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初夏の京都・奈良(2017/5/23-25)③京都2日目

京都の2日目は嵯峨へ。駅前からバスで約50分、終点の嵯峨大覚寺前に到着。
大覚寺は、京都市右京区嵯峨にある真言宗大覚寺派大本山の寺院で、開基は嵯峨天皇です。嵯峨天皇の離宮を寺に改めた皇室ゆかりの寺院でもあります。
後宇多法皇がここで院政を行うなど、日本の政治史に深い関わりをもつ寺院であり、南北朝和解の舞台ともなりました。
別名、嵯峨御所。
また、嵯峨天皇を流祖と仰ぐ華道嵯峨御流の総司所(家元)です。
そのせいか、全体の雰囲気は寺院というより御所に近い。
伽藍の配置図は下記の通り(大覚寺のHPより)。
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①宸殿
②御影堂(みえどう)
③正寝殿
④五大堂
⑤村雨の廊下
⑥勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)
⑦勅使門
⑧安井堂天井雲龍図

大覚寺の周囲を囲む清流。
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玄関門から入ります。
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式台玄関で、ここから拝観が始まります。
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主な伽藍は村雨の廊下(直角でつながる天井の低い廊下)で結ばれていて、参観者はそれぞれの伽藍を通りながら進んで行きます。
ここからは参観者になったつもりで伽藍や庭園の画像を眺めてください。
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大沢池は、大覚寺の東に位置し、周囲約1kmの日本最古の人工の林泉(林や泉水などのある庭園)です。嵯峨天皇が離宮嵯峨院の造営にあたって、唐の洞庭湖を模して造られたところから、庭湖とも呼ばれています。
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大沢池より心経宝塔(しんぎょうほうとう)を望む。
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大覚寺を出て次の清涼寺に向かう途中にあった嵯峨一休という店で昼食。静かな点内でランチコースを楽しみました。
飲み物はビールと冷酒、ラベルは店のオリジナルです。
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筍の前菜。
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御造り。
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豆腐と野菜のサラダ
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出汁玉子。
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冷菓。
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どれも美味でした。

今回の京都での最後の観光は清涼寺です。
清凉寺は、京都府京都市右京区嵯峨にある浄土宗の寺院で、山号を五台山(ごだいさん)。嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)の名で知られています。
中世以来「融通念仏の道場」としても知られ、宗派は初め華厳宗、後に浄土宗となりました。
開基は奝然(ちょうねん)。
奝然は宋へ渡航中の985年、現地の仏師に命じて1体の釈迦如来像を謹刻させましたた。その釈迦像は、古代インドの優填王(うてんおう)が釈迦の在世中に栴檀の木で造らせたという由緒を持つ霊像を模刻したもので、「インド - 中国 - 日本」と伝来したことから「三国伝来の釈迦像」、釈迦に生き写しとされ「生きているお釈迦様」と呼ばれています。
これが当寺の本尊で、国宝指定。
仁王門。
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本堂。
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庭園。
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多宝塔。
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弁天堂。
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実はこの清涼寺の受付の僧侶があまりに不親切だったので腹が立ち、早々に見学を切り上げました。
京都や奈良の他の寺院は親切な対応をしてくれていたので、最後に後味の悪い思いをしました。
今回の京都、奈良の観光記は以上で終了です。
(終り)


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by kanekatu | 2017-06-13 05:07 | 京都 | Comments(2)

初夏の京都・奈良(2017/5/23-25)②京都1日目

京都の寺社はほぼ行く尽くした感があり、今回は妻にとっては初めての寺院を巡りました。
1日目は京都の東山区の、三十三間堂の近くの寺院をいくつか訪れました。
最初に訪問したのは智積院(五百佛山(いおぶさん)、根来寺(ねごろじ))で、真言宗智山派総本山、開基は玄宥。智山派の大本山は成田の新勝寺、川崎大師に高尾山薬王寺と、いずれも初詣で賑わう寺院というのは面白いですね。
元は紀州根来にありましたが秀吉と対立して根来を追われ、家康の時代になってから今の場所に再建しました。
もう一つ、ここには以前祥雲寺という寺がありました。秀吉が、3歳で死去した愛児鶴松(棄丸)の菩提のために建立した寺で、現在、智積院の所蔵で国宝に指定されている長谷川等伯一派の障壁画は、この祥雲寺の客殿を飾っていたものです。
受付。
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金堂。
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明王殿。
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講堂。
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ここの見所の一つは名勝庭園で、築山・泉水庭の先駆をなした貴重な遺産といわれ、中国の盧山をかたどって土地の高低を利用して築山を造り、その前面に池を掘るとともに、山の中腹や山裾に石組みを配したものです。
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収蔵庫には長谷川等伯一門による「桜図」「楓図」『松に秋草図』、『松に黄蜀葵図』(いずれも国宝)をはじめとする桃山時代(十六世紀)の数々の障壁画が収められています。
こうした障壁画がすぐ近くで見られる場所は少なく貴重です。
団体の観光コースからは外れていますが、京都観光では是非おさえておきたいスポットです。


