カテゴリ:リトアニア( 4 )

バルト三国旅行記(9)リトアニア・シャウレイ

十字架の丘は、リトアニア北部シャウレイの北12kmに位置する巡礼地で、リトアニアの観光名所となっています。初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシアに対する11月蜂起の後であると考えられています。ただここは墓地では無いので遺体は埋められていません。
ソ連統治下では、丘へ行き十字架を捧げることでリトアニア人たちは宗教や遺産への忠誠心を示しました。それは又、非暴力による抵抗を表してもいました。
これに対してソ連は何度もこの丘をブルドーザーで破壊しようとしましたが、リトアニア当局をあげてそれを阻止してきました。
今では十字架だけでなくイエスの受難像やリトアニアの英雄の彫刻、聖母マリア像、肖像画、ロザリオなどもカトリック教会の巡礼者によって置かれるようになりました。
今日では全世界から多くの人々がそれぞれも思いを込めてこの丘に十字架を捧げています。

十字架の数は不明で、リトアニアの国民数より多いのではとも言われています。
先ずは以下の画像をご覧ください。
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こうした小さなグループで飾られている場合もあります。
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NATOのイタリア空軍の文字が見えます。色々な人たちが十字架を立てているんですね。
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ここはカソリック系教会が管理しているそうです。十字架を立てるのは無料。
バスの車窓から見た景色ですが、雲の高さが随分と低い位置に見えました。
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夕方になってラトビアのリガに着き、デイズホテルに宿泊。
次回はラトビアのスィグルダ観光です。


バルト3国のツアーに行って気付いたことをいくつか。
水質が良いので水道水は問題ありませんが、硬水なのと水道管のメンテの問題があるので、気になる方はミネラルウォターを。但し炭酸ガス入りが多いので注意して購入して下さい。
都市部はどこもスーパーがあるので、買い物は便利です。レジ袋は有料。
服装は、観光した6月上旬は日本の3月末から4月初め頃にあたるので、暖かい上着を用意した方が良いと思いました。日中晴れていれば現地の若者はT-シャツなど薄着の人も多い。
天候が変りやすいので傘は常備です。
ホテルはシャワールームだけというケースもありました。Wi-Fiはどこのホテルでもロビー付近で使えたようです(当方は未経験)。いわゆるアメニティ類は一切置いていません。冷蔵庫の無いホテルが多い。
トイレ事情はあまり良くなく、公衆トイレは極めて少ないし有料。店舗のトイレも有料の所があります。20-50セントの細かい硬貨を用意しておくと良いでしょう。
日本から持っていった電気製品は変圧器が必要ですが、差し込み口が合わないという事があります。最近では1台でほとんどの差し込み口の形状に対応できる変換プラグが発売されているので便利です。
240Ⅴ以下で使えるテーブルタップを持っていくと、使いにくい場所に差込口があっても引っ張ってきて使えますし、複数の機器の充電が同時に出来るのでお薦めします。
気が付いたのはこの辺でしょうか。
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by kanekatu | 2015-06-26 05:49 | リトアニア | Comments(2)

バルト三国旅行記(8)リトアニア・カナウス

リトアニア第二の都市カナウスは、両大戦の間はリトアニアの首都でした。15世紀にはハンザ同盟の商業都市として栄え、旧市街にはこの頃のゴシック建築が数多く残っています。
カナウスといえば、私たちは先ず杉原千畝(すぎはらちうね)を頭に浮かべねばならないでしょう。
第二次世界大戦中のリトアニアで、ナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人に対して、日本政府の命令に背いて日本通過ビザを発給し、約6千人もの命を救ったとされる外交官で、「日本のシンドラー」とも呼ばれています。
杉原千畝は1939年にリトアニアの日本領事館に領事代理として赴任し、「命のビザ」を発給したのは、40年夏。ポーランドを追われてきた大勢のユダヤ人避難民が、ソ連・日本を経由して第三国に移住しようと日本通過ビザを求めてきました。杉原は、要件を満たさないユダヤ人避難民にも人道上ビザの発給を認めるよう外務省に願い出たが認められず、悩んだ末に独断で発給を決断。領事館は既に閉鎖が決まっていましたが、出国直前までの約1カ月間、発給を続けました。この件が原因でその後、外務省を退職に追い込まれ、民間企業に勤務した後1986年に死去しました。
「命のビザ」のエピソードが知られるようになったのは、1969年にイスラエル政府が杉原に勲章を授けてからで、1985年1月にはイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰されています。

