伊豆堂ヶ島(2016/11/14-15)

11月14日から1泊2日のバスツアーで東伊豆の堂ヶ島に出かけました。このツアーは観光はせず、温泉に泊まって美味いのもめぐりをするというものです。
堂ヶ島へは54年ぶりで、当時の記憶はゼロです。
14日の朝出発して、東名を富士山を右手に見て三島へ。あいにく天候は悪く小雨まじりでしたが墨絵のような富士が見られました。
昼食は三島市内の「御殿川」でうな重を食べました。
鰻の蒲焼のタイプは大きく東西に分かれ、東では背を開きいったん蒸して余分な油を抜いてから焼きます。そのため鰻はふっくらと焼け、舌に乗せるとトロリろした食感になります。この店の蒲焼は東側タイプなのでしょう、柔らかくて美味でした。
ただ、食べログなどの写真では鰻が一尾ですが、実際に出て来たうな重は半尾でした。きっとツアーの予算の都合で半分になったのでしょう。
なお、私は中部から西側の鰻の蒲焼には美味さを感じません。蒲焼だけは東側に限ります。

三島を出てから土産物店2か所に寄りました。これも旅行社がツアー料金を抑えるための策です。
近ごろ目に付くのは各地で地元のワインを醸造販売する所が増えたことです。しかし地ワインの試飲をしてみても美味いワインには当たりません。
今回2日間で5か所の土産物店への案内がありましたが、概して女性は買い物好きで男はその反対。我が家も典型的です。

夕方の4時半には宿泊先の「堂ヶ島温泉ホテル」に到着。
近ごろはこの手のホテルでは従業員と顔を合わせるのは食事会場だけです。価格を抑えるために人件費を極端に削っているのでしょう。
下の画像は夕食の品々です。右端の鍋には小ぶりのアワビ、他に大きめの金目鯛一匹の煮つけが付いていました。
味は・・・、まあ普通でした。
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この旅館の良さは温泉です。いちおう源泉かけ流しを謳い文句にしています。
大浴場が広く、特に海の見える露店風呂が売り物です。天気が悪かったのが残念ですが、爽快感は十分に味わえました。

15日の朝は朝食を終えたのち、近くの「加山雄三ミュージアム」を起点にして自由行動。
私たちは「洞窟めぐり遊覧船」に乗船。
この一帯はリアス式海岸で沢山の島々が点在しています。
下の画像はホテルから見える「三四郎島」。
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洞窟をくぐるので遊覧船は小型です。

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約20分間の島めぐりに出発。
海水に浸食された島々は、いずれも美しい。
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伊豆は今が紅葉の真っ盛りです。
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亀が島に這い上がってくる様な形をしています。
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象の形をした象島、または伝兵衛島と呼ばれています。
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干潮時には右側の陸地と伝兵衛島とがつながり徒歩で渡れるそうです。これを「トンボロ現象」といいます。
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遊覧船のハイライトである洞窟「天窓洞」の入口。
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ギリギリの幅で船が入ります。
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天井がポッカリと開いています。国の天然記念物に指定。
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洞窟の内部。
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天窓から光が差し込むと海面の色が微妙に変化します。
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今回のツアーで観光はこれだけ。

昼食は南伊豆の「おかだ屋」で。
漁師の賄い料理をアレンジした庶民的なメニューで、合鴨すいとん鍋、金目鯛煮つけ、ミニ刺身、伊豆三味(塩辛など)、小鯵の南蛮漬け、味噌汁、ご飯、香のもの。
いずれも美味でした。
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帰りは西海岸を北上して小田原経由で帰着。
ちょうど伊豆半島を一周した形です。
食べるだけの旅行、こういうのもたまにはいいもんです。


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# by kanekatu | 2016-11-17 11:29 | 伊豆・箱根 | Comments(4)

海外訪問国は79ヶ国

2016年10月現在、海外への訪問国数は78ヶ国です。
国名は下記にリストアップしましたが、基準は観光が1日以上の国を対象としています。立ち寄っただけの国や乗り継ぎで入国した国は除外しています。
( )内の数字は訪問回数で、書かれていない場合は1回です。

<訪問国>

アメリカ(3)
カナダ
シリア
ヨルダン
メキシコ
イギリス
イタリア(2)
バチカン
フランス
台湾
カンボジア
ベトナム
マレーシア
シンガポール
韓国
トルコ
イスラエル
ミャンマー
アルジェリア
中国(5)
香港(中国への返還前)
デンマーク
ノルウェー
スウェーデン
フィンランド(2)
スリランカ
ハンガリー
オーストリア(2)
チェコ
ロシア
リビア
チュニジア
マルタ
インド(3)
ペルー
ブラジル
アルゼンチン
イラン
エジプト(3)
タイ(2)
パナマ
ベネズエラ
コロンビア
エクアドル
南アフリカ共和国
ナミビア
ボツワナ
ウズベキスタン
カラカルパクスタン
トルクメニスタン
イエメン
ドバイ
スロベニア
クロアチア
モンテネグロ
ギリシャ
ラオス
ポルトガル
スペイン(2)
インドネシア
アゼルバイジャン
グルジア
アルメニア
オランダ
ベルギー
ルクセンブルク
ポーランド
ドイツ(2)
モロッコ
コソボ
マケドニア
アルバニア
ボスニア・ヘルツェゴビナ
セルビア
エストニア
ラトビア
リトアニア
スイス(2)
パキスタン