養源院は浄土真宗遣迎院派の寺院で、開基はあの澱君です。父親である浅井家の菩提寺として建立したもので、その後、徳川2代将軍秀忠の正室の崇源院(お江、淀殿の妹)によって、淀殿と豊臣秀頼の菩提が弔われました。
豊臣と徳川が共存している珍しい寺院です。
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本堂。
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見所は3か所です。
①血天井
関ヶ原の戦いの前哨戦ともいわれる伏見城の戦いで鳥居元忠以下1000人余りが城を死守し、最後に自刃した廊下の板の間を供養のために天井としたもの。
②鶯張廊下
日光東照宮の眠り猫で有名な江戸初期の大工・彫刻師である左甚五郎作と伝わる。
③襖絵と杉戸絵
俵屋宗達作の杉戸の象や唐獅子や麒麟などを図案化した構図もので、重文。いずれも想像だけで描いたもので、表現の奇抜さでも知られている。
この寺の最大の特長は、これらの文化財をガイドしてくれることです。
私が初めて訪れた十数年前には、参観者が私一人でしたが、寺院の受付の人が口頭で全てを案内してくれました。こうした寺院は、京都でここしか知りません。
この日は参観者が次々と訪れるので、口頭とテープによる音声を使ってのガイドでした。
他の寺社でも是非見習って欲しいですね。

近くの店で昼食。
茶そばと白玉入り汁粉という組み合わせ。
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三十三間堂から北へ向かって数分で、豊国神社に到着。
死後、神として祀られた秀吉の神社ですが、家康によって廃絶されてしまいますが、のちに明治天皇の勅命により再興されました。
国宝の唐門は、元は南禅寺塔頭金地院にあったもので、豊国神社再建にあたって金地院から移築されました。
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本殿。
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直ぐ隣が方広寺で、見学する予定でしたが、残念ながらこの日は拝観中止でした。
かつて、ここには秀吉によって建てられた東大寺のものより大きな大仏があり、その大仏を安置するために方広寺が建てられました。
その後、地震や火事で大仏も大仏殿も焼失し、江戸時代に寛永通宝の原料にされてしまいました。今では石塁(国の史跡)がその面影を残すのみとなっています。
方広寺の本堂。
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梵鐘(重文)は、大阪の陣の原因ともなった「国家安康」「君臣豊楽」の銘が刻まれたものです。私が最初に訪れた頃は未だ野ざらしのまま置かれ、銘文も澱君の霊と呼ばれる鐘のシミも良く見えましたが、今では立派な鐘楼が建てられています。
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京都には、こうした一般には名が知られていないが、由緒ある寺院が沢山あります。


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by kanekatu | 2017-06-11 16:40 | 京都 | Comments(0)

初夏の京都・奈良(2017/5/23-25)①奈良

自宅の室内改装のため数日家を離れることになり、京都に滞在しました。観光目的ではないので、大半の時間はホテルでゆっくり休んでいたのですが、3日間だけ昼間の4時間以内という短い観光を行ってきました。行き先は全て妻のリクエストに従い、私は専らカバン持ちでした。
5月23日は近鉄で奈良へ向かいました。
近鉄奈良駅前。
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駅前の商店街を通って興福寺に向かいます。
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猿沢池は中学の修学旅行以来です。
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興福寺は、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇っていました。
しかし幕末から明治にかけての廃仏毀釈により大きな被害を受け、貴重な文化財の多くが失われました。
この寺の門や塀もこの時に失われました。
もし岡倉天心による文化財の修復や保護活動が無かったら、いま私たちが見ることの出来る国宝は存在していません。
明治維新の負の歴史の一つです。
南円堂。
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五重塔は維新の際には250円で売りに出され、危うく焼却される所を近隣の住民の反対で火災を免れました。
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国宝館は修理中のため、仏像は仮講堂に安置されていました。
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天平時代の彫刻である阿修羅像を始めとする八部衆像などが一堂に集められ、展示されていました。沢山の国宝や重文が一か所に展示されている姿は壮観です。


