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パキスタン見聞録(4)マクリー・ヒル

パキスタンの世界遺産は現在6か所ですが、その一つがタッター郊外にある二つ文化遺産です。
最初に訪れたのは「マクリー・ヒル」というイスラム教の共同墓地です。「マクリー」とは「小さなメッカ」を意味し、ここ15k㎡の土地に100万基もの墓や霊廟が建てられています。
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13世紀に聖者の霊廟が建てられたのが最初で、18世紀にかけて次々拡大していったものです。
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ドームが落ちてしまったものもあり、この様な補修も進められています。
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墓石を覆う布はお墓詣りに来た人が置いたもので、貧しい人がこの布を持ち去りお金に換えることができます。喜捨の意味もあるんですね。ビニールシートは雨よけでしょう。
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数ある廟の中で最も美しいのがジャーニィ・ベッグ廟で、青色タイルを巧みに使っています。
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入口のデザインは青タイルと焼きレンガの組み合わせに当時の職人たちの技を感じます。
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ドームの中にある墓石。
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ドームの天井のデザインが素晴らしい。
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タイルの青色は恐らくイランから伝わったものでしょう。
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イサハーン・タルハーン廟のドームは周囲を塀に囲まれています。
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17世紀に建てられたこの霊廟は、タルハーン王朝の国王の名が冠されています。
ドームの外側に置かれた墓石。
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ドームは現在補修中。
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ドームの入口も内部も青タイルを一切使用せず、焼きレンガだけで作られています。
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柱だけで構成されているのがイサハーン・タルハーン廟の最大の特長です。
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内部に置かれたイサハーン王と王妃の墓石。
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ディワン・シュラファ・ハーン廟は大臣の霊廟ですが、実力者だったのでしょう。周囲を塀に囲まれています。
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ドームの屋根に青色タイルが使われていて豪華な印象です。
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出入り口部分のタイル装飾が素晴らしい。
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ドーム内の大臣の家族の墓石。
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ドームの内側のモザイクの装飾は他の霊廟にない特長です。
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大臣の墓石だけに付けられていた立派な彫刻。
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見学時間が1時間ほどだったので、ごく一部しか見られなかったのですすが、全体の規模も大きさと、個々の霊廟の建築、装飾技術は素晴らしいものがありました。

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by kanekatu | 2017-02-28 08:49 | パキスタン | Comments(2)

パキスタン見聞録(3)チャウクンディ

カラチから東へおよそ30㎞、チャウクンディは16-18世紀に建てられた墳墓群です。
砂岩で造られた大小無数の墓石が立ち並んでいます。
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周囲に何もない砂漠の中にポツンと置かれている墓地ですが、規模は世界最大と推定されています。ちょうど朝日が昇ってきました。
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ここの墓石の特長は赤い砂岩の表面に彫られた幾何学模様です。
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墓石は南北方向に並び、地下に土葬されている遺体の顔がメッカの方向に向いているので、イスラム教徒の墓であるのは間違いないようです。
ただ、イスラム教では墓は質素なものでなければならないと定められているので、なぜこの様な大きな、しかも装飾性の高い暮石にしたのか、謎が残されています。恐らくは特定の部族、それもかなり有力な部族の墓であったと推定されています。
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サイズの大きなものは位の高い人の墓と推定され、さらに上位の階級の人の墓はドームに覆われていると考えられています。
このドームは最大規模のものです。
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ドームの下に墓石が並んで置かれていました。
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上部に宝冠が置かれている墓で、高貴な方だったのでしょう。
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右下の部分を拡大すると、乗馬の人が描かれている。イスラム教徒の墓石としては極めて珍しいものです。
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遥かかなたまで置かれている墓石は1万とも1万5千とも言われています。
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上部にターバンが置かれているのは男性の墓で、無いものは女性の墓です。女性の墓の場合、ネックレスなどの装飾品が幾何学模様で表されています。
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カラチ近郊の風景で、日本でいえばサービスエリアのレストランで、運転手さんたちが食事をしている風景ということになります。
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これは集合住宅でしょうか。パキスタンの中では比較的きれいな建物です。
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ガイドが「パキスタン人の8割はアメリカが嫌いです」と言いました。
それはそうでしょう、同国には米国のアフガニスタン侵攻の最前線基地が置かれましたが、アルカイダの拠点がアフガンとパキスタン国境付近にあるということで攻撃を受け、パキスタンの民間人も犠牲になりました。その結果としてパキスタン・タリバンという勢力が生まれ、これを抑え込もうとしたパキスタン政府との間に戦闘が起こり、それが今に至るテロに結びついています。
加えて、米国がビン・ラディンをパキスタン国内で殺害したとの一方的な発表が、反米感情をさらに強くしたようです。
ガイドの口からは、最近のトランプのイスラム教排除の政策にも嫌悪感を強めたようです。
またガイドは、中国への警戒感を口にしました。いま中国はパキスタンの道路や港湾整備を無償で行うなど積極的に援助していますが、彼らの目的はインド洋(アラビア海)の港の長期借用であり(海路)、中国からパキスタンの港への陸上輸送の確保(陸路)だと。このままだとやがてパキスタンは中国の属国になってしまうと危機感を露わにしていました。
いわゆる中国の真珠の首飾り戦略では、パキスタンは重要な位置を占めているのです。
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北京―イスラマバード間の飛行機の、満席の乗客の大半が中国人だったのには理由がありました。
これからアジア各国は米国と中国との間で揺れ動かざるを得ないという、嫌な予感がします。