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# by kanekatu | 2016-10-05 18:37 | 海外旅行 | Comments(0)

宮崎県(宮崎市周辺)の観光(2016-9-29_30)

9月末に宮崎県の観光に行ってきました。1泊2日で宮崎市周辺の主な観光地をぐるりと回るツアーです。
宮崎へは以前に仕事で一度、観光では高千穂へ一度行きましたが、宮崎市から青島、日南方面へは今回が初めてです。実際には往復の航空運賃と1泊朝夕食付で3万円ポッキリに魅かれたんですけど。
9月末というのは、夏休みが終わり紅葉のシーズンには間があるという端境期なので安いんでしょう。

キャリアはソラシド航空でLCC初体験です。といってもソラシドはANAの完全子会社で共同運航をしているので、それほど違和感はなかった。
昼前に宮崎空港に着き、「酒泉の杜」へ直行し昼食です。メニューは宮崎といえばご当地グルメの代表である「チキン南蛮」。チキンに衣をつけて揚げ、甘酢に浸して上からタルタルソースをかけたものです。
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「酒泉の杜」は、蔵元雲海酒造直営の観光施設で、お酒やワインの試飲が出来る売店、ガラス工房の「グラスアート黒木」、入浴も出来る「綾温泉 照葉の湯」などの施設があり、結構楽しめます。試飲でいい気持になり、寝酒用に焼酎のワンカップを購入。

最初の観光地は綾町の「綾の照葉大吊橋」で、高さ142mで長さが250m。高所恐怖症の方には不向きです。
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橋を渡った所にある神社で、この裏からハイキングコースになっています。この日は時間がないのでパス。
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ここら辺りはカシ、シイ、ブナ等の森林で、日本最大の照葉樹林帯です。気温は32℃を超えていましたが、気分が良い。

次は「宮崎神宮」で、神武天皇を祭神とし、左の相殿に父ウガヤフキアエズノミコト、右の相殿に母タマヨリヒメを祀ってあります。
門。
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本殿。
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1192年に社殿が造営されたという由緒ある神社ですが、その割には質素な印象でした。

宿泊は「ANAホリディインリゾート宮崎」で、温泉付きの人気ホテルです。室内は通常のビジネスホテル並みですが、遣い勝手は良かった。
下の写真はホテルの中庭。
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夕食は中華のフルコースで、事前には丸テーブルでのフループ会食を予想していましたが、ちゃんと個別の席で1品ずつ運ばれて丁寧な対応でした。
部屋に戻ってポットでお湯を沸かし、持参の焼酎でお湯割りを作って就寝。

2日目はホテルを出てから宮崎市の中心部を通り、青島へ。周囲1.5kmほどの小さな島ですが、226種もの植物が生い茂り国指定特別天然記念物になっています。
ただ持参したカメラの調子が悪く、なぜか望遠の時だけしかシャッターがおりません。ここから先の撮影は苦労しました。画像が悪いのはそのためと思って下さい。
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弥生橋を渡って島内に入ります。
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先ず眼に付いたのは「鬼の洗濯板」と呼ばれる波状岩です。
約700万年前位に海中で出来た水成岩が隆起し、長い間波に洗われてる間に、固い砂岩層だけが板のように積み重なって見えるようになったものです。
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島の入口にある鳥居。
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「青島神社」の祭神は、ヒコホホデミノミコト(山幸彦)とトヨタマヒメ(豊玉姫、山幸彦の妻、海神の娘)で、二人のロマンスの神話からこの神社が縁結びの神として知られています。
高千穂には天岩戸がある位ですから、宮崎県は古事記にまつわる神社が多いのです。
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次の観光は日南市の「鵜戸神宮」で、本殿は海に面した断崖の洞窟の中にあり、祭神は神武天皇の父ウガヤフキアエズノミコトで、縁結びの神として知られています。
大正の初め頃まで、宮崎の新婚夫婦が「鵜戸さん参り」をする風習があったそうです。参拝を終えたふたりを、親族が鈴で飾った「しゃんしゃん馬」を引いて出迎え、花嫁を馬に乗せて連れて帰るという習わしでした。現在は祭りのイベントとして継承されているそうです。
門。
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鵜戸神宮の最大の特徴は、本殿に行くのに階段を下ることです。こうした神社は全国でもここを含め3か所しかないそうです。
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向かって右側は断崖で、左側奥の洞窟の中に本殿はありますが、カメラ不調のため撮影できず。
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最後の観光は「飫肥(おび)城址」で、大手門は銘木飫肥杉で復元造営されています。
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城跡は今は飫肥杉の林になっています。
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周辺一帯は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されていますが、ここは明治の外交官である小村寿太郎の出身地でもあります。
下の写真はその記念碑で、東郷平八郎の筆によるもの。
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小村は日露戦争終結の際は、外相としてロシアとの交渉にあたりポーツマス条約を締結させました。しかし戦勝気分に沸いていた日本に対し、大国のロシアは譲歩せず、帰国後は条約に納得しない右翼らから襲撃されるなど苦難を味わいました。
ここから歩いて15分ほどの所に小村の墓があると聞いて行ってみましたが、大きな墓地の中で表示がなく、どれが小村の墓碑か見分けがつかずに戻ってきました。
帰り道に「ギャラリーこだま」という店があり、ここで昼食。「カツオ炙り重」を注文しましたが、これが美味。2種類のタレに漬け込んだ生鰹を最初はそのままナマで、次に七輪で軽く炙って食べ、最後はご飯の上に乗せて独特のダシ汁をかけてお茶漬けにするというもの。これを肴に冷えたビールがまた美味いこと美味いこと。
もし日南に行かれたら是非お試しあれ。
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最後に日南海岸の景色をいくつか紹介。
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宮崎県の太平洋側の景色は、海岸線の景観としては恐らく日本一でしょう。