興福寺を出て、バスで西へ向かい唐招提寺へ。
唐招提寺は、奈良市五条町にある鑑真が建立した寺院で、南都六宗の1つである律宗の総本山です。奈良、天平時代に建立の金堂、講堂を始め、多くの文化財を有しています。
寺院は奈良市の西を南北に流れる秋篠川の辺にあります。
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門をくぐると正面に見えるのが金堂です。
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講堂。
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御影堂は修復中のため、残念ながら東山魁夷が描かれた鑑真和上坐像厨子扉絵、ふすま絵、障壁画は鑑賞できません。
残念。
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礼堂。
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鐘楼。
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鼓堂。
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「若葉して御目の雫拭ばや」の芭蕉の句碑。
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唐招提寺を出て秋篠川に沿って15分ほど南下すると薬師寺が見えてきます。
薬師寺は、興福寺とともに法相宗の大本山で、南都七大寺のひとつ。
開基(創立者)は天武天皇で、7世紀後半に飛鳥の藤原京に造営が開始され、平城遷都後の8世紀初めに現在地の西ノ京に移転したものです。
最初に白鳳伽藍を見学。
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国宝の東塔は現在修理中で見られず、こちらは西塔。
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やはり二つ並んでないと、薬師寺らしくないですね。
金堂。
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大講堂。
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食堂。
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鐘楼。
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道路を挟んで北側に玄奘三蔵院伽藍があります。この中に玄奘三蔵の分骨が収められているそうです。
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玄奘塔北側にある大唐西域壁画殿には、平山郁夫が描いた大唐西域壁画が展示されています。画面の全長は約37メートル。壁面13面に中国・長安からインド・ナーランダ寺院へ至る7場面が描かれていて、今は破壊されてしまったアフガニスタンのバーミアンの姿も残されています。
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奈良の唐招提寺と薬師寺は団体客がいないので、ゆっくり見られました。

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by kanekatu | 2017-06-10 10:52 | 京都 | Comments(2)

京都の紅葉2011(下)

二日目は亀岡に向かいます。ここは初めて訪れたのですが、周囲に山があるせいか朝霧が下りていて湯布院に似た印象を受けました。
亀岡駅からトロッコ列車に乗り嵐山に向かいます。
この路線は保津川の渓流に沿って走るので、河岸の紅葉を楽しむことができます。ボートで渓流下りをしている姿も車窓から見えましたが、この時期は寒そうです。
写真は保津峡駅近くの鉄橋からみた保津川の景色です。
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トロッコ嵐山駅で下車しましたがスゴイ混雑です。トロッコ列車はとても人気がありチケットの入手が大変なようです。こういう処はツアーは楽ですね。
駅からは徒歩で渡月橋に向かいますが、途中、竹林の中を通ります。
青竹と紅葉の取り合わせもなかなか乙です。
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天龍寺という寺が紅葉の名所ということで中を通ってきましたが、確かに見事に色づいていました。
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京都には数えきれないくらい来ていますが寺社巡りが多く、嵐山は久々です。
周囲の紅葉は始まったばかりで、最盛期はもう少し先になるようです。
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渡月橋はやはり風情があります。
川の名称がこれより上流を保津川(又は大堰川)、下流を桂川といいます。
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橋の袂のレストランで昼食をとりましたが、この付近の店はいずれも予約制で、フリーで来た人たちは長い列を作っての順番待ちをしていました。
この時期の京都はどこへ行っても行列です。

午後のスタートは金閣寺です。
道路から黒門に入ったとたんに真紅の紅葉が眼に入ります。
境内に入ってからもいたる所に紅葉が見られました。
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鏡湖池の水面に影をうつす金閣寺、いかにも絵葉書的ですが、それだけ日本的景観としての完成度が高いといえるでしょう。
左手に見えるのは葦原島です。
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ツアー最後の観光地は光明寺です。
京都市の西南、ここは長岡京市になります。
総門の前の両側から紅葉が迫っています。
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ここから石段を上がっていくと正面にあるのは本堂の御影堂(みえどう)。
ここから上がって本尊に参拝し、渡り廊下を通って釈迦堂に行きます。
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庭園の信楽庭(しんぎょうてい)です。
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釈迦堂から外に出ると、参道の両側に処せましと露店が並び、ようやく人一人が通れる程度の通路が確保されているような状況でした。
この寺は紅葉の時期だけ拝観料を取る仕組みのようですが、それなら入場料でしょう。
総門の内側の境内にあれだけの店舗を並べるという商法も、宗教施設という観点からすれば大いに疑問です。
せっかくの見事な紅葉が、なんだか興醒めです。

