てられ、拡張―破壊―修復が近年まで繰り返されてきました。
現在内部は手工芸博物館になっていますが、今回は外観のみの見学です。
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続いて、プロテスタント・ルーテル派の大本山であるトゥルク大聖堂。こちらも13世紀の建立で、その後拡張と修復が繰り返されました。
最上部の塔は、1830年に作られています。
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川には、世界最初に作られた3本マストの帆船が浮かんでおり、この町の往時の繁栄を偲ばせています。
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無料で運行する渡し舟があり、片道2分のクルージングですが、なかなか情緒があって結構でした。
こういうタダの施設を観光に活用するなんざあ、さすが阪急交通社、手堅い商売をしてはりますなあ。
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そして夕方、今回ツアーの目玉の一つであるシリアラインに乗船、いよいよフィンランドともお別れで(・・て言ったって、たった一日しかいなかったんですが。それにしちゃあこの旅行記、引っ張る引っ張る。)、バルト海を渡りスウェーデンのストックホルムに向かいます。
船体は5万8千トン、全長200mという想像以上に巨大な船で驚きました。
写真にゴーストが出ているのは、ガラス越しに撮影したためです、悪しからず。
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シーズンということもあり、待合室は座る場所に苦労するほどの人ごみです。
乗客の可愛い双子の坊やがポーズを取ってくれました。このお母さんもそうでしたが、北欧に行くと、お腹の大きなご婦人が目に付きます。
考えて見ると、私の小さな頃の日本も、周囲には妊娠している女性が多かった気がします。それが社会の正常な姿なのです。
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部屋はホテルに比べれば狭いですが、シャワーやトイレ、TV,冷蔵庫が備えられており、これも思っていたより快適でした。
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今回のツアーは一人部屋でしたが、シリアラインに限っては相部屋ということになっていました。
処が、運良く一人参加が私一人だけだったので、船内の客室も一人だったのはラッキーでした。
ビュッフェの夕食は、文字通りのバイキングで食べ放題飲み放題ですが、部屋の冷蔵庫内の飲み物も無料です。
阪急はん、張り込みましたなあ。

冷えたワインを飲みながら、一人島の間に沈む夕陽を眺めているうち、
いつしか、石原裕次郎の「鷲と鷹」を口ずさんでおりました。
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♪海の男は行く 強者は行く 
 波が騒ごうと 笑って行くが
 夕陽が燃えりゃ なぜか泣ける
 遠い雲間に まことの幸が
 あるんだ行こうよ 海を越えて・・・♪

やっぱり年齢がばれるか。
さて次回はストックホルムです。
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by kanekatu | 2006-08-07 11:07 | フィンランド | Comments(0)

「北欧」ちょっと見旅行記 その3

フィンランドの首都ヘルシンキもまた「森と湖の都」です。
これはヘルシンキに限ったことでなく、これから周る4ヶ国の首都全てが、周囲を海、湖、川、運河などに囲まれた街であり、いずれも水辺と街並との美しい対比が楽しめます。
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下の2枚の写真は、いずれも高さ72mの展望台から街の中心部付近を撮影したものですが、緑地が多いこと、超高層ビルがどこにも見当たらないことが分かると思います。
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ヘルシンキのマーケット広場は海に面しており、日用品を買い求める市民でにぎわっていました。マーケットの前が船着場になっており、買い物袋を抱えて船に乗り込む市民の姿が見られます。
これも北欧各国共通ですが、この時期は夏休みを取っている人が多く、いつもよりは市場は閑散としているのだそうです。
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フィンランドの勤労者の休暇は年間5週間が義務付けられえいますが、そのうち4週間を夏休みに充てる人が多いそうです。ヴァカンスですね。
日本の制度や習慣は年々欧米に近づいてはいますが、このヴァカンスだけはさっぱり浸透しません。
我が国の多くのサラリーマンは、決められた年休すら取れない状態に置かれており、この点だけは羨ましいと思います。

学校の夏休みは6月初めから8月中旬までの2ヶ月半で、宿題は一切無しだそうです。
宿題も出さずそんなに休んで大丈夫? などと心配はご無用です。
2004年に発表されたOECDの国際的な学習到達度調査(PISA)で、フィンランドが世界一だったことは記憶に新しいと思います。
逆に日本のランクが下がって、文部省から「ゆとり教育」の見直しが叫ばれています。
フィンランドには進学塾や予備校も無いそうですから、要は詰め込みさえすれば成績が上がるというのは、どうも不正解のようです。