2日目の夕方には羽田着という駆け足での観光でしたが、東京の天気と異なり2日とも晴天だったのが何よりでした。
カメラが不調だったのは誤算で、いつもは2台持って行くのですが今回は2日だからいいやと思ったら足をすくわれました。

では又。
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# by kanekatu | 2016-10-03 17:25 | 国内旅行 | Comments(2)

2016年8月アクセスランキング

当サイトでは初めての試みだが、8月のTOP10は以下の通りだった。

1 バルト三国旅行記(2015/6/1-6/10)(1)出発
2 バルト三国旅行記(12)エストニア・タリン①
3 中国シルクロード旅行記(2015/8/14-21)(1)出発
4 熱海「大観荘」に泊る
5 世界の絶景ベスト10「文化遺産・建物」編
6 バルト三国旅行記(2)エストニア・タルトゥ
7 世界の絶景ベスト10「自然遺産」編
8 スペイン・ポルトガル旅行記(1)
9 熱海「小嵐亭」に泊まる
10 モロッコ旅行記(5)
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# by kanekatu | 2016-09-04 11:17 | Comments(0)

スイス旅行8・最終回(チューリッヒ)

7月5日はツアーの最終日で帰国日です。この日は観光のスケジュールが無く、空港に向けてバスが出発する午後3時までは自由行動です。
ホテルが空港に近いので、ホテルからのシャトルバスは空港行きしかありません(しかも片道有料)。従ってチューリッヒの街に出るには空港から列車で行くしかありません。
こういう日程であれば、ホテルは市内にあった方が便利なので、旅行社としては一考を要します。
添乗員が気を利かして希望者全員をチューリッヒ市内まで引率、帰りもチューリッヒ中央駅で待ち合わせ、そのままホテルまで引率してくれたので助かりました。
空港駅で列車の切符を買う際にone day passを購入すると、中央駅との往復料金に若干プラスするだけで市内のトラムやバスが無料で利用できるので、便利です。

チューリッヒの街はとても分かり易い。街の中心をリマト川が流れ、バーンホス通りなどのメインストリートは川に沿っています。川の両側に主な施設が建っているので、迷うことがありません。添乗員から予め簡単なレクチャーを受けていたので、地図無しで市内を散策できました。
チューリッヒ中央駅。
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リンデンホフの丘で、チューリッヒ発祥の地。ここから市街が見渡せます。銅像は1292年にハプスブルク家と戦った女性兵士を讃えて建てられたもの。
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丘から東側を見下ろした風景。
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街の中心を南北に流れるリマト川。
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二つの尖塔を持つ大聖堂は12世紀初頭の建築。内部のステンドグラスはジャコメッティ作。
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聖母教会は12-15世紀に建てられたゴシック様式の建物。内部に入るには有料というのは珍しい。ステンドグラスはシャガール作。
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この辺りから南側がチューリッヒ湖になります。
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チューリッヒ湖畔を散策。風船おじさん。
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若い人たちの語らい。
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スイス旅行記も今回で最終回となります。
いくつか気が付いたことを順不同で述べてみたいと思います。

スイスには真夏に行かれる方が多いでしょうが、山岳部の観光やトレッキングでは寒さ対策が要ります。特に天候が悪いと急激に体温が奪われますので、真冬に近い服装の準備をしておいた方がいいでしょう。基本は重ね着。標高や天候によって服装をこまめに変えるのは煩わしいですが、仕方ありません。

スイスの料理ですが、ツアーで出た食事でいえば基本は肉(ソーセージを含む)とジャガイモで、簡素なものでした。味は、普通に食べられます。ツアーではいくつか食事無しというのがあり、各人がレストラン等で自由に食事をとったのですが、美味かったという話題はきかなかったので、料理の点ではスイスにあまり期待できないという印象です。
ワインは生産が盛んですし、ビールも自国で醸造しています。味は普通だと申し上げておきましょう。ただ、ほとんどが自国で消費し輸出が限られているので、せっかくだからスイス製のものを飲んだ方がいいでしょう。