晩秋の京都、紅葉と人いきれを堪能しました。
もっとじっくり見学したかったのですが、こんも時期では止むを得ないでしょう。
(終わり)
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by kanekatu | 2011-12-01 09:12 | 京都 | Comments(0)

京都の紅葉2011(上)

11月26-27日に京都の紅葉狩りとシャレこみました。
ツアーで旅行社は旅行計画社。東京からの往復はANA、市内観光は商都観光のバスです。
今年は秋の気温が高めで紅葉が遅れぎみ、この週末が最盛期とあって最高の人出となっていたようです。
伊丹空港かた最初の観光地。大原三千院に向かう道路は高速から渋滞がはじまり、到着は大幅におくれてしまいました。
当初はここで簡単な昼食の予定でしたが時間がなく、「濡れおかき」を一袋買いこんで食べただけ。
宸殿は人にまみれて歩くだけという状況で、何も見えず。
ようやく境内の庭に出てから景観を眺めることができました。

♪京都 大原 三千院  恋に疲れた 女が一人
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♪結城に塩瀬の 素描の帯が 池の水面に 揺れていた
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杉木立のむこうに屏風絵ような紅葉が見えます。
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大原から南禅寺に向かう道路も大混雑。
見学時間が15分ということで方丈や南禅院の見学をあきらめ、山門にのぼりました。
ここはさすがに「絶景」です。
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山門のすぐ脇の紅葉です。
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こうして写真でみると人が多く感じないかも知れませんが、たまたま少ない時をねらって写したもので、南禅寺の広い境内も人で埋まっていました。

三番目は東福寺でしたが、こちらは寺に入るまでが大行列。
お目当ての通天橋は後ろから押されて気が付いたら外へ出ていたという状況。まるでベルトコンベアに乗っているような気分です。
残念ながら撮影は断念です。

一日目の最後は清水寺で、到着は夕方近くになりました。
三年坂は往き帰りの人でごった返し、こちらも大渋滞。
ようやく本堂にたどり着いた頃は、陽が暮れかかっていました。
清水の舞台から下の紅葉を写したものです。
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本堂から地主神社を写したもので、人人人です。
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西山に陽が沈み、本堂は屋根の形しか見えません。
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三重塔のシルエットだけが夕景に浮かんで見えます。
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清水坂におりると、ライトアップ(別料金)を見ようと既に多くの観光客が待機していました。

京都は古来からの景観を守るため、永らく建物や道路など開発への規制を行ってきました。
かつての京の風情がそのまま残されていて、私たち観光客にとってはとても魅力的な街です。
しかし観光客が落とす膨大な拝観料は宗教施設ということで無税でしょうから、自治体の財政を豊かにするわけではありません。税収入にならなければ、市民生活には還元されないわけです。
参道の土産物店などは恩恵を受けるでしょうが、道路は狭いし物価は高く、その他の市民にとっては生活しづらい街だということを聴いたことがあります。
名称こそ拝観料ですが、実際はテーマパークの入場料と差はありません。
京都の人気寺院は商売が上手で、拝観料を徴収しておきながら特別の施設は別料金にしたり、境内の施設を細切れにしてそれぞれ拝観料を取るなど、かなりエゲツナイ商いをしている寺院もあります。
また拝観コースの途中に土産物店を並べている寺院もあります。
こうした収入の多い一部の寺院に対しては、実質的には観光収入であるということで課税するという手は無いものでしょうか。
伝統文化の保存と市民の生活権を両立させる妙案はと、余所ごとながら考えてしまいました。

泊まりは大阪市内のビジネスホテルでした。
疲れたので近くのコンビニでアルコールと食料を買って室内で食事、後はバタンキューでした。
(続く)
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by kanekatu | 2011-11-30 16:17 | 京都 | Comments(1)