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by kanekatu | 2017-02-26 05:39 | パキスタン | Comments(2)

パキスタン見聞録(2)カラチ

ここで遺跡にかかわる大まかなパキスタンの歴史を見ておきましょう。
インダス文明:紀元前2600-1700年頃
ガンダーラ王国:紀元前5世紀-11世紀、1-5世紀に最盛期。
ムガール帝国:16-19世紀、16世紀後半-17世紀に最盛期。
パキスタンというのは「清らかな国」、イスラマバードというのは「イスラムの街」を意味しています。分かり易い。
2日目の朝、パキスタン航空の国内便で首都のイスラマバードからかつての首都カラチへ。このツアーはカラチを出発点としてインダス川に沿って北上しイスラマバードがゴールとなるコースをとります。
長旅の疲れと寝不足のままの移動ですが、それでも2時間弱ホテルで休めたというのは体に楽です。
1時間半ほどの飛行でカラチに到着。写真は着陸前のカラチ付近の写真。
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カラチはパキスタン南部シンド州の州都であり、パキスタン最大の都市です。
カラチ国際空港で、現地ガイドのアリさん、サリヌさんがお出迎え。二人とも流ちょうな日本語で、観光先の説明も丁寧でした。
一行18+添乗員1=19名がマイクロバス2台に分乗し、このまま最終日まで各地を観光しました。
小さなバスなのでスーツケースなどの重量物は全てバスの屋根の上に。
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途中、すれ違ったバスには屋根の上に多くの乗客が乗っていました。聞いてみたらごく普通の光景で、料金は車内より高いそうです。暑い季節になるととても車内では耐えられなくて、こうして屋根にのぼるか、社外にしがみつくかして乗車するそうで、でも料金はきちんと取られます。
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こうした高層ビルも車窓から見られました。
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先ずは昼食。ビュッフェスタイルで、メインはナンとカレー。これは旅行中のメニューに基本です。
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レストランは庭にに大きなテント張った簡素なものですが、元は城郭だったらしく塀だけは立派でした。
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門番は鎧をつけて槍を持ったおじさんが立っています。
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こちらは見せかけで、反対側には自動小銃を持った警備員が二人いました。
銃は警備会社が許可を取ればそこの警備員は持つことが許されるそうで、一般には銃の所有は禁止されているとのこと。
他に、アフガン国境に近い部族地域では国の法律とは別に、銃を持つことは許されているとの説明でした。
パキスタンでは主要なホテルやレストランでは、こうした銃を持った警備員が必ずといって良いほど配置されていて、テロへの脅威に備えています。

午後から国立博物館を見学。
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目玉はモヘンジョダロ遺跡から発掘された小さな銅像で、これが神か王かというのがインダス文明を解く上の大きな問題になっています。
残念ながら内部は撮影禁止で、他にはあまり重要な展示物は無かったようでした。
外に出たら、見学に来ていた女生徒たちのグループに遭遇。ここからは臨時の撮影会で、イスラム国では女性にカメラを向けてはいけないルールになっていますが、彼女たちはそれぞれポーズを決め積極的に撮影に応じていました。
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この旅行中、先ず「ニーハオ」と声をかけられ、「ジャパニーズ」と応じると握手を求められたり、撮影に応じてくれたり。時には先方から写メされたり、サインを求められたりとモテモテでした。
日本が国内の学校など公共施設への援助を行ってきたのも、親近感を持たれている理由の一つではなかろうかと思います。
こうして最後まで気持ちの良い旅を続けることができました。
夕方は早めにホテルにチェックインし、7時頃から夕食。ホテル側が気を利かして屋外のレストランでのバーベキューを用意してくれたのですが、これが寒くて震えました。急いで部屋に戻り、冬のコートを羽織って食事をしました。
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旅行社からは事前に、日中は20-25℃位まで気温が上がると聞いていたので、なんとなく春先の気候を予想して服装を準備してきましたが、やはり真冬。夜はかなり気温が下がるうえに、ホテルに暖房設備がありません(あっても大概は壊れていた)。寒さで風を引いた人もいたので、この時期の旅行は服装に注意が必要です。