買い物ですが、これは他の欧州諸国でも同じことが言えますが、日曜は土産物店を除き休みです。夕方は飲食店を除き7時頃には閉店する店が多い。日本でいうコンビニは無いようで、代りに駅のキオスクがあります。
スーパーマーケットは都市や大きな町村にはありました。こちらは日曜でも営業しているようです。閉店は午後の6時か7時頃になるので、利用する際は時間に注意した方がいいでしょう。以前はスーパーでも2時間程度の昼休み(シェスタ)があった様ですが、今は続けて営業しているようです。ただ、私が入ったスーパーで、アルコール類は昼休みには扱っていないという店がありました。

試しにスーパーでおつまみにサラミ風のソーセージと、軽食としてサンドイッチを買いましたが、サンドイッチは日本のコンビニの方がはるかに美味い。ソーセージはあまりの不味さに一口食べただけで後は捨てました。私の選び方が悪かったのかも知れませんが。チーズは日本人に合わないものがあると聞いていたので、朝食の時のバイキングで、食べられそうな銘柄を覚えておいて買いました。

ワインはスーパーで買うのが良いと思います。陳列棚にはもの凄い種類のワインが並んでいるので迷ってしまいます。大半がドイツやフランス等からの輸入品で、スイス産を見つけるのは値札にスイスの国旗が付いるのを目安にするといい。銘柄は好みがあるので、添乗員や現地ガイドの意見を参考にした方がいいでしょう。私が聞いた範囲では、白なら「ファンダン」「ヨハネスブルク」、赤なら「ドール」「ハイデ」といった辺りがお薦めでした。お土産にワインを買って帰りましたが(他に買うものがなかったので)、家族には好評でした。
ホテルの部屋で飲むのにはドイツ製テーブルワインを買い、価格は3スイスフランでしたが晩酌用には十分でした。

ワインで面白かったのは、レストランでテーブルワインを注文すると、100mlにつき何スイスフランという価格になっていることです。正確に測ってワイングラスに注いでくるんです。ビールのジョッキには液体をここまでという線が入っていて、その通りに入れてきます。ドイツもそうですが国民性ですね。

ホテルは今回いずれもスーペリア以上という事でしたが、部屋の広さは相当に差がありました。他の欧州の国と同様に冷房設備がないホテルが多い。場所によっては寝苦しいと感じる場合もあります。今回はバスタブ付きの部屋が多かったが、一斉にバスを使うと湯の温度がどんどん下がってしまうというケースもありましたので、注意が必要です。浴室に石鹸とシャンプーの片方しか備えられていないホテルもあるので、気になる方は予め日本から用意した方がいいでしょう。

添乗員から、スイスはチップの制度があると聞いていましたが、ありません。不要です。特別なサービスを受けた時に、心づけとして渡す程度と考えておきましょう。レストランで支払いの際に端数が出た場合は、釣銭をそのまま置いてゆく程度でいいでしょう。ホテルの枕銭も不要です。

スイス旅行では何より景色が最高のご馳走であり、お土産だと思います。

最後までお付き合いいただいた方、有難うございます。
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# by kanekatu | 2016-07-28 08:23 | スイス | Comments(2)

スイス旅行7(ベルニナ線 ザンクトガレン)

7月4日、前泊したサンモリッツのホテル・ノルダ。今回のツアーでは最もグレードの低いホテルでした。
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ホテルからバスでサンモリッツ駅へ。途中の車窓風景
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ベルニナ線は、スイスのサンモリッツと、イタリアティラーノ間の高低差1824mを、約2時間で結ぶ路線です。最大勾配が100分の7ありながらラック式鉄道ではなく、通常のレールを使った粘着式鉄道で運行させていて、粘着式鉄道としてアルプス最高地点を走ります。世界遺産。
私たちはサンモリッツ―モルテラッチ間のおよそ30分間だけの乗車で、まあ、記念のために乗ったという所です。
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モルテラッチ駅を降りると駅前にレストランがあり、可愛らしい店員を見つけました。男性客は全員がカメラを持って近づき写真を撮っていました。ったく、いい年して、なんて、私もその一人だったんですがね。
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ここから約1時間のハイキングで、目的はモルテラッチ氷河を見るためです。
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真ん中の木の向こうに青く見えるのが氷河で、まだ相当に遠い。片道30分でどこまで近づけるか。
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1970年と書かれた標識は、この年にはここまで氷河があったことを示しています。今では遥かかなたで、氷河の後退がいかに酷いかが分かります。
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ようやくモルテラッチ氷河の姿がはっきりと見えてきました。ここが1980年の場所です。しかし、ここまでで30分を費やし、残念ながら戻るしかありません。
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ここも景色の美しい所です。
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バスでサルガンス駅に移動し、
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駅構内にあるレストランで昼食。メインはチキンだった様な気がします。
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モルテラッチから約3時間バスで移動、午後からは世界遺産の街・ザンクトガレンの観光です。
駅前から大聖堂に向かう道路がメインストリート。
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この街の目玉は図書館で、グーテンベルク時代の印刷本を始め17万冊を蔵書、中世ヨーロッパの学問の総本山と呼ばれていました。
内部を見学しましたが、まるで美術館の様な壮麗な内装は確認できたものの、館内は薄暗く展示物の内容を確かめることはできません。タイトルや説明文も読み取ることが出来ず、早々に退散しました。
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大聖堂は二つの尖塔を持っています。
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大聖堂前の広場で寛ぐ人々。
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ザンクトガレンの街を最も特徴づけるのは、建物に取り付けられた出窓だろうと思います。
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石造りの建物に木製の出窓を取り付けたものですが、17世紀以後にこの街の商人たちが豊かさを誇示したり、貿易商が自分の扱う商品を宣伝したり、単なる飾りとして凝った彫刻を施したものもあります。私が知る限りでは、こうした特異な出窓はこの街でしか見られないと思います。
趣味の良し悪しは別として、それぞれ一見の価値はあります。
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上の画像の一部を拡大すると、舌をベロリと出した顔が彫られています。奇抜なデザインですね。
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バスで1時間半移動し、チューリッヒへ。
夕食はゲシュネッツェルテス、仔牛肉のシチューです。チューリッヒ名物だそうです。
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スイスでの最後の宿泊はチューリッヒのヒルトン・チューリッヒエアポート。
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# by kanekatu | 2016-07-26 09:15 | スイス | Comments(0)

