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ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ訪問記(10・最終回)

7日目午後の観光はオルヘイ・ベッキにある、旧オルヘイの洞窟修道院です。
中世にキリスト教の僧侶たちが世界各地に布教に向かいますが、13世紀ごろにこの地に修道院を作ったようです。随分と辺鄙な場所にと思うでしょうが、修業の場所としては最適だったのでしょう。
18世紀ごろに一度はここを離れたようですが、現在は修道士がいて修業しています。

入り口は人ひとりがやっと通れるほどの広さ。
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ここは修道士たちが生活していた場所で、7人が暮らしていたそうです。
天井が低くかがまないと歩けない。
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丘の上に教会が見えてきました。最近建った教会だそうですが、この修道院とは直接関係がないそうです。
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確かに新しい。
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ただ、昼食でのワインがぶ飲みが効いていたせいか、ガイドの説明も添乗員の通訳も聞いているこっちも、みな曖昧模糊だったのは否めません。

一つだけ思い出しました。
ガイドに、ソ連時代のKGBは怖くなかったかを訊いてみましたら、答えは「私は何も悪いことしなかったから、怖くなかった」。
悪名高いKGBも、体制側にいる人間や体制批判をしない人間には手出しをしなかったのでしょう。
もしかすると、昔のソ連が良かったと言っている人たちって、そいう人たちだったのかも知れません。


ここ今回のツアーの全ての観光は終了しました。
夕食は、近くの村Trebujeni(トレブジェニ)の”casa din lunca”というヴィラでとることになりました。
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ここが入り口で、右側が宿泊所、左奥にオープンエアーの食卓が備えてあります。
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プールもあって、なかなか立派なヴィラです。この日の家族連れが利用していました。
後で調べたら、日本からも予約できるんです。でもここまで来るのが大変ですね。
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夕食の前菜です。
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ここでもワインは無料で飲み放題。昼に飲んだワインがそろそろさめてきた頃で、また乾杯。
空になれば、従業員がピッチャーに入れてどんどん運んでくれます。
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夕食が終わると、モルドバの歌と踊りを披露してくれました。
家族経営のようで、子どもたち総出の歓迎です。
真ん中の2歳の女の子が大人気でした。
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最後は、私たちも一緒に踊りの輪に入って盛り上がり。
もちろん私も輪の中に入りましたよ。若い女性と手をつなぐなんて機会は、滅多にありませんからね。
お陰ですっかり酔いが回ってきました。
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♪酒は美味いしネエちゃんはきれいだ、うっわー、うっわー、うっわっわー♪

この村ではまだ馬車が使われています。
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こうした教会がある所を見ると、比較的大きな村なのでしょう。
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バスでキシナウに戻ります。
途中の日没風景。
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泊まりはキシナウのブリストルセントラルパーク。
機能的な良いホテルでした。
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全工程が終了し、復路はキシナウ空港から出発、モスクワ経由で成田着です。
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帰着便では、装置の故障とやらでエンターテイメントは利用できず、モニターも消えたまま。
機内食も往路と比べるとかなり落ちました。上から前菜、サラダ、メイン。
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ここら辺りがアエロフロートらしさでしょうか。


さて、この連載も今回が最終回となります
全体的には、期待していたより楽しい旅行となりました。
どこの国でもそうですが、来てみないと分からない事って沢山あります。
今回の4ヶ国は、特にそれを感じました。
訪問した4か国はいずれもソ連崩壊まではソ連邦の一員で、崩壊後にそれぞれ独立を果たしました。
しかし、未だに旧ソ連の残影が見て取れるという共通点がありました。それはEUとロシアの境界にあるという地政学的なものかも知れません。

最後までお付き合い頂いた方に感謝します。
―終り―

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by kanekatu | 2017-08-18 10:24 | モルドバ | Comments(2)

ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ訪問記(9)

6日目の夕方、沿ドニエステルを出国し、最後の訪問国モルドバに入国。
モルドバはヨーロッパで最も貧しい国です。アパートも今まで通ってきた3国に比べ簡素な印象です。
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真っ直ぐに夕食レストランへ。
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前菜。
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メインはシャケの揚げ物でした。
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ここでモルドバの概要を説明します。
正式国名は、モルドバ共和国。
国旗は、ルーマニアの国旗にモルドバ国章を配したもの。
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面積は約3万4千km2で九州よりやあや小さい。
地図は下記の通り。
西にルーマニアと、他の三方はウクライナと国境を接している。
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人口は、約290万人。
首都はキシナウ。
政体は、共和制。
民族構成は、モルドバ人が78%、ウクライナ人が8%、ロシア人が6%、その他。
宗教は、ロシア正教、ルーマニア正教。
言語は、モルドバ語(ルーマニア語)とロシア語。
一人当たりGDPは、4666ドル。
通貨は、モルドバ・レウ (MDL)。


現地ガイドに、これだけルーマニアとの関係が深いのなら、なぜソ連崩壊後にルーマニアと統一しなかったのか、訊いてみました。
ガイドは大変いい質問ですと言ってから、答えはルーマニアが当初からEU加盟志向だったのに対し、モルドバ国民の間では反対の声が強かった。
現在はEU加盟を目指しているが、経済状況が悪く財政基盤も弱いため難しい。国民の間では、EU加盟によりインフレが起きて物価が上昇することを警戒する声も根強いそうです。


7日目の午前中は首都キシナウの見学です。
中央広場。
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凱旋門。
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シュテファン大公の像。15世紀のモルドヴァ公国の公で、シュテファン大公と呼ばれています。
反オスマン帝国闘争を展開し、ローマ教皇から「キリストの戦士」とたたえられた聖人でもあります。
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正教の大聖堂と、手前は鐘楼。
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中心部にあるシュテファン・チェル・マレ公園。
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いかにも首都の中心部らしい、落ち着いた佇まいを見せていました。


次は昼食を兼ねてのミレスチ・ミーチワイナリーの見学です。
ここのワインセラーは地下100mにあり、全長が120kmという途方もない広さです。その一部を見せて貰いました。
ワインの樽で、かつてはこうした木製のものが使われていました。
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今ではこうした容器に詰められています。
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膨大な数のボトルが寝かれています。
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特別に契約すれば、この様に個人がセルを貸し切ることができます。
良かったら、あなたもどうですか?
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入り口にあるワインの噴水、かと思ったら中身は水でした。
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ソ連時代は、ワインはここモルドバで集中的に生産していたようです。
ゴルバチョフ時代には、ワインを飲むと働かなくなるという理由で、このワインセラーの全てのワインを廃棄させらたそうです。
でも秘密の倉庫を作って一部のワインは保管し続けたとか。
映画になりそうですね。

さあ、いよいよお待ちかねのワインの試飲会。何種類かのワインのボトルが並び、係員からそれぞれの説明がありました。その後は各自のテーブルに置かれたグラスに、次々とワインが注がれます。
説明が終わると係員はボトルを置いたまま出て行き、ここから後は飲み放題。テーブルに並んだおつまみを食べながら、あれだこれだと言いながらグラスを飲み干していきます。
終りの頃は、全員がかなり出来上がっていました。
写真が無いのは、撮る暇がなかったからです。
食事のメイン。
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おまけに、全員に赤白ワインフルボトル1本ずつのお土産付、もう天国でしょ。


バスの中で爆睡しながら、次の観光地へ。
次回が最終会です。

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by kanekatu | 2017-08-17 11:55 | モルドバ | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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