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湯布院の紅葉

11月6-7日と1泊で大分・湯布院に行ってきました。これで湯布院は3年連続となりますが、紅葉は今年が一番見事でした。
紅葉が最盛期であったことに加え、前日に大雨が降り当日はカラッと晴れると言う理想的な天候に恵まれたせいです。

初めて湯布院を訪れたのは、およそ20年前です。当時は殆ど知られていない温泉で、久大線の由布院という小さな駅を降りると、閑散とした駅前に数台のタクシーが停まっているだけでした。
その当時私は、湯布院というのは施設の名前だと思い込んでいましたので、タクシーに乗って運転手に「湯布院に行って」と告げて、怪訝な顔をされたのを覚えています。
あの当時の鄙びた湯治場が、今ではウソのようです。

6日には近くの黒岳男池に立ち寄りました。男池底から湧き出る水は、日本名水100選に選ばれています。池の周辺は自然林が残されており、地元の人からは紅葉の名所として知られています。
残念ながら紅葉のピークを過ぎていましたが、それでも美しい光景を楽しむことができました。
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湯布院に行かれたことが無い方のために、観光マップを紹介します。
大分から1時間弱でJR由布院(駅は字が違います)に着きます。駅を降りると東側正面に由布岳が見えますので、その山を目指して歩き始めると大分川の川辺にでます。川岸に沿ってそのまま道なりに歩いていくと、一番奥に金鱗湖があります。
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この間ゆっくり歩いても片道30分くらいです。ホテルや民宿、ペンションなど宿泊施設も殆どがこの周辺にありますし、美術館やみやげ物屋も大半がこの道沿いに集中しています。

当日は快晴でしたので、由布岳がくっきりと姿を現していました。
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湯布院の紅葉ですが、金鱗湖の手前に有名な老舗ホテルである亀の井別荘がありますが、この付近が紅葉の名所です。
紅葉の楽しみ方は様々ですが、私の場合いわゆる全山紅葉というのは、余り好みではありません。
京都のように紅葉と寺社、そして奥入瀬やこの湯布院のように紅葉と水面、こうした組み合わせが好きなのです。

その湯布院の紅葉ですが、言葉は不要だと思いますので、写真をご覧になり実際の風景を想像してください。
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最後は金鱗湖です。
湖というよりは池に近い大きさですが、湯布院最大の名所です。
湖畔に温泉小屋があり入浴自由ですが、これだけ大勢の観光客の前で入るのは、かなり勇気がいりますね。
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湯布院の温泉ですが、いままで数ヶ所の旅館、ホテル、民宿を利用しましたが、いずれも露天風呂がついてました。星空を見上げながら温泉に浸かるのは、実に気分の良いものです。
露天風呂の中には混浴のものもありますが、不思議なのはいつ行っても男ばかりでした。

今回宿泊した旅館「水月荘」は規模は小さいですが、家族的なサービスのとても感じの良い旅館でした。
温泉は室内と露天がありましたが、露天風呂の方は広く開放的で、景色を眺めながらゆっくりと温泉に浸かることができました。
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by kanekatu | 2006-11-17 09:11 | 九州 | Comments(2)

九州の紅葉を訪ねて 後編

紅葉めぐりに話を戻します。
二日目の朝一番は、別府温泉です。今更別府温泉地獄めぐりでもないだろうがと思いましたが、それでも鉄輪(かんなわ)温泉の海地獄は、ブラジル原産の大オニハスやその花(写真)の観葉を中心に、結構楽しめました。
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何といっても、温泉街の至る所から蒸気が立ち昇る様は、豪快です。
明礬温泉の湯の花小屋付近には、しゃれた店が出来ていて、若い人の姿が目に付きました。
ここの所、湯布院や黒川温泉に押され気味の別府温泉ですが、湯量、泉質の多さとも日本一の温泉の巻き返しに期待したいと思います。

その湯布院ですが、相変わらず若い女性を中心に賑わってました。しかし年配者にとっては、どうなのでしょう。大して見る所も無いので、せめて「亀の井別荘」の庭を散策する位しかないのでは。この庭の紅葉は、実に見事でした。
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やはり湯布院は、宿泊して温泉に浸かる所ですね。