スイス旅行6(氷河特急)

7月3日は、早朝にツェルマットを出発、バスでフルカ峠を越えて、アンデルマットから氷河特急に乗車し、サンモリッツまで移動するという工程です。途中いくつか観光があるものの、この日は大半が移動です。
ツェルマットで2泊したホテル・アンタレス、こじんまりとした素朴ないい感じのホテルでした。
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京都ツェルマット協会の碑を見つけました。花が供えられていて。
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ガソリン車が入れないので、村内はこうした電気自動車だけが走っています。
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最初の観光地サースフェーは、周囲を氷河と4000m級の山脈に囲まれた絶景が楽しめる筈だったのですが、深い雲がかかっていて何も見えません。何も見えない所を散策するというのも辛いです。仕方ないので記念にと、バス駐車場近くのホテルの写真を1枚。45分歩いて、村の人に誰も合わなかったんですから。
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フルカ峠越えの道路は狭くヘアピンカーブの連続で、対向車が来る度に停車し、前進とバックを繰り返しやり過ごすんです。ガードレールも何もない崖ギリギリに車を寄せるのでスリル満点です。
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ようやく峠に到着。フルカ峠はヨーロッパの分水嶺として昔から有名で、峠の西側に降った雨はレマン湖から地中海へ流れ、東側に降った雨はライン川に合流し北海に注がれます。
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ここから歩いて直ぐにローヌ氷河があります。世界的に有名な氷河特急は、元々はこのローヌ氷河を見ながら通過していった事から命名されたものです。今ではここを通らず、従ってローヌ氷河も見えないので、正確には氷河特急とは言えません。
ローヌ氷河の入口で、ここから谷へ降りてゆきます。
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氷河の末端を氷舌と言いますが、この辺りがローヌ氷河の氷舌で、年々かなりのスピードで後退しているそうです。これは全ての氷河に共通しており、やはり地球温暖化の影響が大きい事を示しています。
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氷河が岩を砕き削っていく様子が窺えます。
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牛がのんびりと草を食んでいる様子が写っています。夏季はこうした涼しい高地で放牧しています。
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氷河特急の中間駅に位置しているアンデルマット、この辺りがメインストリートの様です。
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アンデルマット駅から氷河特急に乗車です。
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車両は天井までガラス張りのパノラマカーなので、景色は良く見えます。イヤホンが付いていて日本語で解説してくれます。
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食事付なのが何よりです。5時間近い乗車なので飲んだり食べたりしながら過ごせるのはありがたい。
先ず白ワインを注文。
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次はビール
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野菜の前菜の後は、ポーク料理のメイン。味はまあまあ。
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車窓に続くのは白い石灰岩の崖が浸食された景観で、フォルダーライン川の谷に沿って続きます。
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この辺りは、スイスのグランドキャニオンと呼ばれているそうです。
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車窓からはスイスののどかな村の風景も見られます。観察すると小さな集落単位で必ずといって良いほど教会があります。スイス人の信仰心を窺わせます。
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氷河特急の最大の見所であるクール〜サンモリッツ間のラントヴァッサー橋が近づいてきました。乗客は一斉に車窓に目を注ぎます。
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長さ136メートル・高さ65メートルの峡谷を石灰岩で作られた橋をカーブしながら列車が渡っていく姿が車窓から見えます。
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トンネルに入る直前に撮った橋の下の風景で、橋の高さが実感して貰えると思います。
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サンモリッツに到着後、レストランで夕食。メインは又もやポーク。
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その後、ホテルに着いて就寝。
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# by kanekatu | 2016-07-24 08:19 | スイス | Comments(0)