深緑の京都ぶらり半日散策

2010年6月6日、所用で大阪に行きましたが、午後2時までに大阪梅田に着けばいいので、せっかくだからと午前中に京都の町を散策しました。
京都駅に9時50分に着き、そこからJR嵯峨野線に乗り換え花園駅に下車。

先ずは駅前の寺院「法金剛院」に向かいました。
平安時代末期に待賢門院によって再興された寺で、花の寺として広く知られています。
庭園の池には蓮をうかべ、極楽浄土を表しています。
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池の辺には花菖蒲が。
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ツツジや紫陽花も美しい花をつけていました。
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浄土庭園の真ん中に小さな島があり、これが池のアクセントになっていました。
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礼堂から上がって、広縁です。
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仏殿は質素で一見すると倉庫のような建物でした。
中央は阿弥陀如来像で、向って右側には僧形文殊菩薩像が安置されています。いずれも重文です。
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「法金剛院」から徒歩で約10分、「妙心寺」に到着。
無相大師を開祖とする臨済宗大本山で、七堂伽藍が一直線に並ぶ姿は壮観で、46の塔頭を有する日本最大の禅寺です。
また天井雲龍図がある法堂と、明智風呂とよばれる浴室があることでも有名です。
手前が仏殿。
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こちらは法堂。
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小方丈に、
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大方丈。
伽藍は全て重文に指定されています。
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塔頭の多くは非公開なため、以下は門の外から庭先を撮影したものですが、いずれも美しい景観を呈していました。
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公開されている塔頭の中には名勝庭園に指定されているものもあるのですが、今回は先を急ぐためカットです。

北に向かって約15分、途中嵐電の踏切を越えて間もなく正面に「仁和寺」が見えてきます。
真言宗の大本山にして世界遺産、「御室(おむろ)御所」として親しまれていて「御室桜」の名所でもあります。
「仁和寺」の見所としては、やはり庭園でしょう。
宸殿を中心に、南には白砂と杉松の枯山水の庭があります。
砂の白さが眼に沁みるようです。
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南庭の右手奥に二王門が見えています。
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こちらは勅使門です。
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書院は西に黒書院、南には白書院があります。
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北側には池泉のある北庭があります。
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重文の五重塔は江戸期に建てられたもので、上から下まで屋根の大きさが揃っています。
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「仁和寺」を発ってから御室のバス亭に戻り、バスでおよそ40分で四条河原町へ。
そこから阪急特急で大阪梅田に着いたのが午後2時の少し前。
なんとかギリギリ間に合いました。
京都―花園―法金剛院―妙心寺―仁和寺―御室―四条河原町というコースで、所要時間は約3時間でした。
半日の手軽な散策コースとしては、お薦めだと思います。
駆け足でしたが、深緑の京都の魅力を味わうことができました。
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by kanekatu | 2010-06-10 10:59 | 京都 | Comments(0)

紅葉狩りに洛東へ(下)

前回ご紹介した「洛東巡り一筆書きコース」ですが、各寺社を丁寧に観ていたら、とても一日では周りきれません。今回はあくまで紅葉狩りということなので、紅葉を観ることを目的とした観光コースになります。これが春の観桜となれば、同じ洛東巡りでもコースは大きく変わります。このように京都観光は四季折々で楽しみ方が変化するのが、大きな特徴です。

【南禅寺】
地下鉄東西線の蹴上でおり、水道橋のトンネルをくぐって徒歩5分、南禅寺に着きます。歩道をはみ出す程の混雑ですが、昼食時間にかかり団体客が減るので、多少はゆっくりと見学ができました。
先ずは三門に向かいます。
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三門前の庭も紅葉真っ盛りでした。
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三門の上に登り、周囲の紅葉を見物。絶景かな絶景かなです。
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本来はここで永観堂に向かうのが本筋でしょうが、そうなるとこの付近で湯豆腐料理の店で昼食をとらなければなりません。目的地の毘沙門堂に行くために、止むを得ずパスして蹴上に引き返し、再び地下鉄で山科に行き、ここで遅めの昼食をとります。

