カテゴリ:セルビア( 3 )

西バルカン6ヶ国周遊記18(セルビア3回目)最終回

ベオグラード市の中心にはNATO軍による空爆で破壊された建物がいくつか残されています。
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この空爆でベオグラードでは1万人が犠牲になりました。
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道路の反対側の建物も破壊されています。この道路は空爆通りと呼ばれています。
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NATOに参加しておらずNATO加盟諸国への攻撃もしていない旧ユーゴスラヴィアへの空爆は内部でも反対があり、一時はNATOが機能不全に陥ったほどでした。しかしアメリカの強い主張によりこの空爆が行われました。これも集団安全保障の現実です。
この建物も取り壊され新しいビルが建てられる計画があるそうです。

次はチトーの墓の見学です。こういう人です。
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ツアー参加者の中にも「チトーって、誰?」という声がありましたので、ここで戦後のユーゴの歴史を振りかえってみましょう。
ユーゴは第二次世界大戦でナチス・ドイツに侵攻され、これにセルビア軍が抵抗すると、ドイツ軍政当局はドイツ軍の死者1人につきセルビア人市民100人、ドイツ軍の負傷者1人につきセルビア人市民50人を殺害する規定を導入し、セルビア人を虐殺しました。
代わってドイツに対しての抵抗運動を展開したのは、チトーをはじめとするパルチザンです。パルチザンは多民族混成の抵抗運動であり、市民への虐殺をせず、ドイツ軍に対して粘り強く抵抗しました。やがて多くの市民がパルチザンに加わり、ソ連軍が侵攻してくる前に自力でユーゴスラビアからドイツ軍を駆逐し、ユーゴスラビア連邦を成立させます。
ユーゴスラビアを自力で解放したチトーはユーゴスラビアの再建を始め、ユーゴスラビア共産主義者同盟を支配政党とする独自の社会主義政策を展開します。
スターリン率いるソビエト連邦と対立し、他の東側諸国とは一線を画する一方、西側諸国との良好な関係を築きます。政策の柱は労働者自主管理、社会主義市場経済、非同盟外交などであり、ソ連や中国とは大きく異なる政策を採りました。
しかし1980年にチトーが死ぬと、一気にユーゴスラヴィアのタガが外れたように民族対立や紛争が起こり、各国が独立してゆきユーゴスラヴィア自身も崩壊しました。
チトーの進めた政策も今は否定されているわけですが、彼の墓が記念館として残されているのは未だ尊敬している国民がいるという事でしょう。
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チトーの執務室で、大統領時代に実際にこの場所で執務していたそうです。
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チトーの息子さんは二人いて一人は亡くなり、もう一人は健在ですが高い地位にはいないそうです。

ベオグラード観光の最後は、カレメグダン要塞の見学です。サヴァ川とドナウ川が合流する丘の上にあり、紀元前4世紀には既に要塞が造られていたそうですが、現在の要塞は18世紀以後のものです。
入り口にあるスタンボル(イスタンブールの事)門と時計塔です。
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広い公園なのでこんな車で観光する人も。
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左側の建物が軍事博物館。庭には兵器の一部が置かれていますが、これらが二度と使われないよう祈るばかりです。
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サヴァ川とドナウ川の合流点。
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対岸のゼムンにはこうした瀟洒なレストランが立ち並び、カップルたちのデイトスポットになっているとか。
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超高層ビルが建つノヴィ・ベオグラード。
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勝者の記念碑。
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見学に訪れていた小学生たち、可愛いですね。
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これで今回のツアーは全て終了です。この後は往路と逆のコースを辿り一路日本へ。
この旅行記もこれが最終回。
旧ユーゴスラヴィアは現在7か国に分かれましたが、これで全ての国を訪問した事になります。トータルの訪問国数は76ヶ国となりました。
せっかく旧ユーゴ諸国に行ったのだから、単なる旅行記にとどまらず過去の歴史を振り返ってみようと余計な事も書いてきましたが、これは自分自身へのメモでもあります。
最後までお付き合い頂いた方に感謝致します。

(終り)
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by kanekatu | 2014-07-03 09:14 | セルビア | Comments(2)

西バルカン6ヶ国周遊記17(セルビア2回目)