スイス旅行5(モンブラン、マッターホルン)

7月1日はモントルーからバスで約1時間半、シャモニーに着きました。ここはフランスなので通貨はユーロです。スイスフランも使えますがレートが悪いのでユーロも準議しておいた方が良い。
シャモニーは落ち着きの中に華やかさがある街です。
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ロープウエイ乗り場で、ここから一気に標高3842mのエギーユ・デュ・ミディ展望台まで上がります。
ロープウエイの終点を降りたらエレベーターで一番上の展望台に上ります。いきなりヨーロッパの最高峰、標高4807mのモンブラン(向かって左に見える山)が見えてきました。山頂には雲がかかったり晴れたりする度に歓声が上がります。
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展望台は360度見渡せますので、周囲の山々も撮影。
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ロープウエイ駅のそばにある下の階の展望台を上から見ています。このミディ針峰はちょうどシャープペンシルを立てたような形をしているので、真下に見えるのです。
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針峰の横に全面がガラス張りのボックスを作り、希望者はその中へ入れます。一人しか入れないので時間がかかり40分ほど待たされましたが、ようやくガラス箱の中に入ることができました。
ここだけは高所恐怖症の人は無理ですね。
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モンブランの反対側に見える針峰は、グランド・ジョラスでしょうか。登山者の姿が見えます。
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下山後、バスでツェルマットに向かいます。ツェルマットはガソリン車の乗り入れが禁止なので途中のテーシュで下車。スーツケースは各自で列車まで運ばねばなりません。テーシュ駅の改札付近には200名近い人たちが待っていましたが、その大半が日本人でした。誰かが「銀座に行くと中国人だらけ、スイスに来ると日本人だらけ」と言ってました。
ここから直通列車のシャトルでツェルマット駅に到着。駅前が賑わっていたのは、翌日に行われるマラソン大会の準備だったようです。
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スーツケースは電気自動車でホテルまで運んでくれるので、私たちは徒歩で指定のホテルに向かいます。
ツェルマットのメインストリート。両側には店舗やホテルが並ぶ。
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村の教会。レストランで食事を楽しむ人の姿も。
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この橋の上はマッターホルンの撮影スポットです。残念ながら山頂は雲に隠れていました。
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坂道を上ること20分、ようやくホテルに到着。時間は9時を回っていました。

7月2日は早起きして朝焼けのマッターホルンを撮影に。午前5時40分前後の日の出に合わせてカメラを構える。雲が多く朝焼けのシーンは無理でしたが、マッターホルンの山頂が顔を出している所を撮ることができました。2日間でかなりの数のマッターホルンの写真を撮りましたが、山頂が見えたのはこの1枚だけです。
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ツェルマット村の墓地にはいずれも綺麗な花が供えられていました。スイス人の信仰心の厚さを窺わせます。真ん中の列の下から3番目の墓碑に供えられているのがエーデルワイスだそうです。
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昨日とは逆回りでツェルマットから列車でテーシュ駅に行き、そこからゴルナーグラート鉄道に乗り換えます。ここも日本人だらけ。
線路を見ると、アプト式鉄道であることが分かります。
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終点のゴルナーグラート駅に到着しましたが、上空は雲にすっぽりと覆われていました。
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駅から展望台までは徒歩で行きますが、途中にあるレストランがマッターホルンの絶景スポットで、ガイドブックや観光ポスターでもここからの写真がよく使われています。しかし、この日は御覧の通り。
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この後、展望台に行きましたが何も見えず、早々に下りてきました。

再びゴルナーグラート鉄道で一駅戻り、ローテンボーデン駅で下車。ここから二駅先のリッフェルベルク駅までトレッキングです。
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歩き始めは晴れ間もみえましたが、しばらくすると風が強まり時々小雨もパラツキ出してきました。体温が奪われるせいか寒さが増してきます。
眼前に見えてきたのは標高2928mのリッフェルホルンです。マッターホルンの登山希望者は、先ずこの山で訓練を受けるそうです。
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心を和ませてくれたのはトレッキングコースの脇に咲く高山植物です。標高2000m級の山でこの時期にしか見られない花もあるそうですが、山岳ガイドが教えてくれた花の名が頭に入っていないので、以下写真のみを掲載します。
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天気が良ければ、目の前の池に「逆さマッターホルン」が映る場合があるそうですが、この日の天候では無理です。
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コースの途中に現れたのはツェルマット・マラソンのゴールでした。最大高低差2000mという過酷なレースだそうですが、毎年多くの選手が参加しているそうです。この時の時計が2時間44分を指していましたが、この後10分過ぎあたりに最初のランナーがゴールインしていました。
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私たちのゴールであるリッフェルベルク駅に到着。約1時間半のトレッキングは無事終了。
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ツェルマットに戻って午後2時過ぎの遅い昼食をおりました。アルペンマカロニという、マカロニとジャガイモが混ざった簡単な食事でした。
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以後はフリータイムで、他の展望台に向かう人や街に出る人もいましたが、私は油断して防寒具が不十分だったせいで、寒さと疲労で結構ダメージを受けていました。ケアを優先し、夕方からはホテルでゆっくり休息につとめました。
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# by kanekatu | 2016-07-22 09:23 | スイス | Comments(2)

