カテゴリ:エクアドル( 3 )

南米北部旅行記その12(エクアドル③)

このツアーの最終日は土曜日にあたりましたので、近郊のオタバロという町で行われる土曜市に向かう事になりました。
キトからはアメリカンハイウエイにのり、北上します。
途中カヤンベという町を通りますが、ここはチーズの産地として知られ、またビスコーチョ(ビスケット)の町としても有名です。
マンハールという甘いクリームにつけて食べるのですが、これが美味。
写真の通り、広大な畑と牧草地が広がっています。
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オタバロの手前4kmにあるサンパブロ湖です。
小さな湖ですが、後方に山脈が連なり、美しい景色を見せていました。
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オタバロの町は、キトから北へ80km、純血のアンデス原住民であるオタバロ族が住む、人口5万人の町です。
毎週土曜日に開かれるこの市は、元々はオタバロ族の人々が作った織物とか手芸品を持ち寄ったものでしたが、今では楽器からアクセサリー、日用品、食料品など生活に必要なものが殆どここで売られています。
ここには滅び行く先住民どころか、商魂たくましく生きている人たちのエネルギーさえ感じられます。
今ではエクアドルの観光には、なくてはならぬ存在になっています。
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売り子の女性たちは、例外なく立派な体格をしていました。
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母子です。
オタバロ族の女性の服装は、この母親のように白いブラウス、黒の長いスカート、黒のサンダルというのが一般的なようです。
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店の看板娘、10才くらいでしょうか。
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買い物に来ていた少女たち、15才くらいだと思いますが、弾ける様な笑顔がステキですね。
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絵を売っている女性で、アーティストか画廊の主人というところでしょうか。
首に何重もネックレスを巻くのも、オタバロ族のファッションです。
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エクアドルの通貨ですが、本来はスークレですが、2000年にインフレ抑制のために廃止し、今では米ドルのみ流通しています。
コインだけはスークレが残っていますが、それもアメリカのセントと同額で大きさも同じ。
今回巡った4ヶ国は、いずれも米ドルがそのまま通用しました。自国の通貨を持っている国も、為替レートが対米ドル固定であったり、やはりこの地域での米国の影響は絶大です。
唯一コロンビアだけが、レストランや小売店によっては米ドルが通用しない店があり、ペソへの両替が必要でした。

オタバロから北へさらに15km進むと、コタカナという人口5万人の小さな町に着きます。
ここは革製品で有名な町で、メインストリートの両側にズラリ革製品を売る商店が軒を並べています。
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小学生のクラブチームと思われる一団に出会いましたので、記念写真。
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ここは安いだけではなく、欧米に輸出していますので縫製もデザインもしっかりしたものが多く、お買い得です。
ハンドバッグであれば5千円、大きなバッグでも1万円でおつりが来ます。
オタバロでもコタカナでも、2ドル程度でちょっと気の利いた小物が手に入りますので、皆さんはここで友人知人にばらまく品物をまとめ買いしていました。

帰国前に、ホテルの真ん前にあるエル・エヒド公園の中を散歩しました。
公園の中にいくつかのバレーボールコートがあり、観客を集めていましたのでのぞいてみると、3人制のバレーボールの試合でした。こちらはこの競技が流行っているようです。
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公園に沿った大通りでは、日曜画家たちの絵画の展示即売会が行われていました。
ざっと眺めてみましたが、抽象画が主流で、なかなかの腕前と感じました。
マーケットの中の小さな商店でも絵が売られていて、エクアドルの人々が絵画好きである事を認識されられました。
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全ての観光日程を無事終えて、夜デルタ航空でキトを出発、エクアドルのグアヤキルを経由し、米国アトランタ乗り継ぎで、成田空港に帰着しました。

旅行は終了しましたが、当初の予定を変更し、この旅行記はもう1回だけ続け、次回を最終回とします。
未だ暫しのシンボーを。
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by kanekatu | 2007-05-11 06:27 | エクアドル | Comments(0)

南米北部旅行記その11(エクアドル②)

