バルト三国旅行記(8)リトアニア・カナウス

リトアニア第二の都市カナウスは、両大戦の間はリトアニアの首都でした。15世紀にはハンザ同盟の商業都市として栄え、旧市街にはこの頃のゴシック建築が数多く残っています。
カナウスといえば、私たちは先ず杉原千畝(すぎはらちうね)を頭に浮かべねばならないでしょう。
第二次世界大戦中のリトアニアで、ナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人に対して、日本政府の命令に背いて日本通過ビザを発給し、約6千人もの命を救ったとされる外交官で、「日本のシンドラー」とも呼ばれています。
杉原千畝は1939年にリトアニアの日本領事館に領事代理として赴任し、「命のビザ」を発給したのは、40年夏。ポーランドを追われてきた大勢のユダヤ人避難民が、ソ連・日本を経由して第三国に移住しようと日本通過ビザを求めてきました。杉原は、要件を満たさないユダヤ人避難民にも人道上ビザの発給を認めるよう外務省に願い出たが認められず、悩んだ末に独断で発給を決断。領事館は既に閉鎖が決まっていましたが、出国直前までの約1カ月間、発給を続けました。この件が原因でその後、外務省を退職に追い込まれ、民間企業に勤務した後1986年に死去しました。
「命のビザ」のエピソードが知られるようになったのは、1969年にイスラエル政府が杉原に勲章を授けてからで、1985年1月にはイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰されています。

杉原が勤務していた旧日本領事館は、今は杉原記念館として関連資料を展示する施設になっています。
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杉原がユダヤ人たちに発行したビザ、「命のビザ」です。
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杉原が使っていたデスクや家族の写真。
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職を賭してユダヤ人たちの命を救った杉原の勇気は賞賛されるべきでしょう。

ここからカナウス市内に移動しました。
中央奥に見えるのは聖ミカエル教会。
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アレクソタス展望台から見たカウナス市内の情景。あ、景色は右側ですよ。
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市内を流れるネムナス川。
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ヴィトータス教会は15世紀に建てられたゴシック様式の教会。
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変ったデザインのファザードを持つのはベルク―ナスの家。15世紀ゴシックの傑作と言われるています。
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旧市庁舎で、前面のポールにオブジェのように吊り下げられた自転車は、近くここで国際競技会があるからだそうです。
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赤レンガが美しい15世紀の大聖堂。
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フレスコ画と彫刻で飾られた祭壇は聖母被昇天の図。
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通りをブラブラと。
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カウナス城は13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために建てられたが破壊され、15世紀に再建された。
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昼食は名物料理のツェペリナイ(ジャガイモ団子)、見た目より美味しいですよ。
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午後はシャウレイへ。
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Commented by saheizi-inokori at 2015-06-25 10:29
絵本のような街ですね。
デスクの脚がかわいい。
Commented by kanekatu at 2015-06-25 11:44
佐平次様
カナウスは元首都だけあって風格と風情がある街です。ブラブラ歩きしても気持ちが良いです。
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by kanekatu | 2015-06-25 04:50 | リトアニア | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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