「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(5)

インスブルックはアルプスの東西南北を結ぶ十字路の街として、特に15世紀末のマクシミリアン1世治世の時代に大きく発展してきました。
しかし日本でその名が知れるようになったのは、何といっても1964年と1976年の2回にわたる冬季オリンピックの開催でしょう。
人工わずか13万人の小さな街であるにもかかわらず、12年間に2回冬季オリンピックを行ったのは、このインスブルックしかありません。
ツアーではこのあと、冬季オリンピック開催地の街を2ヶ所訪れますが、さらに小さな街です。
私たちはオリンピックというと、どうしても膨大な予算を組んで大きな公共工事をやるというイメージがありますが、こんな小さな自治体で開催ができるのです。
旧市街の建物の間の左奥に、オリンピックでも使用されたベルクイーゼル・ジャンプ台が望めます。
そこのお父さん、右下じゃなくて左奥ですよ!
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インスブルックは、オーストリアチロル州の州都でもあります。
チロルというのは昔から独立心の強い所で、1809年にはナポレオンの支配下に入ることを快しとせず蜂起したことがあります。
今はイタリアに組み込まれた南チロル地方では、現在も会話はドイツ語を使い、チロルとしての一体感を保っています。
チロルといえば、ミュージカルや映画でお馴染みの「サウンドオブミュージック」の舞台となった場所ですが、この地方出身のトラップ大佐はオーストリア人ではなくチロル人と呼ばれているようです。

黄金の小屋根の近くにあるヘルプリングハウスは、外壁の表面を飾りシックイで装飾したロココ調の建物で、インスブルックで一番美しいという評価がある一方、周囲の景観をマッチしないという否定的な見方もあるそうです。
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王宮は15世紀に建てられ、18世紀のマリア・テレジアの時代にロココ様式の建物の改築されました。
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宮廷教会は、元々マクシミリアン1世の霊廟として建てられたものですが、実際には内部に墓石のみが納められています。
外観が少し人間の顔に似ていて、ユーモラスです。
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王宮の前にあるのが、レオポルドの噴水です。
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その後方にあるのが州立劇場で、オペラやコンサートなどがここで開催されています。
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夕食はターフェルシュピッツと呼ばれる牛肉の煮込み料理がメインでした。
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夕食後の自由行動では、一人で市の塔に登りました。
高い所を見ると登りたくなる性分なもので。
頂上では旧市街を一望できます。
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ツインタワーが印象的なザンクト・ヤコプ教会の屋根が見えました。
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黄金の小屋根もこの角度からだと、クッキリ見えます。
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レストランのオープンエアで家族が食事をしている風景です。
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こちらは朝、通勤の女性です。
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憧れだったインスブルック、短い時間でしたが街の美しさを堪能しました。
ツアー2日目にして目的を果たしたような気分ですが、観光はこれからが本格的に始まります。
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by kanekatu | 2009-08-10 09:22 | オーストリア | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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