【山科疏水】
琵琶湖から京都まで水を引くためにつくられたものが琵琶湖疏水ですが、その中で山科を通る約3kmを山科疏水と呼んでいます。遊歩道が設けられ、散策しながら川辺の紅葉を楽しむことができます。
山科駅から徒歩で約15分で疏水の遊歩道に合流。そこからおよそ全長の半分位の距離を歩きましたが、風が吹くたびに黄色い落ち葉が、蝶のように舞いながら水面に散っていく光景は、とても美しい。
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【毘沙門堂】
山科疏水にかかる安朱橋から山側へおよそ10分で、最終目的地毘沙門堂に着きます。
天台宗の門跡寺院ですが、京都の中心地から離れているのと、駅から徒歩でしか行けないため、あまり人気が高くないのですが、紅葉の名所としては京都屈指のスポットです。
山腹にあるため石段を登りますが、正面は勅使門です。
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境内の紅葉も真っ盛りです。
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本堂の中庭の見事な紅葉です。
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晩翠園の観音堂周辺の紅葉です。
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弁天堂の紅葉です。
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紅葉狩りに満足して徒歩で約20分、山科駅に着き、JRで京都駅に戻りました。
コース1周が昼食を含めておよそ8時間、少々無理をすれば東京から日帰りも可能です。
京都の紅葉は場所によって最盛期が異なりますので、事前に情報をチェックして出掛けることをお勧めします。

―終り―
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by kanekatu | 2008-11-23 10:59 | 京都 | Comments(2)

紅葉狩りに洛東へ(上)

大阪に行く用事があり、せっかくなので紅葉真っ盛りに京都を一日観光することにしました。
京都の紅葉名所は大原、嵐山、北山など見所が沢山ありますが、時間に限りがありましたので洛東中心の観光となりました。
そこで京都駅から出発して、電車の乗り継ぎと徒歩だけで移動し、一筆書きで京都駅に戻るというコースを考えました。拝観が含まれるため、時間は9時から16時までとなります。
辿ったコースは次の通りです。

京都―(JR)―東福寺・・・東福寺・・・東福寺―(京阪)―祇園四条・・・八坂神社・・・円山公園・・・知恩院・・・青蓮院・・・東山―(地下鉄)―蹴上・・・南禅寺・・・蹴上―(地下鉄)―山科・・・山科疎水・・・毘沙門堂・・・山科―(JR)―京都
(―電車、・・・徒歩)
このコースの利点は、ハイシーズンで団体客が混み合う東福寺を朝一番に、南禅寺が昼飯時になるため、比較的空いている時間帯に見学できることです。
又バスを使わないため、時間遅れがありません。

このコースのヴァリエーションとしては、次のコースが考えられます。
①知恩院の後に下がって、高台寺、清水寺に回るコース。
②南禅寺の後、永観堂から哲学の道に向かうコース。
いずれも帰路はバスを使うことになります。

【東福寺】
JRで京都から一駅で東福寺駅下車、徒歩10分で着く東福寺は紅葉の名所なので、団体客で埋まります。それでも朝9時となると混雑は始まらないので、比較的ゆっくり観て回れます。目的は紅葉狩りなので、真っ直ぐに通天橋へ。
この寺の特長は何といっても、境内の中を東西に三ノ橋川が流れ、そこに三つの渓谷が開かれていることです。三本の橋の内、中谷にかかる通天橋が紅葉の名所です。
先ずは橋の上から、正に全山紅葉の趣です。上に見えるのは臥雲橋です。
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谷に下りる途中で、紅葉を上から撮影。この日は中国からの団体客が多く見られました。中国も紅葉は観られますが、殆んどが黄色のもので、こうした真っ赤な紅葉というのは珍しいのだと思います。
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一部落葉が始まっていて、落ち葉の絨毯というのも風情があって良いですね。
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【円山公園】
京阪に乗り祇園四条駅で下車。南座、祇園一力を右に見て真っ直ぐ突き当たりが八坂神社。お参りして円山公園へ。池の辺に美しい紅葉が観られました。
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【知恩院】
南門をくぐって知恩院の石段へ。ここは浄土宗の総本山です。
男坂を上って正面に見えるのが国宝の三門で、木造の門としては世界最大といわれています。
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毎年の大晦日、NHK恒例の「行く年来る年」に必ず登場する知恩院の大鐘楼です。
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方丈庭園の池の水面に、辺の紅葉が映っていました。
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【青蓮院】
知恩院の北隣にある門跡寺院。親王が代々の門主となっていました。
池泉回遊式庭園を中心に紅葉が観られます。
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―続く―
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by kanekatu | 2008-11-20 17:53 | 京都 | Comments(0)

