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コーカサス三国旅行記(14最終回)

ツアー最終日の午後は帰国に向かいますので観光は昼まで。
スヴァルトノツ古代遺跡、別名が聖グレゴリウス大聖堂は641-651年にかけて建設されましたが、930年の地震で倒壊してしまいました。20世紀になって発見され現在に至っています。
Oh! ここにもアララト山が鮮やかに浮かんでいます。
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右側のイラストに描かれている大きな建物が大聖堂の原型図です。
右ですよ、左じゃない。
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大聖堂の周囲には司教の住居、会議室、日時計から2万リットルを貯蔵できたワイナリーまでつくられていました。
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柱頭部分のデザインは太陽と水を表現しているそうです。
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次の観光地はリプシマ教会。
リプシマというのは3世紀にローマに住んでいた尼僧で、ローマ皇帝から求婚されアルメニアに逃げてきたのですが、ここでもティリダテス3世に求婚されます。これも断ったために殺されてしまいました。
なおティリダテス3世はキリスト教を国教とした王でもあります。
教会は618年にアルメニア様式で建てられました。
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祭壇の裏にはリプシマの墓があります。
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エチミアジン大聖堂のエチ=降臨、ミアジン=唯一の神の子イエス、つまりキリストが降臨した場所という意味です。
キリストが国教化されてから初めて主教となった聖グレゴリウスが303年に建てたものです。
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周囲は広い公園になっています。
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この日は聖タダイのミサの日で、司祭がこれから教会に入るところです。
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ミサが始まる直前の大聖堂内部の様子です。各地から老若男女が集まっていました。
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”くわの実”という名のレストランでツアー最後の昼食。
サラダ。
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メインのケバブー、もちろんワインも。
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フルーツ。
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そしてジャズに合わせてこのおじさんがっずっとサックスを吹いてくれていました。
アルメニアの昼下がりに聴くジャズもなかなか乙なもんです。
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復路はエレバン-モスクワ-成田というコースで予定時間通りに帰着しました。

アジアを西に向かい中央アジアからアゼルバイジャンまではいかにもアジアですが、グルジアやアルメニアに入った途端、もうヨーロッパかなと思います。
一つにはキリスト教文化が欧風を感じさせるのでしょう。
コーカサス3国はこれといった大きな目玉になるような観光資源はありませんが、グルジアの軍用道路やアルメニアの宗教施設、それにアララト山の遠望といった見所が印象に残りました。

今回の旅で訪問国は67ヶ国となりました。
いつか年齢を追い越したいと望んでいますが、果たして実現できるかどうか。
この旅行記もこれで最終回となります。
次回は来年になると思いますが、それでは又。
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by kanekatu | 2012-09-06 10:12 | アルメニア | Comments(2)

コーカサス三国旅行記(13)

アルメニア観光二日目の午後はアザト渓谷にあるガルニ神殿で、77年、ティリダス一世の命令により太陽神ミトラに捧げられた神殿です。
神殿の正面で、人との対比で大きさが分かります。
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神殿の側面。24本の柱は1日24時間を表し、柱の形状からローマ、ヘレニズムの影響が認められます。
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神殿内では女性5人のコーラスグループ「ルイス」が素晴らしいハーモニーを聴かせてくれました。デビュー10年のプロでCDも3枚出しています。
若いころはきっと飛び切りの美女だったんだろうな。今でも綺麗ですけどね。
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アザト渓谷の一部で、全景は危険で撮影できません。
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こちらは浴場跡でサウナです。床にはモザイクが描かれていて、「働けど金は貰えず」という言葉も残されているとか。身につまされるなぁ。
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次の観光地はゲハルト洞窟修道院ですが、坂を上っていくと何やら賑やかな楽器の音と共に、大勢の人が下りてきます。見るとこの教会で結婚式に参列した人々でした。
美男美女の新郎新婦、お似合いのカップルですね。幸せが永く続きますように、ってこれ本心からですよ。
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ゲハルトとは「槍」を意味し、キリストが磔になったときに脇腹に刺された槍が保管されているからだそうです。信じましょう。
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教会は岩を掘り起こしたもので13世紀の建立です。礼拝堂には山の水がわき出る水盤があり、聖なる水とされています。
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二階は墓室になっていて音響が良く、ついつい「サイレンナイ、ホーリーナイ」を合唱。数十年ぶりなのに歌詞が出てくるものですね。これ大阪の人が歌うと「サイデンナー、ホーデンナー」。
修道院を出て駐車場に向かうと、ワンボックスの家族連れでしょうか、音楽に合わせて踊りを踊っていました。通り過ぎようとすると写真のように手招きされ、結局一緒になって訳の分からないまま踊りに付き合いました。別れには菓子が渡され、本当にひとなつっこい人たちですね。
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夕食はエレバン市内のレストラン"Tarvan Erevan"で。
アルメニアの民族音楽と舞踊のライブがありました。
メインは鱒のグリル。飲み物は勿論ワイン。
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店からホテルまでは近いので徒歩で帰りました。途中スーパーに寄り、アルメニアのブランデー"ARARAT"7年ものを購入。
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by kanekatu | 2012-09-03 09:33 | アルメニア | Comments(2)