ベオグラードへの移動中はこうした風景が広がっています。
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いよいよセルビアの首都ベオグラード市内に入ってきました。高層ビルが目に付きます。
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これは屋台の洋服店ですね。後ろに十字のネオンが見えますが当番の薬局で24時間営業だそうです。もし具合が悪くなったらこのネオンの店を探すと良いそうです。
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1本の支柱とワイヤーで造った吊り橋。
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外資系企業も進出してきてます。
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この日の夕食は中華料理でしたが予想通りハズレ。中華とは似て非なる代物。
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海外でよく日本料理店の看板を見ますが、大半はその国の人が調理していて、それも一日か二日習っただけで店を開くので本格的な和食とは程遠いものが出てきます。
中華も同じことで、見よう見まねで作るからああいう料理になるんでしょう。旅行会社としてはメニューに変化をつけたいと企画するんでしょうが、郷に入っては郷に従えで、その国へ行ったらその国の物を食べるのが無難です。
よく海外へ行くと日本料理を食べたがる人がいますが、気が知れない。日本へ帰れば死ぬほど食えるんですから。
カバンから醤油を取り出して料理にかけるのもやめましょうね。
泊りはFALKENSTEINER、今回のツアーの中では高級ホテルでしたがバスタブが無かったのは不満です。
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ツアー11日目は終日ベオグラード市内観光です。この日の夕方には日本への帰路につくので最終日ということになります。
ベオグラードはセルビアの首都であり、第二次世界大戦後の旧ユーゴスラヴィア連邦の首都でもありました。ドナウ川とサヴァ川が合流する交通の要衝として、紀元前4500年頃には人が住み始めました。以後、ケルト人、ローマ人、スラヴ人など様々な民族が文明を築いてきました。
しかし交通の要衝ゆえに戦闘の舞台となり、遺跡や古い建物がほとんど残されておりません。

工事中の派手な看板が見えてますが、NATO軍の空爆で破壊された中国大使館跡です。いちおう誤爆ということにはなってますが。
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ベオグラードを代表するホテルモスクワ、旧ソ連時代に建てられたにしてはデザインが凝ってます。
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こちらは政府系機関でしょうか。
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バス停です。その国の人たちの様子が分かるのでバス停の写真はよく撮ります。
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聖サヴァ教会は東方正教系の教会としては世界最大を誇り、セルビア正教の中心的存在です。
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聖サヴァはセルビア正教の創設者で、遺体は別の修道院に安置されていたがオスマン朝に対するセルビア人の反乱の報復としてこの教会のある場所に運ばれ燃やされてしまったという。
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建物は完成していますが、内部は未完成で今も工事中。完成すれば内壁はモザイク画で覆われるそうで、後10年はかかるとガイドは言ってましたが、無理じゃにかな。
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この部分は内部が完成すると壁で覆われ見えなくなるそうで、今のうちにと。
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背の高い街路樹が植えられています。
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ベオグラードのトラム、様々なカラーの電車が走っていました。
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ツアー最後の昼食、ビールから。
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スープ
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メイン、思い出せない。
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食後はクネズ・ミハイロ通りを散策。ここは歩行者天国になっていて、両側には商店やレストランが並び、大道芸人の姿も。
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書店が並ぶ路地。
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突き当りが共和国広場で、ミハイロ公の銅像があります。
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ベオグラード観光はこれで半分で、残りは次回に回します。
そして次回がこの旅行記の最終回となります。
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by kanekatu | 2014-07-01 09:19 | セルビア | Comments(2)

西バルカン6ヶ国周遊記16(セルビア1回目)

ボスニア=ヘルツェゴビナのヴィシェグラードからセルビアへ向かう道路はトンネルだらけで、大小合わせると数えきれない程のトンネルをくぐります。かつてはサラエヴォとベオグラードとを結ぶ幹線道路だったんしょうが難工事であった事が偲ばれます。
国境を越えてセルビアに入国するとモクラゴラで、バスは西へ進み宿泊地であるズラティボールに到着。
ホテルはMONA、ここもリゾートホテルです。
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ここで夕食を取りましたが、写真が無いのはそろそろ面倒になってきたせいでしょう。

