ラオス旅行記 その1

2009年1月11日~15日、ラオスのツアーに参加しました。旅行社はクラブツーリズム、総勢19名ですが、珍しくご夫婦は1組だけでした。
この時期、乾季の地域ということになると東南アジアか中南米でしょうが、家の事情で短期の旅行しかできないためアジアをというわけで、旅行先にラオスを選んだものです。

ラオスという国は、東南アジアの中でも最も馴染みのない国でしょう。どこにあるのかも良く分からない。そこで先ずは地図で位置を確認します。
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インドシナ半島にあり、東にベトナム、西にタイ、南はカンボジア、北は中国とミャンマーとそれぞれ国境を接していて、海を持たない国です。
ラオス、正式国名はラオス人民民主共和国で社会主義国家です。
国土の多くは山岳地帯で、広さはおよそ日本の本州程度、人口は約600万人です。森林資源に恵まれていますが、近年、急激な森林破壊が進み、環境問題が深刻化しています。
住民の殆んどはラーオ族で、大きく高地ラーオ族、丘陵地ラーオ族、平地ラーオ族に分類されていて、この他49の少数民族が存在しているとのことです。
6割の人が仏教を信仰していて、そのほか伝統宗教としてアニミズムへの信仰がありますが、両者の境界はそれほどはっきりとはしていません。

ラオスが歴史上最も栄えたのは14~17世紀にかけて興隆したラーンサーン王国で、それも18世紀の初めには分裂して王国は崩壊してゆきます。その後はタイやビルマの影響下におかれます。
19世紀に入ってフランスがインドシナ半島に進出してくると、仏領インドシナ連邦に編入されます。第二次大戦中の一時期日本が占領しますが、1953年に独立するまでずっとフランスにより支配されます。
独立後は長期にわたる内戦が行われ、同時にアメリカのベトナム戦争の影響も受けます。
1975年になって人民革命党が支配する社会主義国家が誕生しますが経済の混乱が続き、1986年になってようやく市場原理主義を導入、同時に西側諸国との関係改善が進み、1990年代になって経済が安定してゆきます。今はベトナムの影響力が大きい。
2000年からは外国の観光客を積極的に受け入れるようになりました。
ラオスの歴史というのは、仏米といった西洋の大国や周辺国から翻弄されてきた歴史であると言えます。

GDPは世界の下から数えた方が早く、東南アジアの中でも繁栄から取り残された形になっています。鉱物資源の埋蔵量は多いのですが、資金不足と交通インフラの未整備で採掘は一向に進んでいません。
唯一国土の地形を利用した水力発電が盛んで、隣国タイへ電力を売っています。
経済が立ち遅れているので人々の生活は貧しいのですが、その分伝統的な生活様式が守られていて、素朴で穏やかな国民性が保たれています。この点はミャンマーと類似しています。

旅行会社のキャッチコピーに、ラオスを「微笑みの国」とか「アジア最後の国」と書かれていますが、あながち誇張ではありません。
次回から旅行記の中味に入ります。
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by kanekatu | 2009-01-22 10:17 | ラオス | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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