コーカサス三国旅行記(12)

早朝出発したバスはトルコとの国境に向けて南下します。
今回のツアー参加者の中には、目的がアルメニア側からアララト山を見たいからという方が何人かおりました。旅の楽しみ方は様々です。
この日は好天に恵まれ、絶好のアララト日和です。
先ずはホルヴィラップ修道院の背景にアララト山が浮かぶという絵葉書的情景を1枚。
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そのホルヴィラップ修道院の全景です。
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ホルヴィラップとは「深い穴」を意味し、由来は3世紀末当時の王・ティリダテスがキリスト教の布教を行っていた聖グレゴリウスをこの穴に幽閉したと言われています。今でも地下牢が残されています。
教会は17世紀に建てられました。
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教会の祭壇。
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修道院のバルコニーからのアララト山の眺望は素晴らしい。
右の冠雪した大きな山が大アララト(マシス、標高5137m)で、左の富士山のような形の小さな山が小アララト(シス、3896m)です。
この景色を見るためだけにツアーに参加した人たちは、もうこれだけで満足したと喜んでいました。
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アララト山は旧約聖書にでてくるノアの箱舟が大洪水の後、流れ着いたとされる山と目されています。、実際には現在のアルメニア高地のどこかと考えられています。
アララト山頂から見つかった古い時代の木の化石や、航空写真から見出だした方形の船の跡らしいものをノアの箱舟の痕跡だとし、ノアの箱舟伝説が実証されたと言われています。
疑問は感じますが信じるしかありませんね。「信じる者は騙される」。
アララト山は古くからアルメニア人の多く居住してきた地域(大アルメニア)の中心にあたり、アルメニア民族のシンボルとされています。
オスマン帝国時代まではアララト山の麓には多民族と共に数百万人のアルメニア人が暮らしていました。
第一次世界大戦中の強制移住によりトルコ領内からはほとんどアルメニア人が追放されます。この時に起きたのがトルコによるアルメニア人虐殺です。
その後一時期、アルメニア人がアララト山の麓まで領土に含めたアルメニア国家を独立させる運動が起きるのですが、再びトルコに奪還されてしまいます。
しかし現在でもアルメニア人のシンボルであることは変わらず、国章の中央にアララト山が描かれています。
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日本でいえば富士山みたいなもので、富士山が他国の領土になるとしたら釈然としない筈です。
アルメニア人虐殺問題をとり上げ領土要求の構えを見せるアルメニアを警戒するトルコとの間で水面下の対立が続いています。
領土問題というのは常に国家間の紛争の種です。

次の観光地はマテナダラン(古文書保管所)で1959年に開館した世界有数の施設です。
およそ18000点が保管されているということです。
本館の正面の像は”メスロプ・マシュトツ”で、405年にアルメニアの文字を生み出した人です。
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新館の一部が公開されていて、美しく装飾された古文書が展示されていました。
葛飾北斎の書もありました。
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バスは再びエレバンの中心部に向かいます。
車窓からは1930年代に建築家タマニャンが設計し建てられたオペラハウスや、ハチャトリアンの像などが見られました。
昼食は”プラハホテル”です。
先ずサラダ、こんなヴォリューム。
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これもサラダ。ワインのおつまみ。
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スープが出て、メインのガルニャラ(野菜に挽き肉を詰めて焼いたもの)。
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スイーツはガタというアルメニアの菓子、もう食えない。
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可愛らしい店員を見つけてカメラを向けたら、ハイ・ポーズしてくれました。サービス精神旺盛です。
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by kanekatu | 2012-08-31 09:23 | アルメニア | Comments(2)

コーカサス三国旅行記(11)