杉原が勤務していた旧日本領事館は、今は杉原記念館として関連資料を展示する施設になっています。
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杉原がユダヤ人たちに発行したビザ、「命のビザ」です。
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杉原が使っていたデスクや家族の写真。
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職を賭してユダヤ人たちの命を救った杉原の勇気は賞賛されるべきでしょう。

ここからカナウス市内に移動しました。
中央奥に見えるのは聖ミカエル教会。
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アレクソタス展望台から見たカウナス市内の情景。あ、景色は右側ですよ。
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市内を流れるネムナス川。
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ヴィトータス教会は15世紀に建てられたゴシック様式の教会。
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変ったデザインのファザードを持つのはベルク―ナスの家。15世紀ゴシックの傑作と言われるています。
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旧市庁舎で、前面のポールにオブジェのように吊り下げられた自転車は、近くここで国際競技会があるからだそうです。
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赤レンガが美しい15世紀の大聖堂。
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フレスコ画と彫刻で飾られた祭壇は聖母被昇天の図。
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通りをブラブラと。
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カウナス城は13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために建てられたが破壊され、15世紀に再建された。
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昼食は名物料理のツェペリナイ(ジャガイモ団子)、見た目より美味しいですよ。
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午後はシャウレイへ。
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by kanekatu | 2015-06-25 04:50 | リトアニア | Comments(2)

バルト三国旅行記(7)リトアニア・トラカイ

リトアニアについて簡単に紹介します。
正式国名はリトアニア共和国、EUそしてNATOの加盟国、通貨はユーロ、人口325万人、首都はヴィリニュス。
バルト三国の中で最も南の国で西はバルト海に面し、北はラトビア、東はベラルーシ、南はポーランド、南西はロシアの飛び地カリーニングラード州と国境を接しています。面積は北海道の80%。
民族構成はリトアニア人84%、ポーランド人7%、ロシア人6%、その他。宗教はリトアニア人のほとんどはローマンカソリックで、他にロシア正教など。
公用語はリトアニア語。
中世にはポーランドとの連合国になっていた時期が多く、解体後はドイツやロシアから度々侵略を受けます。
第一次世界大戦後にリトアニア共和国としてロシア帝国より独立しますが、1940年にソビエト連邦から、翌1941年にナチス・ドイツからも侵略されます。その後、ソ連の構成共和国の一つとなりましたが、1990年に独立を回復しました。
経済的にはEU加盟後は海外からの受注や観光が振興し、順調に成長しています。これといった資源に乏しく、現在はバイオテクノギーやレザー産業に力を入れています。バイオ技術に関してはバルト3国の中心になっています。