前回の記事で紹介したやまなみハイウエイを通って、大分県から熊本県に入り、阿蘇の西側、菊池川に沿って菊池渓谷があります。遊歩道が整備されていて、手軽に散策が楽しめます。ただ、時間の関係で一部しか見られなかったのと、紅葉にはやや早かったようで、ちょっと残念でした。この辺りが、団体ツアーの制約ですね。
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二日目は黒川温泉郷に宿泊です。食事の前に、黒川温泉の湯めぐりを楽しんできました。

三日目最終日は、先ず竹田の岡城址に向かいました。
岡城は、1185年築城の古城で、元々は当時の当主緒方三郎惟栄が、都を追われた源義経を迎い入れるために建てたものです。事実義経一行は、船でこの竹田に向かうのですが、悪天のため到着できず、結局奥州藤原の元に向かうことになります。その後は江戸時代を通じて、岡藩7万石の城となりました。
何せ天然の要害で、稲葉川と白滝川が合流する地点に位置しているため、天然の濠を形成しています。川岸から切り立った断崖絶壁の海抜325mの台地に城がありました。
島津の大軍の猛攻を、僅かな兵力で守りきったという名城です。残念ながら明治10年の西南戦争で焼け落ちてしまい、現在では石垣が往時の姿を留めているのみです。
城址公園には紅葉が見られ、石垣と調和した美しい景観を示していました。
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この城は又、瀧廉太郎がこの岡城址をイメージして、「荒城の月」を作曲したことでも有名です。
もっとも作詞の土井晩翠は、会津の鶴賀城址をイメージしてあの詞を書いたそうですから、あちらの方が本家かも知れませんが。

バスは宮崎県に入って、高千穂に向かいました。
高千穂は神話の里と呼ばれていますが、ニニギノミコトが、この地でモミを撒き散らすと、たちまち辺りの闇は解け、晴れ渡ったという。やがてこの地は、その言い伝えにより「智穂(千穂)」と名付けられ、そして高千穂と呼ばれるようになったのだそうです。
また、高千穂には神々が談合したと言われる天の安河原や、天照大御神が身を隠した際に、天鈿女(アメノウズメノミコト)が舞い、手力雄神(タヂカラオノカミ)が岩戸を開けたという天ノ岩戸神社や、洞穴もあるそうです。
今回のツアーでは、高千穂峡だけの観光となりました。
高千穂峡は約10万年前の2回の阿蘇火山活動の際、噴出した溶岩流が五ヶ瀬川に沿って帯状に流れ出し、急激に冷却された侵食谷です。
名所の真名井の滝を見ていると、確かに神が住む谷と言われるだけのことはあり、いかにも神が宿りそうな雰囲気が感じられます。紅葉は余り進んでいません。
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最後は阿蘇の草千里です。もう放牧の時期も過ぎて、やや寂しい草原の風景でした。
阿蘇は、初夏がベストですね。
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さて、2泊3日の駆け足で、九州紅葉めぐりを楽しんできました。
前回の記事にも書いたとおり、今回旅したコースは、景色も温泉も日本一だと思っています。是非一度出掛けられることをお薦めします。
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by kanekatu | 2005-11-15 05:10 | 九州 | Comments(4)

九州の紅葉を訪ねて 中篇

一番好きな街は京都ですが、それでは日本で一番景色の良い場所はと問われれば、九州阿蘇から東北部の九重連山、由布岳にかけての高原地帯と答えます。
見渡す限りのなだらかな丘陵と、一面の草原が続くここの景色は、国内の他の地域では先ず見られません。
今回撮影のものではありませんが、こんなイメージです。
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阿蘇は、世界一のカルデラです。カルデラの成り立ちは、下の図を見て下さい。
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この周囲をぐるりと取り囲んだ山が外輪山で、阿蘇山では周囲が128kmに及びます。この外輪山の外側が、高原地帯となっています。

この地方一帯が雑木林ではなく、草原になっているのは決して自然の力ではありません。毎年春先に野焼きが行われ、その後に新芽が吹き出します。間も無く始まる放牧により、木の芽が踏まれてつぶされ、成木にならない。その結果、一面の草原になっているのです。

最も景色の良いのは、大分自動車道路を別府から西に向かい、湯布院を過ぎてから左に折れ、やまなみハイウエイを南下します。飯田高原、牧戸峠を通り、黒川温泉へ、更に東に向かい久住ロードパークを走るというコースです。
偉そうに書いてますが、実は私、車を運転しませんので(cannot)、いつも知り合いの方に乗っけて貰い、専ら景色だけを眺めておりますです、ハイ。
とにかく百聞は一見にしかず、一度観光して見て下さい。