昼食はアラベルディという街の”フローラレストラン”でとりました。
写真手前はマズンというアルメニアのヨーグルト。
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紙のように薄いパンはラバッシュ。
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温かい野菜スープに
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豚肉のBBQは手で豪快に食べます。
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セヴァン湖は標高1890mにある湖で広さは1,400k㎡というから琵琶湖の2倍です。この高さにある淡水湖としては世界最大級です。
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湖から250段の坂を上がりセヴァン修道院へ向かいます。
人気スポットらしく家族連れが大勢いました。
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セヴァン修道院は874年に建立されました。
当時の王族・バグラト家の王女が、若くして亡くなった夫のために建てたとされています。
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美しく飾られた祭壇です。
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セヴァン修道院から見たセヴァン湖。
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夕方7時になってようやく首都エレバンに到着。”ミミノレストラン”で夕食です。
どこのレストランでも前菜とパンはテーブルに用意されていて、飲み物を注文してからスープ、メイン、果物とスイーツ、コーヒーか紅茶という順番になります。
この店のサラダですが、もっと沢山の量が用意されているのですが、サラダとパンをまともに食べているとこれだけで腹が一杯になってしまいます。だから控え目に。
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パンは種類が多い。
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ドルマはロールキャベツ。
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宿泊はエレバン市の中心である共和国広場の真ん前、マリオットホテルです。
さすがに格式の高いホテルで、今回のツアーでは最上級です。
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部屋はミニスイートだったようで3室あり、寝室にはキングサイズのベッド。枕が6つもあってどこへ頭を乗せていいか迷います。
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by kanekatu | 2012-08-27 08:54 | アルメニア | Comments(2)

コーカサス三国旅行記(10)

ツアー6日目は朝から雨模様。トビリシを出発していよいよ最後の訪問国・アルメニアに向かいます。
バスで国境を越えるのは風情があっていいものですが、国によってはやたら時間が掛かるのが欠点です。
今回は出入国ともスムースで1時間以内で済みました。施設内にはトイレ(トイレが無い国もあるんですよ)や売店もあるし、アルメニア側での両替も順調。今回は楽でした。
感心したにはグルジア側の現地ガイド・クリスティーナさんがアルメニア入国まで付き合ってくれたことです。出国手続きさえ手伝わなかったアゼルバイジャンのガイドとは大違い。
アルメニアの現地ガイドはリリットさん、チャーミングな人です。ツアーのお爺さんたちは大喜び。
日本語が上手だと思ったら大学で日本語を学んだ後、日本人と結婚しています。

アルメニアの地図は下記の通りで、西にトルコ、北にグルジア、東にアゼルバイジャン、南にアゼルバイジャンの飛び地ナヒチェヴァン自治共和国とそれぞれ国境を接しています。
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国名はアルメニア共和国、但し国民は自国のことをハヤスタンと呼んでいます。
面積:29,800k㎡、日本の13分の1
人口:約310万人
首都:エレバン
民族構成:アルメニア人(93%)、ロシア人(2%)など
言語:アルメニア語
宗教:アルメニア正教(94%)、ロシア正教(4%)など
一人当たりGDP:5,272ドル
通貨:ドラム(AMD) 1AMD=0.2円
国旗は赤(独立闘争で流された血)、青(豊かな国土)、橙(国民の団結と勇気)の三色。
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世界史的にはキリスト教を初めて国教にした国として有名です。
私がアルメニアに興味を抱いたきっかけは、エルサレムを訪れた時にキリストの聖墳墓教会の中でアルメニア使徒教会がとても良い位置を占めていたことでした。やはり老舗の強みなんですかね。

最初の観光地はアルメニアで最初の世界遺産として登録された「ハフパト修道院」です。
976年に当時の王アショットと女王ホスロヴァヌーシェが二人の息子のために教会を建てたものですが、その後13世紀までに次々と他の施設が建てらて修道院となりました。
教会の外観。
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入り口。
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祭壇ですが何もありません。余計な装飾があるとそちらに気を取られ、礼拝に支障があるのだそうです。
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アルメニア教会の特徴の一つに「カビット」があります。目的は次の通り。
・教会内部が狭いためここでもお祈りできるようにする
・罪人や洗礼を受けていない人はここまでしか入れない
・集会の会議室に使用する
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聖母教会の祭壇には聖母子の絵(イコンではない)のみが飾られていました。
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建物の構造は4本の柱と4本のアーチからなる「アルメニア様式」。
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1245年に建てられた鐘楼。
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アルメニア正教にはイコンがありません。
その代りにハチュカル(十字架石)を大事にしています。形状は高さ約3mの長方形で、墓石として、大事な記録として使われ、天災や病気から守ってくれる魔除けとしての役目もあるそうです。
左側の女性がガイドのリリットさん。
私を見てアルメニア人はこうなんだと思わないで下さいと言ってましたが、確かに標準的なアルメニア人とは異なっています。
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この他、図書館からワイン貯蔵庫まで何でもアリの修道院でした。
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by kanekatu | 2012-08-24 18:22 | アルメニア | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


by kanekatu
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