イロも残らず(7)

中2の時に、同じクラスの鈴木君代という子と付き合いました。
透き通るような白い肌と大きな瞳を持った、文学少女でした。
そして遠くの方を見ながら話をするのが癖で、それが又とても魅力的でした。

二人はいっぱしの文学論を闘わせたり、本の感想をしゃべりあったり、とても良い友達でした。
交換日記をしていて、ボクはいつも彼女のことを書いていたし、彼女もボクのことを書いていました。
教室では席が前後だったので、身体を突つきあったりして、ジャレ合ってていました。
学校が休みのときも、いつも彼女の事を思っていました。
夏休みや冬休みが来るのがウラメシイク感じたのは、後にも先のもあの時だけでしたね。
その時は将来この子と結婚しようと本気で考えてました。

でも、チョットした行き違いがあって・・・、結局、離れてしまった。
何回も謝って仲直りしようと思ってのですが、何か直前になると依怙地になってしまって。
あの別れは、今思い出しても切ないですね。
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# by kanekatu | 2005-03-02 00:26 | 生い立ち | Comments(0)

イロも残らず(6)

アタシの生涯で出会った美女は二人です。
その内の一人は小5の時の佐藤多美と云いまして、とに角美少女でした。
顔が可愛いのは勿論ですが、知的で何より上品な色気がある、これが大事なんです。
この点で多美は、10才頃の少女の持っている透明なエロティシズムがあり、しかも品が良いのです。
彼女は中学に入って間も無く、学校中の男子生徒の話題に上る位の美女でした。

残念な事に彼女が転校して来た小5から中3の間、ずっと同じ学校だったのですが、一度も同じクラスになった事が無かったのです。
5年間で5回もクラス替えがあったにも拘わらずですよ。
毎年4月の新学期は、落胆を繰り返しました。

小5の時に学芸会で共演した事がありました。
彼女は無論主役です。
当時アタシは既に演技者として熟達してましたから、先生が不在の時はアタシが皆に稽古をつけるのです。
主役の多美は演技は下手くそで、静岡訛りは取れなかったし苦労しました。
でも美貌の前には、全て吹き飛んでしまいましたし、全て許せるんです。
よく、女は美人に生まれると、それだけで80%の幸せを掴むと云われますが、本当ですね。
で、学芸会当日に相手役のもう一人の主役である男子生徒、こいつがずっと彼女に手を引かれているお爺さんの役で、以前から羨ましかったんですが、そいつが高熱を出て出演できないと連絡があったんです。
先生は大慌てで、結局アタシに白羽の矢が立ちました。
嬉しかったねえ。
それから特訓ですよ。
だけどアタシの方は、もう科白は完全に頭に入っていましたし、何せ彼女と舞台の上で手を繋げるのですから、もう有頂天です。
この幸せよ永遠なれ!と祈っていたら、相手役のその男が開演直前に熱をおして出てきやがんの。
もう、ガッカリでした。
あの時の落ち込みは今でも覚えています。

その後中野区の演劇大会を学校代表で見に行った時に、多美と席が隣になりました。
その時何か指を使った遊びを教えてくれて、初めて二人でじゃれ合いました。
妖精のように悪戯っぽく、コケテイッシュで、それでいて可憐で。
生涯忘れられない人です。
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# by kanekatu | 2005-02-28 00:02 | 生い立ち | Comments(0)

イロも残らず(5)

小4の時に又中野に引っ越したんですが、何故か新しい家に家族が移る前に、アタシと従姉の二人だけで新居に寝泊りする事になりました。
従姉ったって、向うはえらい年上で、多分30才位だったでしょうか、脂の乗り切ったいかにも男好きのする豊満な女性でした。
色白で、大柄で、眼と唇に色気のある人でした。
その人、当時万年東一さんという人の愛人だったんです。
ご存知無いでしょうが、万年さんは東京のその筋じゃあ有名な顔役でして、この人を題材にした本が今でも何冊も出版されています。
何せ戦前の日本で、愚連隊を世の中に始めて作ったって云うんですから、大変なものです。
その親分に日に何回も電話するんですが、あちらはあちらで忙しいのか、それとも他に星の数程女がいたのか、とに角連絡が取れないんです。
そうすると、小学生のアタシの前で泣くんですよ、好い大人がですよ。
でも子供心に可哀想と思いましたよ。
それに、男からするとやっぱりああいう女が可愛いんでしょうね。
夜は一つ布団に一緒に寝ました。
風呂は家に無いから、銭湯に一緒行って、勿論身体も洗って貰いましたよ。
今でも朧気ながらですが、その人のふくよかな肌の感触を覚えています。
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# by kanekatu | 2005-02-26 05:27 | 生い立ち | Comments(1)

イロも残らず(4)