真夏の京都・洛北寺巡り その2

2日目は先ず上賀茂神社へ。
上賀茂神社の正式名称は「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」と言いますが、名前の通り雷神です。
678年に本殿が造営されたとあり、745年には天皇が病気祈願に訪れ、以来皇室ゆかりの神社となりました。
一時衰退したそうですが、徳川幕府の庇護により再び隆盛して、明治以後終戦まで官幣大社として伊勢神宮に次ぐ全国筆頭に位置していました。

バス停の近くに神社の巨大な「一の鳥居」が立っており、ここから北に向かって境内が拡がっています。
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やがて正面に白砂で作られたきれいな円錐形の「立砂」(盛砂)と、その奥の建物「細殿(拝殿)」が見えてきます。この日は猛暑でしたが、写真からもそれが窺えると思います。
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「立砂」は、神様が降臨したとされる神山を形どったもので、鬼門などにまく清めのお砂の起源はここにあるらしく、盛り塩もここから始まったようです。

「細殿」の東側に「舞殿」が建っています。「舞殿」は、かつて勅使御拝の殿舎として使われていました。
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朱塗りも鮮やかな「楼門」です。この建物だけがカラフルです。
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境内の建物42棟の殆どは1628年に再建され、それぞれ重要文化財に指定されています。
本殿と権殿(本殿のコピー)は1863年の造営で、こちらは国宝です。
又上賀茂神社全体は、世界文化遺産に登録されています。
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この神社で感心するのは、拝観の際に神官が境内を案内してくれることです。これは下賀茂神社も同様でした。
一方、京都の寺で拝観の時に案内をしてくれる寺は、極めて稀です。この点は、寺側は大いに見習って欲しい。
宗教施設を有料で拝観させるのですから、その程度の努力は必要だと思います。
土産物売り場にばかり力を入れる寺は、宗教施設としては失格です。

京都市街の最北は北大路ですが、その通りに面して大徳寺がります。
大徳寺は臨済宗大徳寺派の大本山で、山号は龍寶山。
鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師が開創しました。
室町時代には応仁の乱で荒廃しますが、トンチでお馴染みの一休和尚が復興します。
桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提を弔うために総見院を建立します。
そこで全国の諸大名が競って塔頭を建立し、白壁の掘に囲まれた中には22もの塔頭があります。
しかし、常時拝観が可能な寺は、龍源院・瑞峯院・大仙院・高桐院のわずか4院なのは残念です。

写真右端の大きな屋根の建物は法堂で、1636年に再建されたものです。
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山門は一休禅師の時代に1階部分が造られ、のち千利休により2階部分が設けられ金毛閣と名づけられました。
この2階に利休の像を安置したことから秀吉の怒りをかい、千利休自決の原因となった話は有名ですね。
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大徳寺の七堂伽藍は全て国宝か重文に指定されていますが、これも全てが公開されているわけではありません。

その公開されている寺院の一つ大徳寺北派の本庵である大仙院は、1509年大聖国師が開祖で創建されました。
大聖国師作と伝えられる枯山水の庭が有名で、石組と白砂で中国の山水画を思わせます。この庭を眺めながら、ゆっくりと抹茶を頂きました。
この庭園は、国の特別名勝になっています。
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蓬莱山から大海に至るにつれて、海だけの簡素な庭になります。
実はこの庭園は撮影禁止だったのですが、ついうっかり注意を見逃してしまい、数枚撮影してしまいました。
でもあまりに見事な庭園なので、ここに紹介することにしました。
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方丈は、禅宗方丈建築としては日本最古のもので、国宝に指定されています。
珍しくこのお寺は係の方のガイドがあり、感心しました。

龍源寺は1510年前後に創建され、表門、本堂ともに創建当時のもので、室町時代最古の禅宗方丈建築です。
ここの庭園も見事でした。
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こうしたちょっとした光景も、京都でしか見ることができません。
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一泊二日の忙しい旅程でしたが、洛北のいくつかの寺社を見て廻ることができて、満足しました。
何度も同じ事を言うようですが、やっぱり京都の街は世界一です。
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by kanekatu | 2006-09-19 19:33 | 京都 | Comments(0)

真夏の京都・洛北寺巡り その1

「夏どこに行こうか」「京都」という妻の鶴の一声で、8月19,20日京都に一泊旅行です。国内旅行については、昔から我家は婦唱夫随です。よく考えると、旅行だけじゃないですけどね。
今回は妻のリクエストで大原を中心に洛北へ。

