西バルカン6ヶ国周遊記5(マケドニア1回目)

ドライバーのトメさんが「マフィア、マフィア」と呟きながら戻ってきて国境越え、二つ目の訪問国マケドニアに入国。
正式国名はマケドニア共和国、下の地図にあるように南はギリシャ、東はブルガリア、西はアルバニア、北はセルビアおよびコソボと四方を外国に囲まれた内陸国です。
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国旗は次の通り。
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国名はマケドニア(現地ではマセドニアと呼称されていた)ですが、アレキサンダー大王で有名な古代マケドニア王国との連続性はありません。
この地域は14世紀から約500年間、オスマントルコの支配下にありました。1912年の第一次バルカン戦争によりマケドニアはブルガリア、セルビア、ギリシアに3分割されます。第二次バルカン戦争でブルガリアは敗れますがマケドニアの地位は変らなかった。
1991年にユーゴスラヴィアが解体するとマケドニアは住民投票により独立、他の国々と異なり紛争や戦争を経ることなく無血独立を果たします。
マケドニアに住むアルバニア人とマケドニア人との間で武力衝突もありましたが、現在はマケドニア人政党とアルバニア人政党との連立政権による政治的安定をを指向しています。
ただマケドニア人と称する人たちは元々南スラブ人の一派であり、ギリシア語を話していた古代マケドニア人とは異なります、地理的にも古代マケドニアの半分はギリシアに属していました。
そんなわけで、どうもギリシアとしてはこの国名が気に入らない。
マケドニアは現在EUとNATO加盟を目指していますが、いずれもギリシアの反対にあって保留されています。
2005年にマケドニアは「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」の名で、正式に欧州連合加盟候補国となり、2014年ごろの加盟を目指すとしていますが、実現には国名問題がカギになりそうです。
NATO加盟はギリシャの拒否権行使によって否定されています。
アメリカは国名、NATO加盟ともにマケドニアを支持しています。
面積は2万5713k㎡と九州の約3分の2、人口は206万人。
首都はスコピエ、民族はマケドニア人が半数で他はアルバニア人、トルコ人。公用語はマケドニア語(キリル文字)とアルバニア語。宗教はマケドニア正教(東方正教)が7割、イスラムが3割。
通貨はデナル(DEN)で、1DEN=約2円。

最初の観光地は首都スコピエ。
スコピエの街を横断するようにヴァルダル川が流れていますが、その川沿いの丘の上に城砦があります。丘は芝生になっていて、この日は市民たちが集まってコンサートやダンスを楽しんでいました。
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ここが城砦のテッペンです。市内が一望できます。
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ここからミレニアム十字架が見えます。スコピエ郊外の山頂に建てられた高さ66mの世界最大級の十字架です。
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直ぐ眼の前に見えるのはスコピエがオスマン朝により陥落して間もない1492年に建てられたイスラム寺院、ムスタファ・パシナ・ジャミーヤ。
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城砦の東には18世紀前半に建てられた聖スパス協会があります。
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オールドバザールの周辺はトルコ人が多く住んでいて、町の風景もオリエンタルな感じ。
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ドミノに興じる男性たち、これもトルコ風。
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幼い女の子がベビーカーを引いて遊んでいたのでカメラを向けたらちゃんとポーズを取ってくれました。
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オスマン朝時代に造られた石橋(カメン・モスト)を渡ると市の中心街マケドニア広場。
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ヴァルダル川沿いにある博物館。
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マケドニア広場には歴史上の英雄豪傑や成人の銅像が並び、大きな建物も建てられています。
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ひときわ巨大なのがやはりアレキサンダー大王像
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銅像の下で語らい会う若者たち。
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スコピエ市内観光は未だ続きますが、長くなったのでこの先は次回に回します。
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Commented by saheizi-inokori at 2014-06-19 11:53
そうだったんですね、無学無知だから古代マケドニアと関係があると思い込んで(というほど深く意識してはいないのですが)いました。
本を読むたびに世界歴史地図帳で確かめているのですがいつもときだけ、すぐ忘れてしまう位置関係。
Commented by kanekatu at 2014-06-19 15:47
佐平次様
私も行ってみるまで知らなかった口です。何だか名乗ったもん勝ちみたいで、本家のギリシアとしては面白くなかったんでしょう。
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by kanekatu | 2014-06-19 09:35 | マケドニア | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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