4日目の午後の観光はトラカイです。
トラカイ城は14世紀後半に外敵からの防御や祭事を行う目的で建立されましたが、権力がポーランドに移ると城は荒れ廃墟となってしまいます。1961年から復元がはじまり1987年にはほぼ元の形に戻すことができました。現在は博物館として利用されています。
森と湖の多いカナウスにある城らしく美しい景観を示しています。
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この橋を渡って入城です。
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中庭部分。
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城の入り口は濠にかかる跳ね橋になっています。周囲はぐるりと濠に囲まれていて堅固な城砦であったことをうかがわせます。
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この日も多くの観光客で賑わっていました。
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観光が終わってヴィリニウスに戻りました。16時半にはホテルの着いたのでこの日だけユックリと部屋で休んでから夕食です。
前菜。
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メイン。
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バルト3国の料理ですが、ドイツやロシアに似てジャガイモと豚肉又は鶏肉という組み合せが基本です。牛肉は少ない。前菜は生野菜か引き割り豆のスープ。魚料理はニシンのマリネ。主食はライ麦パンで、コメが出ることもありますが野菜として扱われます。
特にこれといった印象はありません。
私は好き嫌いや偏食がなく(甘味だけ苦手)、どこへ行っても何でも食べるし、腹がへってれば何を食べても旨いという大雑把な食感なので、あまり料理にこだわらない方のタイプです。料理の解説が淡白なのはそのためとご理解下さい。
アルコール類ですがビールは水準をいってます。ワインは国産もあるようですがあまりお薦め出来ません。

次回はカナウスの観光です。
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by kanekatu | 2015-06-23 17:48 | リトアニア | Comments(0)

バルト三国旅行記(6)リトアニア・ヴィリニウス

4日目の観光はリトアニアの首都ヴィリニウス、タリンやリガと異なり中世にポーランドの影響を強く受けたので、天を突くゴシック教会は少なく、その代りにカトリック教会が多数を占めています。今まで見てきた街の印象と異なるのはそのためでしょう。
聖ペテロ・パウロ教会はバロックの街ヴィリニウスを代表する建物で、建物そのものは1675年に完成しましたが、内装に30年掛かったと言われています。
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協会内に入って先ず驚くのは彫刻の多さです。約2000体あると言われる彫刻はどれ一つをとっても同じものはありません。テーマは聖書、神話、リトアニア戦史から採ったものが多く、人物や動物、植物など多岐にわたっています。
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祭壇に掲げられた絵はペテロとパウロが抱擁している姿が描かれていますが、他ではこういう構図の絵は見られないでしょう。
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天井から吊り下げられた金属製の舟は、ノアの箱舟でしょうか。
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女性像で一人だけ建設当時の服装をしていますが、これは彫刻家の奥さんをモデルにしたようです。
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教会に骸骨の彫刻というのも珍しいです。人は富や財産を貯めても最後は骸骨になるんだという寓話だそうです。
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夜明けの門は、かつてあった城門の中でこれ一つだけ残された門です。門の上部にあるリトアニアの紋章はソ連時代にはここでしか見られなかったそうです。
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裏から見ると2階部分が礼拝所になっていることが分かります。
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ギリシア神殿のようなファザードを持つ大聖堂は、中世期にリトアニアがキリスト教に教化されたシンボルともいうべき教会で、13世紀の創建。今のようなクラシック様式に改築されたのは18世紀になります。
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外壁にはこうした彫刻が埋め込まれています。
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祭壇に描かれた絵は聖カジミエルの姿で、納棺して120年後に棺を開けたら全く同じ姿だったという奇蹟を起こした聖人です。
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大聖堂の鐘楼は高さ53m。
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この後、リフトでケディミナスの丘に上り、新市街を一望。
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ケディミナスの塔は、かつての城壁の塔で現在は博物館になっています。
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ヴィリニウス大学は16世紀の創立。現在は2万名の学生が学んでいます。
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聖アンナ教会は15世紀末に建てられた後期ゴシック様式の建物で、33種類の形の異なったレンガが使われています。建設当時の姿を今にとどめていて、火焔式ゴシック様式の傑作と言われています。ロシアを攻撃したナポレオンが途中ここヴィリニウスに立ち寄ってこの教会を見て、フランスに持ち帰りたいと賞賛したというエピソードが残されています。
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ベルナルディン教会は15世紀創建、16世紀に改装されましたがソ連時代に壊されてしまい、いま修復作業が進められています。
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昼食は赤かぶのスープと、
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名物料理のコルドゥーナイ(水餃子)。
ビールにはよく合っています。
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午後は郊外のトラカイの観光です。
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by kanekatu | 2015-06-22 16:41 | リトアニア | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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