スイス旅行4(グレッシャー3000、レマン湖)

6月30日の午後からはベルンを離れ、レ・ディアブレルに向かいます。団体ツアーっていうのは忙しいですね。アルプスの観光で展望台に上るのは、欧米人は昼過ぎが多いそうですが、日本人ツアーでは朝から上り始めることが多い。中国人や韓国人ツアーも似ているそうで、どうもアジア人は余裕がないようです。
欧米の人から見ると東アジア人はみな同じように見えるようです。街を歩いていると時々「ニーハオ!」とか「アンニョンハセヨ!」と声を掛けられることがあり、その場合は同じ言葉を返しています。なかには「ノー!アイムジャパニーズ!」と答える人もいますが、そこまで拘らなくともいいでしょう。
およそ2時間半でピヨン峠を越え、展望台に行くロープウエイ乗り場に到着。ここから3000mまで一気に上ります。
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山の天候が悪い様で、雲で周囲は何も見えません
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グレッシャー3000展望台に到着しました。ここではピークウォークという、3000m級の二つの山の頂上を吊り橋でつなぎ、そこを渡るというものです。世界初の施設ということで、私たちも幅80㎝の吊り橋を渡りましたが、相変わらず周囲は何も見えない。これなら高所恐怖症の人でも大丈夫です。
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時おり雲が切れると雪山が顔をのぞかせます。
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数分歩いて向こうの山頂に到着。
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風雨が強まったので、急いで元の展望台へ戻ってきました。一定以上の風速になると吊り橋を渡るのが禁止になるからです。下山する頃になったら雲が晴れてきましたが、天気ばかりはどうにもなりません。
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バスで1時間半、レマン湖畔のシヨン城へ。
シヨン城はイタリアからアルプスを越えてやって来る商人たちに通行税をかけるために9世紀に建てられたものです。湖に突き出た岩盤の上に立っているため、水に浮かんでいるように見えます。ここはバイロンの詩「シヨン城の囚われ人」の舞台ともなりました。
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ここから船着き場までは徒歩で。
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いよいよレマン湖のクルーズ船に乗車です。
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規定は2等でしたが、ここは3スイスフラン(半額サービス)をはり込んで、2階デッキが使える1等にグレードアップ。シヨン城を後方にして出港。
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ここからは湖上からモントルーを見ることになります。時間がなくてモントルーの街の散策ができなかったが、湖上からたっぷりと観察することができました。
桟橋では半裸のおじさんが釣りをしていました。
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湖畔に並ぶテントは7月1日から始まるジャズフェスティバルのための仮設場です。
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モントルーの街がレマン湖から高台に沿って作られていることが分かります。
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モントルーのいかにも高級リゾートらしい佇まいを見ることができます。
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子ども達が湖に飛び込んで泳いでいる姿が見えます。階段では大人達が日向ぼっこ。
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なんの銅像かと思ったら、クイーンのフレデリック・マーキュリーの像でした。いかにもジャズフェスティバルが開かれるモントルーらしいですね。
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ここからは隣町のヴヴェイの街の様子ですが、かつてはブドウの集落地として栄え、今での高級別荘地として知られています。
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ヴヴェイは、モントルーより高級な感じを受けました。チャップリンの別荘もここヴヴェイです。
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1時間弱の短いクルーズを終え、下船してからバスでモントルーのホテルに着きました。