キトを訪れる人は、先ずパネシージョの丘に登ります。
高さは200m足らずですが、この丘からキトの中心部が見渡せます。
街の守護神として、丘の上に高さ43mのマリア像が置かれています。1975年にスペインで作られ、ここに運んで組み立てられました。
このマリア像には羽があり、足元では竜を踏んでいますので、珍しいマリア様ですね。
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キトの街の全景で、手前が旧市街、その向こうが新市街です。
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この丘に散策に来ていた家族連れです。
皆さん、とても幸せそうな表情ですね。
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キトの北20kmにあるサン・アントニオ村、この村に赤道が通っていて、高さ30mもある赤道記念碑が立っています。
世界各地に赤道を示す表示がありますが、これほどの施設を建てているのはエクアドルだけとか。
写真中央に赤線ならぬ黄色い線が引かれていますが、ここが赤道上で、向かって左側が南半球、右側が北半球になります。
殆どの人が、この線をまたいで記念写真を撮っていました。
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記念碑の4階までは上がることができ、ここから下の情景を撮ったものです。
周辺には民芸品店、レストラン、公共施設があり、小さな町を形成しています。
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展望台からはこうした山も見えました。
一見低い山に見えますが、元のグランドレヴェルが3000m近いので、これでも4000m級の山なのです。
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バスでキトに戻る途中写した景色ですが、一歩郊外に出るとこうした田園風景が広がっています。
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今回旅した4カ国の中で、最も快適だったのはエクアドルです。
先ず人々がとてもフレンドリーで、どこに行っても気分良く過ごすことができました。
買い物でも店員が親切ですし、レストランに入っても従業員の振る舞いが洗練されているという印象を受けました。
宿泊ホテルは、ヒルトン・コロンでしたが、施設が整っており、部屋の広さも余裕がありました。
今回のツアーでは、ベストでした。
そしてフロントの係員たちも、ご覧の通り美人揃いです。
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食事もエクアドルが一番美味でした。
私自身は食べ物に好き嫌いが無く、そう味にうるさい方ではないのですが、やはり2週間程度のツアーになると、料理が美味しいのは魅力です。
先ず果物が豊富で旨い。
名物のバナナも現地で食べると、とても上品な甘さがあり美味です。マンゴーなどの熱帯地方のフルーツも、味はエクアドルが一番でした。

この料理はフリターダという豚肉の唐揚ですが、歯ごたえがあって結構いけます。
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こちらは魚の唐揚ですが、味付けが良くおいしく食べられました。
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菓子類ではバナナチップがお薦めです。微かな甘みと塩味が、酒のつまみにピッタリでした。
ビールは4カ国とも味の差はありませんが、ワインはエクアドル品が良質と感じました。
“酒はうまいしネエちゃんはキレイ”という国ですね。

お土産は、先住民族の人々が作った木彫りの人形や、
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羊の皮に描いた絵画などがあります。
土産物らしからぬ抽象画で、実は上下が分からない。
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もう一つ忘れてならないのは、パナマハットです。
名前にパナマが付いていますが、ここエクアドルで生産されています。かつてパナマを通して輸出されてため、世界的にパナマ帽として知られたのです。
価格は日本に比べ一桁安いということです。

余談ですが、有名なコロンビアの麻薬も一部エクアドルで生産されていて、下請けなので、儲けはコロンビアに吸い上げられているのだそうです。
現地日本人ガイドは、エクアドル人はバカなんですよ言ってましたが、あまり商売は上手くないのかも知れません。

全体として物価が安いのが魅力で、土産物ですとパナマやベネズエラに比べて半値近いという印象です。

この旅行記、次回が最終回となる予定です。
もう少し、お付き合い下さい。
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by kanekatu | 2007-05-08 09:31 | エクアドル | Comments(4)

南米北部旅行記その10(エクアドル①)