 ♪京都 大原 三千院
  恋に疲れた女が一人・・・♪
1966年に「女ひとり」がヒットするや、大原も三千院もがぜん有名な観光地となりました。今も昔も、ヒット曲の影響というのは絶大です。

鯖街道という言葉を聞かれたことがあると思いますが、福井県の若狭地方で獲れた鯖などの魚貝類などを京都に運ぶための街道です。若狭から京都市左京区の出町柳まで、現在は国道367号になっています。
京都市中から北へおよそ12キロ、山に挟まれた谷間の道を走ると、やがてのどかな田園風景が広がってきます。そこが大原です。
途中ハ瀬を過ぎたあたりから、旧鯖街道に入りました。乗用車がすれ違うのも難しいほどの細い道をしばらく走ると、最初の目的地である寂光院に着きました。

寂光院は、平家物語のヒロインの一人建礼門院が、侍女の阿波内侍とともに余生を送ったところとして有名な尼寺です。
壇の浦の合戦で建礼門院は幼い安徳天皇を抱いて入水しますが助けられ、その後この地でわが子・安徳天皇と平家一門の冥福を祈り、生涯を終えたと伝えられています。
本堂は淀君の手で再興されましたが、残念なことに2000年に起きた火災(放火と見られる)により焼失してしまい、現在の本堂は2005年に再建されたものです。
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そんな建礼門院を哀れんで後白河法皇がここを訪れたといわれていますが、それが有名な平家物語の「大原御幸」です。
「池のうきくさ 浪にただよい 錦をさらすかとあやまたる 中嶋の松にかかれる藤なみの うら紫にさける色」と読まれた樹齢千年の姫小松が画像右端に見えますが、先の火災で2年前に枯れ死してしまいました。モッタイナイですね。
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どことなく寂しさが漂う境内の景色です。
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それにしても火災による被害は本尊にも及んでいて、実に痛ましい。
歴史的価値の高い寺ですが、人気がイマイチなのは気の毒なことです。

タクシー運転手さんのお勧めで、車で10分程度かかる古知谷にある阿弥陀寺を見学することにしました。
この阿弥陀寺は、1609年弾誓(だんぜん)上人が開基した如法念仏の道場で、山深い場所にあります。
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本道の中に安置されている阿弥陀如来坐像は国の重要文化財に指定されています。
又この寺は皇室とも縁が深く、閑院宮並びに有栖川宮(勿論本物のですよ)の祈願所となっていました。
このご縁で高松宮、東久迩宮、最近では秋篠宮が、それぞれ参拝に訪れています。
こうした由緒ある寺ですが、いわゆる観光コースから外れているせいか、拝観に訪れる人も多い日で10名程度とか、寂しい限りです。
京都の街を歩いて感じるのですが、ごく一部の「勝ち組」寺社と多くの「負け組」寺社に分かれているような気がします。
ここでも格差が拡大しているのでしょうか。

参道の脇を流れる実相の滝です。
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寺の門ですが、随分と変った形をしています。
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大原に戻り、先ず宝泉院へ。
松竹梅を配した額縁庭園がありますが、脇の窓から1枚、なにせこういうショットが好きなもので。
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格子ごしに見る鶴亀庭園です。
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新たに作庭された宝楽園。
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こうした新規の設備投資が出来るのも、参拝客が多いからでしょう。
元々は勝林寺の坊である宝泉院ですが、結構人が入っているのは、偏に三千院の直ぐ近くというロケーションのせいでしょう。

さて唄に歌われた三千院、伝教大師最澄が開基したとされていますので、9世紀頃に建立されたと思われます。
以来この大原の地は、天台声明の修行の地として信仰を集めます。
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当日はいつもより参拝客は少ないとのことでしたが、どうしてなかなかの繁盛です。
土産物売り場の多い寺で、商売上手です。
その甲斐あってか、ここ最近建てられたと思われる新しい建物が多い。
反面、国宝の阿弥陀三尊像は遠くて良く見えない。

こちらは三千院の中心である往生極楽院です。1148年建立とされていますが、見た目は新しく感じます。
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庭にある童地蔵という変ったお地蔵さまです。
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商売熱心なチャラチャラした寺というのが、私の三千院に対する評価です。
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by kanekatu | 2006-09-16 12:57 | 京都 | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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