正式国名はセルビア共和国、国旗は以下の通り。
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セルビアの地図は下記の通り。
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セルビアは西側でモンテネグロ・ボスニア・ヘルツェゴビナと、南西部でコソボと、コソボを通じてアルバニアと、南部国境でマケドニア共和国と、南東部でブルガリアと、東部でルーマニアと、北部でハンガリーと、北西部でクロアチアとそれぞれ接している内陸国です。
北部のヴォイヴォディナは自治権を持っていて、ハンガリー系やスロバキア系などセルビア系以外の住民が多い。
地図にコソボが載せられているのは、依然としてセルビアの自治領だと主張しているせいです。

セルビアの歴史についてはこれまでの各国の中で触れてきたので重複は避けます。要は旧ユーゴスラヴィアから一抜けた、二抜けたと次々各国が独立してゆき、セルビアだけが最後に残された恰好になりました。
ただボスニア紛争やコソボ紛争では一方的な悪者として扱われNATO軍による空爆まで受けたのですが、いずれの紛争においても非人道的行為は双方によって起こされています。
セルビア側からみれば独立した各国に住んでいたセルビア人が不当な扱いを受けていて、彼らの民族自決権を支援したという理屈になるのでしょう。
確かなのはセルビアが、どちらが正義かという国際世論戦争に負けたという事実です。

面積は7万7474k㎡で北海道とほぼ同じ、人口は712万人、首都はベオグラード。
民族構成はセルビア人が83%、マジャル人が4%、ボシュニャク人が2%、ロマが1%、クロアチア人が1%、モンテネグロ人が1%、アルバニア人が1%等(数値は四捨五入)。
宗教はセルビア正教が多数で、イスラム教は少数。
公用語はセルビア語。
通貨はディナール(DIN)で、ユーロはほとんど通用しない。
1DIN=約1.2円

10日目の観光が始まる前に、セルビアの高原リゾート地であるズラティボールを散策。標高1000mの森の中にある町で、軽井沢のような感じです。ホテルの裏にある池の周辺を歩いて回りました。
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バスで国境近くまで戻りモクラゴラに到着。ここはかつてサラエヴォとベオグラードを結んでいたシャルガンエイト鉄道の始発駅だった所で、今は観光列車として不定期に運行されています。
不定期なので乗車できるかどうかは現地に行かないと分からないためか、鉄道マニアには憧れの鉄道だとか。
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プラットホームにはレストランがあります。
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列車はジーゼル機関車。
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客車は1両ごとにデザインが違っています。
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この駅のもう一つの特長は、この地方の100年ほど前の古民家を再現させた建物が展示されていることです。
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こうしたツアーの企画でしばしば列車に体験乗車することがありますが、なぜか気分が高揚してウキウキしてきます。あれは、なんなんでしょうね。この日もツアー参加者がまるで子供に戻ったようにハシャイデいました。
車掌さんの検札です。
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列車は山間を縫うようにいくつもトンネルをくぐりいくつものループ橋を渡りながらゴットンゴットンと走ります。
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およそ40分ほどで終点シャルガンビタシ駅に到着。
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駅の売店。
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駅員さん、帽子が恰好イイ。
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車庫には蒸気機関車もありました。
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列車はここから始発のモクラゴラ駅に戻ります。
標高差300mの所をループを描きながら走るのですが、上から見ると数字の「8」に見えるので、シャルガンエイトという名前が付いたようです。
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駅名を聞きもらしてしまいましたが、途中景色の良い駅で30分ほど停車です。
この列車には私たちの他に中学生のグループが乗っていて、駅で顔を合わせてる内に仲良くなりました。お互いに写真を撮り合ったりして、あちらも日本人を初めて見たんでしょう。
可愛い女生徒が多かったので、オジサンたちは大喜び。
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どうです、この嬉しそうな顔。
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男子生徒の方はまだあどけない。
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滝がある駅は珍しい。
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遥か下に別の鉄道の線路と駅が見えましたが、セルビア鉄道でしょうか。
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出発駅のモクラゴラに到着。美人中学生たちともここでお別れ。
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駅のホームにあるレストランで昼食、メインはシチュウ。
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午後は5時間かけてベオグラードへ移動です。
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by kanekatu | 2014-06-30 08:47 | セルビア | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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