アビアンカ航空で、コロンビアのボゴタを発って1時間、エクアドルの首都キトに着きました。
エクアドル、正式国名はエクアドル共和国、今回周遊した4カ国の中で最もなじみの薄い国です。
ツアーメンバーの中にも、周囲にエクアドルに行ってくるというと、「アフリカ?」と訊かれた人がいるくらい、日本での知名度は低く、せいぜい「バナナの国」程度のイメージしかないでしょう。

処が、エクアドルには3つの世界一があるんです。
第一、ユネスコ世界遺産の登録で、文化遺産としては首都キトの旧市街が第一号。
第二、同じく、自然遺産ではガラパゴス諸島が第一号。
第三、赤道上にある山で、万年雪があるのは世界でエクアドルだけ。
エクアドルという言葉は、元々赤道を意味しています。
赤道直下・エクアドルなのです。

下にエクアドルの地図を示していますが、コロンビア、ペルーと国境を接し、西側は太平洋に面しています。
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面積は日本の本州と九州を合わせた位の大きさですから、小さな国といえるでしょう。
国土は、ほぼ中央にアンデス山脈が通っているので中央部は高山地帯、西側は海岸地帯、東側はアマゾン・ジャングル地帯になっています。
全体に雨が多く、そのため石油産出国であるにもかかわらず、水力発電が電力供給の7割を占めています。
この他に今回は行けなかったのですが、ガラパガス諸島があります。

キトは標高が2800mと高く、赤道近くにもかかわらずしのぎ易い気候です。気温は日中でも20-25℃、早朝は10℃を切ります。一日の中に四季があるとされる由縁です。
ただ高度が高山病を招く高さに達していますので、一応の注意は必要で、移動をユックリするとか、水分を十分補給するなど心掛けました。

キトはかつて、クスコに次ぐインカ帝国第二の都市として栄えますが、1533年インカ帝国滅亡に際して、自らの手で破壊します。
代ってスペイン人がこの街を再建します。スペイン人たちは、先ずキリスト教の施設を作り文化を広め、先住民に対して美術と彫刻の学校を建設します。ここにヨーロッパとアンデス先住民との文化が融合した新しい芸術が興隆します。
こうしてエクアドルの文化は、その後のラテンアメリカ芸術に大きな影響を与えていきます。
1809年エクアドルは独立しますが、これは南米で始めてスペインの支配から脱したものです。

第一日目、宿泊したホテル、ヒルトン・コロンを出発し、先ずキト旧市街に向かいました。
ホテルの玄関先で可愛い子供を見つけましたので、ママと一緒にカメラに収めました。幼い子と母親の写真ほど、世の中に美しいものはありません。
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キトの中心に独立記念碑が建っています。
地球儀の赤道上に乗った女神が、高らかに独立を宣言している像が置かれています。
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この辺りを独立広場と名づけて、市庁舎や大統領府など国の重要な施設が配置されています。
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小学生たちが見学に訪れ、民族衣装をまとった専門がイドの説明を受けていました。
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この建物はかつて大司教府でしたが、現在はキト最高級のホテルに生まれ変っています。
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広場に立っていた女性ですが、男性に向かって険しい表情をしていました。
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ラコンパニーア教会で、1605年から160年かけて建てられました。
内装には6tもの金が使われていて、本当に金ピカの教会でした。
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カテドラルで、1545年に建立されたこの広場最古の建物です。
教会内部に。天才彫刻家カスピカラの作品「ラ・サバナ・サンタ」(シーツを被ったイエス像)が置かれています。
そのほか珍しい、靴を履いたマリア像が展示されており、絵画「最後の晩餐」ではキリストと使途たちがモルモットを食べているのが変っています。この地の食文化の反映だそうです。
但し、どこの教会も内部は撮影禁止なので、紹介できないのが残念です。
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サンフランシスコ教会は1536年に建てられて中南米最古の建造物で、スペインの宮殿風です。
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広場の後方に高く見えるのが、パネシージョの丘です。
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キト旧市街は良く整備されていて、とても美しい街並を誇っています。
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by kanekatu | 2007-05-05 09:29 | エクアドル | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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