憧れのレバノン・4(ビブロス)
2018年 04月 15日
・古代オリエント世界
古代にはこの地に住む人々をフェニキア人と呼んでいて、BC3000年頃には歴史の舞台に登場します。
この地からフェニキア人は地中海を渡り、カルタゴ・バルセロナ・マルセイユ・リスボンなど各地に植民地を形成します。
その後フェニキアの勢力は弱体化し、紀元前10世紀アッシリア帝国に飲み込まれます。
アッシリアの後は新バビロニアやペルシャ、紀元前525年にはアレクサンドロス大王のマケドニア王国の支配下、その後継のセレウコス朝シリアの一部となります。
紀元を挟んでローマ帝国の支配下に、7世紀にはアラブ人に征服されてイスラム世界に組み込まれます。
その後も東ローマ帝国、オスマントルコに支配されます。
・レバノンのアラブ化
アラブの一員となったレバノンの山岳地帯は、西アジア地域の宗教的マイノリティの避難場所となります。
キリスト教マロン派(マロン典礼カトリック教会)、イスラム教のドゥルーズ派の信徒らがレバノン山地に移住して、独自の共同体を維持してきました。
19世紀頃からマロン派に影響力を持つローマ・カトリック教会を通じてヨーロッパ諸国の影響力が浸透してきます。
・20世紀のレバノン
第一次世界大戦後の1919年、サイクス・ピコ協定に基づきフランスの委任統治下に入ります。
1920年にいったんシリア・アラブ王国とし独立を図りますが、フランス・シリア戦争でフランス軍と衝突すると、4ヶ月あまりで王国は瓦解しました。
・フランス委任統治領時代
第一次大戦後、キリスト教徒が多くフランスにとって統治しやすかったレバノンはシリアから切り離されて、フランス占領下で大レバノンとなりました。
フランスによる委任統治は第二次大戦中まで続き、現在でもフランスとの緊密な関係を維持していますし、国内でフランス語が通じるのもこのためです。
第二次世界大戦後の1941年11月26日に、レバノンが独立しました。
アルファベットの元になったフェニキア文字もこの地で生まれました。このことからアルファベット発祥の地と言われます。
フェニキア人はビブロスからレバノン杉をエジプトへ輸出し、地中海貿易の主役へと躍り出ました
後にローマ帝国の支配下に入り、12世紀には十字軍を迎え撃つべく要塞化されます。
「ビブロス」は聖書を意味する「バイブル」の語源ともなりました。
当地の港からエジプトにレバノン杉材が輸出され、その代価としてパピルスなどが輸入され、さらにそのパピルスがこの都市を経由してギリシャなどに運ばれていたので、ギリシャでは紙は原産地のエジプトではなく、積出港のビブロスとして知られる様になりました。やがてパピルスを意味するビブロスから「ビブリオン」(本)という言葉ができ、さらに「ビブル」(聖書)が生まれたというものです。
いずれにせよ歴史的に重要な町で、世界遺産に登録されています。
建物はかつての城塞です。
また遺跡群が町の中にあることも分かり、5000年ものあいだ連綿と続いてきたビブロスの歴史を思い起こさせます。
現地ガイドはアリーナ(闘技場)だったと言ってました。