オヤジの仕事の都合で、小2の時に四谷・信濃町に引越しました。
転校先に、山本という可愛らしい女の子がいまして、イッペンに好きになりました。
父親はプロの画家で、どういうわけかボクらのクラスの絵画の授業になると、
学校の先生とは別にそのお父さんが教室に来て、勝手に指導していました。
先生はやりにくかったでしょうね。
その子は父子家庭でした。
何故覚えているかというと、下校時になってもその子は直ぐに帰らず、校庭で一人で鉄棒をやるんです。
逆上がりすると、ズロースのお尻の附近が黄色いんです。
ああ、やはりお母さんが居ないと洗濯をちゃんとやって貰えないんだと、痛く同情しました。
今から考えると、いつもそれをジット見ていたんですから、恐いですね。
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# by kanekatu | 2005-02-24 00:01 | 生い立ち | Comments(0)

イロも残らず(3)

アタシは割と性に目覚めるのは早い方でしたね。
小1の6才でしたから、以来ずっと目覚めっぱなしって云うヤツです。

小学校に入学して、隣の席にチョットふっくらした、色の真っ白い、名前も白井って云う女の子が座りました。
ある時、その子が前の席の子と身を乗り出すようにして話をしていたんですが、
その時その子の短いスカートの下から出ていた太股を見てしまったんですね。
そうしたら家に帰って寝る前にその子のマッチロな太股が目の前にちらつくんです。
で、想像していると、・・・なんか段々と・・・固くなってくるんですね。6才ですよ。
そういうマセたガキは数少ないんだそうですが、確かにその点は早熟でした。

一方近所に加藤という女の子がいて、この子がいわゆる幼馴染みでしたから、いつも朝は一緒に登校してました。この子も鼻筋の通った、目のパッチリした可愛い子でしたが、ちょっと意地の悪いところがありましたね。
ある時アタシがその白井という子を好きだと分かったらしく、それからは、加藤は登下校時にいつも彼女の悪口を吹き込んでくるんです。

6才にして、女の嫉妬心の深さを思い知らされました。
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# by kanekatu | 2005-02-22 00:23 | 生い立ち | Comments(0)

イロも残らず(2)

若い頃はとにかく芝居が大好きで、小1から中高と毎年学校の学芸会やら文化祭やらで、毎年のように演劇に出演してました。
小5の時には自分で学校放送の台本を書き、自分で全校放送で朗読しました。
先生方に裏方で、効果や音楽を担当させちまったんだから、全く好い気なもんでさあ。
そのうち小6だったか、プロの児童劇団から入団の誘い、つまりスカウトがありました。
悩んだねぇ。
処が、もう既に芸歴は6年近く、しかも一流の役者や芸人を見ていたのだから、自分に対しても冷静に見られた。
ある日自分の姿を鏡でじっと見て、ヤメヨウと決心しました。
これを言うと、お前の顔じゃあ当たり前だ、と云う奴がいるが、これは全然見当外れで、
役者、芸人に一番大事なのは、華(はな)なんです。
これが、アタシにぁ無かった。
だから、小6にして、プロの役者になるのはきっぱり諦めました。

こういう男というのはなんでしょう、普通は女遍歴を重ねて百人斬り、千人斬りとなるんでしょうが、そっちの方はカラキシでして。
今となっちゃあイロも残っていないんですから、話にも何もなりゃあしません。
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# by kanekatu | 2005-02-21 00:01 | 生い立ち | Comments(0)

イロも残らず(1)

俗に”七つ八つからイロハをおぼえ、ハの字わすれてイロばかり”と申しますが、アタシもその口でした。
歌舞伎は七つ、寄席は八つから行き始めました。
ですから、当代の坂東三津五郎なぞも、曽祖父である3代前の舞台を見てるんですから、まるで化石ですね。
その頃、役者の科白を聞いて直ぐに空んじてきちゃあ、隣近所の叔父さん小母さんさんに聞かせます。
誉められると益々好い気になって、とまあイヤニませたガキが出来あがった次第です。
芝居独特の科白廻し、リズムが何時の間にか身に付いてしまうもんで、有名な与三郎の科白も本で読み覚えて、親に聞かせたら驚いておりました。
その後本物の舞台を、あれは先代団十郎の与三郎でしたか、科白を聞いたら自分とほとんど同じ節回しであったので、大いに気を良くしたものです。

寄席は落語の合間に色物というのが入りますが、どういうわけかアタシはこの色物の、特に音曲が大好きで、
”弱虫が、たった一言ちっちゃな声で、捨てちゃいやよと言えた晩”
”明けの鐘、ゴンとつく頃三日月形の、櫛が落ちてる四畳半”
”緋縮緬、肩からすべってのぞいた乳房、にっこり笑って消すあかり”
なんてぇ都都逸を聞いて、ヨオヨオと叫んでいたのですから、困ったもんです。
でもその歳で何となく意味が分かったのですから、すえ恐ろしいですねえ。
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# by kanekatu | 2005-02-20 00:01 | 生い立ち | Comments(1)

憂きな中にも旅の空


by kanekatu
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