フィンランドはプロテスタントの国で、福音ルーテル派が国教となっています。しかし信教の自由は保障されています。
その福音ルーテル派の象徴的存在であるヘルシンキ大聖堂です。1852年に建てられた、白亜の壁に緑色のドームが映える優美な外観を呈しています。
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一方こちらは、北欧最大のロシア正教教会であるウスペンスキ寺院です。1868年完成の建物で、てっぺんにある黄金色に輝くタマネギ型のクーポラが特徴です。
現在国内のロシア正教の信者は、1%程です。
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そしてヘルシンキの教会といえば、テンペリアウキオ教会でしょう。フィンランド現代建築の傑作と言われている建物です。
天然の岩盤をそのまま生かした作りが特長で、岩肌が内壁になっています。フォルムが美しく、又音響効果がとても優れている所から、コンサート会場としても使われています。
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私達はここでヘルシンキを後にして、次の目的地であるトゥルクに向かいます。
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by kanekatu | 2006-08-04 04:38 | フィンランド | Comments(0)

「北欧」ちょっと見旅行記 その2

フィンランド国歌「わが祖国」 (訳詞:渡辺忠恕)

わが祖国スオミ,その名ひびけ。
谷間も山も湖も,父祖の残せる国よ,
汝をわれ愛す,祖国スオミ。

フィン人の国を意味するフィンランド、正式国名はフィンランド共和国といい、フィンランド語では「スオミ」という美しい言葉で呼ばれています。c0051938_1019547.jpg
国名だけではありません。この国は19万ともいわれる無数の湖と、国土の70%を覆う森林に囲まれた、「森と湖の国」として知られる美しい国です。

一般にこの国で思い出すのは、先ずサンタクロース、それからムーミン(私は特にスナフキンのファンですが)。
又音楽好きの方ならシベリウスの交響詩「フィンランディア」を思い浮かべるでしょう。
下の写真は、ヘルシンキのシベリウス公園です。
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私の場合は、先ずオリンピックのヘルシンキ大会を思い起こします。
第二次大戦後、我が国が初めて参加を許されたオリンピックですね。
当時ザーザーと雑音が入るラジオにかじりついて、日本選手の活躍に胸を躍らせていました。
あーあ、歳がバレルなあ。

フィンランドはスカンジナビア半島の付け根に位置していますが、東側はロシアと国境を接しています。
フィンランドの近代史は、ロシア(ソ連)により翻弄されてきた歴史でもあります。
16世紀にスウェーデン支配下のフィンランド公国として建国されますが、18-19世紀の大北方戦争とナポレオン戦争を経て、ロシアに支配されます。
日露戦争によりロシア皇帝の力が弱まると自治権を承認させて、世界で初めての女性も投票権を持つ選挙制度を確立します。
1917年のロシア革命の混乱に乗じて、フィンランドはようやく独立を果たします。
しかし、その後もソ連とは冬戦争を戦い、更に第二次大戦中は、ソ連に対抗するためドイツ側についたため、敗戦国として終戦を迎えたのです。

戦後は一方でNATOに加盟せず、ソ連との友好関係を保ちながら、政治体制は西側陣営に属するという、絶妙なバランスの上に中立政策を維持してきました。
ソ連崩壊後は次第に西側に接近し、1994年にEU加盟、2000年にはユーロを導入します。
お陰で、今回のツアーでは唯一ユーロが通用した国でした。

ソ連崩壊後、フィンランドは一時期経済的に苦境に追い込まれましたが、その頃から農業と林業主体であった産業構造を、ハイテク産業主体の工業先進国に変貌させ、現在では携帯電話のNOKIAや、コンピューター用OSのLinuxなど、ITでも世界をリードする位置にあります。
世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表する国際経済競争力の順位では、2001年から4年間首位を保ちました。
そして従来からの福祉国家という姿と共に、新しい国家モデルとして今後ますます世界から注目を集めるでしょう。

フィンランドは北緯60度から70度の間に位置し、北部は北極圏になりますが、メキシコ暖流の影響で気候は温暖です。カムチャツカ半島の更に北にあるとは、とても想像もつきません。
ヘルシンキの日中の気温は25度を越え、T-シャツ1枚で過ごせます。
残念ながら白夜の時期は過ぎていましたが、それでも初日ヘルシンキのホテルに着いた午後11時に撮影したのが下の写真です。
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そして早朝は4時にはもう明るくなりますので、暗くなる時間はほんの僅かです。
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by kanekatu | 2006-08-01 10:22 | フィンランド | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


by kanekatu
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