温泉も又、私はここが日本一だと思っています。阿蘇は活火山ですし、九州そのものも阿蘇の噴火で現在の形ができたのだそうですから、至る所温泉だらけです。
昔大分と久留米を結ぶ久大線の鈍行に乗り、停車する駅ごとにみんな温泉があるので、感心したことがあります。
もちろん他の地域でも良い温泉は沢山あります。しかし九州のこの地方の温泉は、野趣溢れた露天風呂と景色が魅力です。
今回のツアーでの別府の泊まりは、「別府湾ロイヤルホテル」でしたが、ここの露天風呂からは別府湾が見渡せます。朝風呂に入ると、水平線の彼方から太陽が昇るのが見られます。
2泊目は、黒川温泉郷の「三愛高原ホテル」でした。旅館としてはイマイチでしたが、露天風呂は大草原の真ん中にあり実に気分爽快、夜は満天の星を見ながら湯につかるという趣向は、なかなか結構でした。

露天風呂というのは、周囲に何も無いところに風呂だけある、これが本来の姿だと思います。しかし周囲からは風呂が見えないことが条件ですから、地形に恵まれているか、余程敷地が広くないと、そうした構造にはならない。
多くのホテルの露天風呂は、周囲が覆われていて何も見えない。ひどい所になると、大浴場の一部を改造し、屋根を取り払っただけで露天風呂と称している、こういうのは不当表示で訴えたくなりますね。あれは屋根無し浴場です。

この地方で今までに行ったことがある温泉ですが、別府、湯布院、黒川、湯平などなどです。
今人気では全国1、2を争う黒川と湯布院ですが、全く違った生き方をしています。湯布院が若い女性客をターゲットにした、九州の軽井沢といわれるお洒落な町作りになっているのに反し、黒川は大人向けの温泉、昔ながらの風情を残した温泉街を保っています。
いずれも人気の宿は予約で満杯、湯布院の「亀の井別荘」などは、一時期半年先まで予約で一杯と言われていました。
黒川温泉の「黒川荘」も、予約が取れないホテルとして有名です。
こちらは入浴量500円を払って、風呂だけでも楽しめます(空いていれば)。今回のツアーでは湯めぐりで訪れましたが、ホテル付設の喫茶店を入浴者用の待合室に開放してくれるなど、さすが老舗ホテルらしい気配りでした。二重◎です。

人気の湯布院も、宿はピンキリですが、設備に贅沢を言わなければ、1泊2食で1万円程度で泊まれる宿があります。代表的な宿は「牧場の家」で、全室離れですから、グループで泊まっても気兼ねなく騒げます。その他にも、調べれば安くて良い宿は、まだまだ沢山あります。
湯平温泉「志美津」の洞窟風呂は、野趣溢れるものですし、川底温泉の露天風呂は、その名の通り川底から湧き出る源泉を、そのまま温泉にしたという変った露天風呂が楽しめます。

この地域で泊まった宿で、一番印象に残っているのは小国温泉郷の「田の原温泉」です。黒川温泉から車で10分足らずの温泉で、一軒宿「流憩園」があります。部屋は余り上等とは言えませんが、何しろ露天風呂が良い。林の中に点在しており、全部で5つの風呂があります。
最も大きい露天風呂は、田の原川の川沿いにあります。部屋から山道を10分くらい歩いて下りて行くのですが、後ろは鬱蒼とした林、すぐ前は川ですから、これ以上爽快なことはありません。
料理は部屋食で、しかも温かいものが1品1品運ばれてくるという、宿の心遣いでした。

さて世の男性諸氏が気になる「混浴」露天風呂ですが、私が行った宿の殆どは、女性専用風呂と男女共用風呂(つまり混浴)に別れていました。夜10時を過ぎると全部混浴にする宿も多かったと思います。
それで実際に若い女性とバッタリ、ってな事は、なかなか無いですね。
仮にあっても私の場合、暗い場所で、湯気がモーモー、その上裸眼0,1以下のど近眼ですから、何も見えないですしね。
それだけを期待して行っても、多分ガッカリして帰ってくることになるでしょう。

こんな記事を書いている後ろから、又してもいつもの声。「あんた、出張だ出張だと、よく九州に行ってたけど、本当に仕事だったの?」。
全く失礼な人だ。仕事で行ったに決まってるじゃないか。お客さんとのお付き合いというものがあるんだ。男は色々大変なんだ。