ここでスイスの軍事について書いてみます。
今でこそ豊かな国となったスイスですが、国土の8割が山岳部という地形は農業に適さず貧しい国でした。その中でいうなれば唯一の輸出産業が「傭兵」として外国へ兵士を派遣することでした。中世のおよそ500年間にスイスから傭兵として外国に出された兵士は100万人にものぼるという試算もあるようです。なかでも有名なのはフランス革命の時に国王を警備し、最後まで戦ったことです。勇敢で我慢強いスイスの兵士は引く手あまたで欧州各国で傭兵として雇われましたが、なかには前線でスイス兵士同士が戦うといったケースさえ現れました。
こうした「血の輸出」に終止符が打たれるのは、1815年のウイーン会議を待たねばならなかった。その頃からスイス国内でも先ず繊維産業が、次いで精密機械産業が盛んになり、経済的にも傭兵で稼ぐ必要がなくなったのです。
またウイーン会議でスイスは「永世中立国」として認められ、20世紀の二つの世界大戦を経て現在にいたるまでこれを守っています。
スイスの永世中立は武装中立でもあります。他国の戦争や紛争には武力介入しない代わりに、自国の防衛は自国だけで守るという体制です。
そのために国民皆兵制をしいていて、成人男性は全員が徴兵されます(女性は志願制)。そして一定の年齢になるまで(40代半ばと聞いていますが)、定期的に軍事訓練を受けます。
現在スイスの防衛は、約4000人の職業軍人の他、21万人の予備役、他に多数の成人男性による民兵によって構成されています。成人男性のほとんどが予備役又は民兵であるため、各家庭には自動小銃が配備されています。かつては弾薬や手榴弾も配備されていたそうですが、東西対立の終焉とともにそれらは別の場所にまとめて保管され、有事の際は速やかに支給される仕組みになっています。意外なことにスイスは銃社会で、銃による自殺者の率はアメリカに次ぎます。
現在でも、軍事基地が岩山をくりぬいた地下に建設されるなど高度に要塞化されており、国境地帯の橋やトンネルといったインフラには、いざという時には爆破して国境を封鎖する準備を整えています。国境の封鎖に失敗して外国の侵略を受けても、主要な一般道路には戦車の侵入を阻止するための障害物やトーチカが常設してあります。2006年までは、家を建てる際には核シェルターの設置が義務づけられていました。その数は、スイス国民が全員収容できる数が確保されているそうです。
スイスは陸軍、空軍、そして湖を守る水軍を有していますが、他国を攻撃する能力は持っていません。
NATOには加盟せず、国連も最近になって190番目の加盟国(現在193か国)となりました。PKOには参加していますが、派遣される兵士は丸腰です。
この様にスイスの安全保障の基本は「拒否的抑止力」で、スイスを攻撃しても得られる利益よりも、スイス軍の抵抗や国際社会からの制裁によって生じる損失の方が大きくなる状況をつくり出すことによって、国際紛争を未然に防ぐという戦略です。
こうした戦略によってスイスは、二つの世界大戦を無傷でくぐり抜けてきました。
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# by kanekatu | 2016-07-20 09:12 | スイス | Comments(2)

スイス旅行3(ベルン)

6月30日、ホテルの裏庭を抜けるとレマン湖の畔にでます。早朝の湖は爽やかで気分がいい。
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宿泊したホテル・ロイヤルプラザの玄関。出発を待つ観光バスが列をなしています。
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トロリーバスはスイスの街の多くで見られます。大きな街ではトラムが走り、公共交通機関では石油燃料を使わないのです。
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モントルーはスイスのリビエラとも呼ばれ、スイスきっての高級リゾート地です。街は7月1日から始まるモントルー・ジャズ・フェスティバルの準備一色でした。その分、落ち着いた街の雰囲気が薄れていた様に思われました。
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世界遺産に登録されているラヴォー地区の美しいブドウ畑を車窓にみながら、バスは一路スイスの首都ベルンに向かいます。
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ベルンは、アーレ川が大きく湾曲した周囲が断崖という自然の要塞都市として12世紀末に街ができました。現存の旧市街の建物は15世紀のものと言われています。ヨーロッパの主要な都市が第二次大戦で破壊された中で、ベルンは無傷だったので中世の姿を今に残しています。街全体が世界遺産。
バラ園
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クマ公園では大勢の見物客に応えてクマが木に登ってみせる大サービス。
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崖の上から見たベルン市街で、ちょうどアーレ川が大きくU字型に湾曲しています。
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ベルン旧市街の中心部です。石畳の道路の両側に建物が並んでいますが、1階部分はすべてアーケードでつながっています。旗はスイス各州の州旗です。スイスの人は旗が好きなようで、どこの街に行っても旗が目立ちます。
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石畳、長いアーケード、そして道路中央に置かれた泉と銅像。ケルン独特の街の姿だと言えましょう。
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スイスで最も高い尖塔を持つ大聖堂、ミサが行われていて残念ながら中へ入ることが出来ません。
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大聖堂入口の上部に飾られた見事なレリーフ。
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アインシュタインがかつて住んでいた部屋が今は「アインシュタインハウス」として保存されています。この様に地下も住居や店舗、倉庫などに活用されています。
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正面に見えてきたのは時計塔で、正時にうたれるカラクリを見ようと観客が集まっています。
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11時ちょうどになるとカラクリがゆっくり動き出します。動きはゆっくりで物足りなさを感じますが、制作当時としては先進的な技術だったのでしょう。そう言えば、スイス=時計というイメージが今でもあります。お土産に高級時計を買った人もいました。
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現在もメインストリートに11か所の泉が置かれ、いずれも上部には英雄や伝説上の人物の像が建てられています。かつてはここが井戸の役割を果していました。
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時計塔の近くのレストランでランチ。メインはソーセージとじゃがいも、国旗が立っていてお子様ランチみたい。
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連邦議事堂です。連邦大統領はいるのですが、権限は小さいそうです。
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崖の上から旧市街を見渡すと、緑の多いことに気づきます。
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歩道でバスを待っていると自転車が猛スピードで目の前を走って行きました。スイスも自転車を使う人が多い。
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多くの人が行き交うベルン鉄道駅前。
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スイスの首都と訊かれてもなかなかベルンという言葉が出てこない、そんな地味な首都ですが、中世の面影を強く残す魅力的な街でした。
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# by kanekatu | 2016-07-18 09:12 | スイス | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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