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by kanekatu | 2017-02-24 09:36 | パキスタン | Comments(4)

パキスタン見聞録(2017/2/3-2/13)(1)イントロダクション

2017年2月3日から11日間のパキスタン・ツアーに参加しました。
旅行会社は西遊旅行、添乗員はMさんで一行18名。
家族から反対されたので、旅行保険をいつもより増額し納得してもらいました。
パキスタンですが、米国のアフガニスタン侵攻以来テロが多発していて、イメージがあまりよくない。
主なテロに関係する事件だけでも、これだけあります。
2011年5月2日、パキスタン国内においてアメリカ軍によりウサーマ・ビン・ラーディンの殺害が確認。
2012年、マララさんへの襲撃事件。
2013年、外国人登山家10人が殺害される。
2014年、カラチ空港襲撃事件。
2014年、ペシャワールでの学校襲撃事件では、生徒132人が殺害される。
反面、北部にはカラコルム山脈とヒマラヤ山脈が連なり、K2を始め8000m級の山々がそびえています。麓には桃源郷と知られるフンザがあります。
西部にはガンダーラ遺跡、南部にはインダス文明遺跡と、観光地としてはとても魅力的な国なのです。
今回のツアーでは、比較的安全とされている南部のインダス文明遺跡を中心としたコースでした。
パキスタンの地図は以下の通り。
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正式国名は、パキスタン・イスラム共和国。
首都はイスラマバード。
宗教は95%がイスラム教、うち75%はスンニ派。
公用語はウルドゥー語ですが、30種類ほどの言語が使われているとのこと。
義務教育制度はありますが、通学できない子どもたちも多い。
通過はルピー(現在、1RS=約1.2円)。
一人当たりGDPは1307ドルで、世界平均の10%の水準。
人口では近いうちにブラジルを抜いて世界第5位に達する見込みですが、その半数は一日2ドル以下で暮らす貧困層と見られています。
日本との時差は-4時間。
東はインド、北東は中国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、南はアラビア海に面し、アラビア半島とは目と鼻の先です。
国のほぼ中央をインダス川が縦断していて、パキスタンの背骨と言われています。
こういう地勢のせいか、国家予算の75%が軍事費と言われています。
面積は80万km²で日本 (38万km²) の約2倍程、人口は約1億9千万人。その多くはインダス川流域の平野部に住んでいます。
現在、成田―イスラマバード間はパキスタン航空とタイ航空のルートがありますが、今回はパキスタン航空利用でした。
パキスタン航空(PIA)といえば、昨年12月に墜落事故を起こしたばかりです。旅行社からもかなりレベルが低いと言われていましたし、事故の後で黒山羊を生贄にしてお祈りをしている写真(以下)がネットで評判になるなど、これまたあまりイメージが良いとは言えません。
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3日、15時30分前後発の便で、途中北京を経由し、およそ12時間かかってイスラマバードに到着しました。
ビジネスクラスにグレードアップしましたが、+10万円と格安で、しかも国内便までビジネスという大サービスです。
アルコール類のサービスが無いのと、映画や音楽などの機内アミューズメントが無い(元々利用しないので不自由はなかった)のと、機内食(以下)が他に比べ質素だったのが欠点ですが、それほど不満は感じなかった。
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それと、この航空会社ではキャビンアテンダントの容姿や身長、年齢を選別していないようで、この点は先進的なのかも。
印象的だったのは北京からの乗り継ぎで大勢のビジネスマンと思われる中国人が搭乗してきたことで、中国のパキスタンへの進出が活発になっている様子が窺われました。
入国審査も大半が中国人で、例によって割り込みもありました。
イスラマバードのホテルに到着したのは午前3時頃、就寝は4時頃でモーニングコールが5時半という強行スケジュール。
これからパキスタンで見たこと聞いたこと、そして感じたことを紹介して行きたいと思います。
前の旅行記を異なり、観光施設ごとの紹介という形式にします。
記事によっては長かったり短かったりしますが、ご了承ください。

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by kanekatu | 2017-02-22 19:42 | パキスタン | Comments(4)

憂きな中にも旅の空


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