今回は、紅葉めぐりではなくて、露天風呂めぐりの話題になってしまいました。
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by kanekatu | 2005-11-11 20:59 | 九州 | Comments(4)

九州の紅葉を訪ねて(2005/11/3-5)前編

11月初旬の九州は、紅葉見物に少々早く、まして今年の様に気温が高い年には、あと1-2週間遅らせた方が良かったのでしょうが、11月3-5日に阿蘇を中心としたツアーに行ってきました。
先ず国東半島の寺を訪れました。
国東は一名「仏の里」と呼ばれているほど、さして広くない半島に、沢山の寺や仏像が残されています。
国東半島は、大分県の北東部にちょうどこぶが突き出たような形の半島です。北は周防灘、東は伊予灘、南は別府湾にそれぞれ面しており、西側は内陸部の宇佐市に接しています。
国東に寺が多いのは、遣唐使船が難破し、しばしばこの国東に流れ着き、乗船していた僧がこの地で布教活動を行ったためと見られます。
特に天台宗の開祖である最澄が、遣唐使船の難破で久しくこの地に留まった関係で、天台宗の寺が多いのです。
奈良時代末期から鎌倉時代にかけて、現在の宇佐市にある宇佐神宮を母胎とした、六郷満山と呼ばれる仏教文化が、この国東で開花しました。又宇佐八幡神宮は、全国四万四千社と称する八幡宮の総本社でもあり、鎌倉幕府以後の八幡信仰の、西日本の中心地でもありました。

こんな記事を書いていると後ろから、「なに、イスラム教が終わったらキリスト教で、次はユダヤ教で、今度は仏教。ふん、あんたも忙しい人ね。」という声が飛んできました。
正に「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。 Only a hero can understand a hero.」です。
嗚呼、実に嘆かわしい。
ついでに、宇佐市で生まれた人が出身を聞かれると、「私はUSAの生まれです。」と答えるダジャレがありますが、こういうのを「うさ八百」というんです。

最初に訪れたのが両子寺(ふたごじ)、かつては国東の諸寺の本寺として栄えた古刹です。
護摩堂から奥の院に至る道に、鮮やかな紅葉を見ることが出来ます。
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次に訪れた国宝の富貴寺大堂は、平安後期に建てられたもので、1本のカヤの大木から作られたものだそうです。一時期廃寺となり、近所の子供の遊び場になったり、農家の倉庫になったりしたため、荒れるに任せていました。又戦時中に米軍の爆撃の余波で、堂の一部が破壊されました。
堂内は、壁天井全体に壁画が描かれていましたが、前期の理由により、今では一部に当時の面影を残すのみとなっています。
実に惜しい。
保存状態さえ良ければ、宇治平等院に肩を並べていたでしょう。
現在これ以上の風化の進行を防ぐため、雨の時は非公開となっています。
柱の上に宝珠と笠石を置く、この地方独特の笠塔婆が庭に置かれていますが、最も古いものは1241年の作となっています。
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天台宗の古刹長安寺は、四方絶壁の奇勝尾山の中腹にあります。
銅版の上に法華経を刻んだ銅版経が、国の重要文化財に指定されています。
本堂の周囲は、かなり色づいていました。
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国東から耶馬溪に向かう途中に、菊池寛の「恩讐の彼方に」のモデルとなった「青の洞門」があります。
若気の至りで人を殺め、罪を償うため僧侶となった禅海が、旅の途中この地を通りかかった。その当時樋田から青(いずれも今は本耶馬渓町)へ行くには、岩かべにつくられた(鎖渡し)の道をわたらなければならなかった。有名な交通の難所で、毎年何人もの人が命を落としていると聞き、禅海が、人馬が通れる洞門を掘ったものです。
写真は、採光と残土処理のために開けたもので、当時の姿を留めているそうです。
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紅葉の名所、耶馬溪は残念ながら時期が少し早く、色づきは余り進んでいません。それでも多くの観光客が押し寄せ、「一目八景」を楽しんでいました。
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耶馬溪から別府に戻る途中の山々は、正に全山紅葉の連続で、絵巻物を見ているような思いでした。ツアー客の中から、何回も歓声が上がりました。
でもバスの車中のため、写真でお伝えできないのが、本当に残念です。
行った人だけが味わえる感動でした。
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by kanekatu | 2005-11-09 16:31 | 九州 | Comments(5)

憂きな中にも旅の空


by kanekatu
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