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世界の絶景SELECT「文化遺産・遺跡」アジア編

世界の絶景SELECT「文化遺産・遺跡」アジア編

京都・奈良の寺社(日本)

文化遺産で世界一といえば、これは文句なく京都・奈良の社寺です。
例えば京都なら東寺、清水寺、三十三間堂、南禅寺、醍醐寺、下鴨神社、上加茂神社など、奈良なら東大寺、法隆寺など、いずれをとってもその一つ一つが世界遺産になるような建築物で、それが集積して存在しているのですから、これに勝る文化遺産など、世界のどこにも無いでしょう。
建物だけではありません。それぞれの寺院に置かれている仏像や絵画、あるいは庭園がまた実に見事で、仏教芸術として世界最高水準をいくものです。
更にそれぞれの施設において、建物が四季おりおりで全く違う表情を見せるのも、日本建築の素晴らしさです。
私は京都・奈良合わせて数十回観光していますが、ようやく主な寺社をひとわたりしたという情況です。
木と紙と布から成る建物を、数百年、千年という単位で長期にわたり守ってきた京都町衆の努力には、ただただ頭が下がります。
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アンコール(カンボジア)

カンボジアのアンコール遺跡は、アジアで最大規模の遺跡です。全てを観ようとすれば3日かかります。それほど大きい。
カンボジア・クメール王朝の首都として栄えたころの建造物ですから、12世紀に建てられたものです。ただ、収められていた仏像の大半が壊されたり持ち去られたりしていて、残っていないのが残念です。
また劣化が進んでいるので、希望される方は早く行かれることをお勧めします。
写真は観光用HPより引用。
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万里の長城(中国)

中国の現地ガイドを前にして毛沢東批判をしたら、ガイドが固まってしまいました。今でも毛沢東はタブーな様です。
人工衛星からも見える世界で唯一の建造物である中国の万里の長城。紀元前3世紀の秦の時代に造られ、その後幾多の増改築を重ねたもので、全長は5万キロというから地球一周より長い。但し、風化が進んでいて観光出きるのはごく一部です。
人間の凄さと愚かさを併せ持ったような巨大な遺跡、やはり一度は見る価値十分です。
写真は観光用HPより引用。
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パガンのパゴダ群(ミャンマー)

ミャンマーを訪れたのは民主化以前でした。各国の観光ガイドというのは自国の良さをPRする立場もあるのでしょう、政府批判はしないものです。しかしこの時のミャンマーのガイドは、かなり激しい軍事政権批判をしていたのが印象的でした。
仏教国ミャンマーはどこに行っても荘厳なパゴダ(仏塔)が見られますが、中でも11世紀ごろ栄えたパガン王朝の都であったパガンの2000基を越えるパゴダ群は、実に壮観です。
ランドマークであるシュエサンドーパゴダの最上層から見る夕日に映えたパゴダは、夢のような姿です。
国の事情から世界遺産になっていませんが、アジア屈指の遺跡と言えるでしょう。
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スコタイ(タイ)

タイ人の祖先は、中国の泰族の人々が南下してきた人たちで、10-14世紀にかけて北部を中心にクメール帝国(アンコール朝)の一部にのみ込まれてしまいます。
1238年にスコタイ王朝が誕生しますが、第三代王ラームカムヘンの時代に最も繁栄します。
タイ文字が作られたのもこの時代で、正にスコタイ(幸福の夜明けの意味)の時代を迎えますが、その後アユタヤに併合され、王朝の幕を閉じます。
現在スコタイ王朝時代の城壁の内側を中心として、多くの遺跡が残され、世界遺産に登録されています。
スコタイの寺院は、プラーンとよばれるクメール様式の塔堂、チェディとよばれる円錐形の仏塔、そして仏像が置かれています。
スコタイの仏像は、頭部が長く、面長で鼻筋が通り、目がつり上がっているのが特徴です。流れるような身体の線も特徴で、歩く姿の歩行仏像もスコタイの時代にしか見られません。
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敦煌の莫高窟(中国)

莫高窟は敦煌市の近郊にある仏教遺跡です。鳴沙山の東の断崖に、南北1600mに渡って掘られた700あまりの洞窟があり、その中に約2400の仏塑像が安置されています。壁には一面に壁画が描かれ、総面積は4500㎡にもなります。紀元前336年に楽和尚により創建されたとされ、その後、元朝までの約1000年間にわたり造り続けられました。建築、彫塑、壁画の保存状態や芸術性の高さには目を見張るものがあり、世界遺産に登録されています。現存する洞窟数は492ですが、その内常時公開されているのは40あまり。他に別料金が必要な特別窟があります。
なかでも脇侍菩薩図はあまりに有名で、中央は観音菩薩で、周囲に菩薩や釈迦の弟子が並んでいます。
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西安の兵馬俑(中国)

秦の始皇帝は中国史初の皇帝で、その強大な力を利用し大きな陵墓を建てた。これが秦始皇帝陵です。
「兵馬俑(へいばよう)」は秦始皇帝陵を取り巻くように配置されており、その規模は2万㎡、3つの俑坑には戦車が100余台、陶馬が600体、兵士俑は成人男性の等身大で8000体ちかくあります。
特長としては、
・兵士の俑にはどれ一つとして同じ顔をしたものはない
・秦の軍隊が様々な民族の混成部隊であった
・秦の敵国が存在した東方を向いて置かれていた
等が挙げられます。
兵馬俑はいずれも焼成されたもので、このためこの地に起きた洪水や火災から守られたと思われます。
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シーギリア(スリランカ)

スリランカを代表する遺跡は、シーギリアです。
ジャングルの中に突然大きな岩山が出現します。シーギリアロックです。
1500年前にこの岩山の頂上に宮殿が建てられ、そして岩肌に美女を描いた500もの壁画が描かれていました。
その後約1400年間にわたりこの遺跡は完全に忘れ去られていましたが、イギリス人により偶然に発見されました。
風化のため大半の壁画が消えてしまい、今では18の壁画だけ色鮮やかに残っています。
1500年の時を超えて出会った美女は、実に美しい。
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アジャンタ(インド)

「アジャンタ石窟」は、デカン高原西北部・サフヤドリ連丘の谷間を馬蹄形に湾曲して流れるワーグラー渓谷沿いに、幅600mにわたって断崖を穿って建造されたインド最古の仏教石窟群です。この遺跡の特長は内部に描かれた壁画で、インドでは古代から壁画技術が発達していましたが、高温多湿という気象条件から残っているものは皆無に近い。例外のはここアジャンタ石窟で、乾燥地帯という風土がその理由です。
石窟寺院は大きく二つに分かれ、一つは紀元前1世紀頃の前期窟で上座部(小乗)仏教期のもの、もう一つは紀元5世紀頃の後期窟で大乗仏教期のものです。
とりわけ蓮華手菩薩の壁画は傑作とされ、法隆寺金堂内陣の装飾に見られる菩薩像のオリジナルとして知られています。
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エローラ(インド)

「エローラ石窟群」は、オーランガバードの西北30㎞にあるエローラにある岩を掘って作られた石窟寺院群です。
34の石窟が、シャラナドリ台地の垂直な崖に掘られており、5世紀から10世紀の間に造られた仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の石窟寺院や修道院(僧院、僧坊)などから構成されています。仏教寺院(仏教窟)の数は第1窟から第12窟、ヒンドゥー教寺院(ヒンドゥー教窟)は第13窟から第29窟までの17窟、ジャイナ教の寺院(ジャイナ教窟)は第30窟から第34窟までの5窟となっています。それぞれ石窟は近接している上に作られた時期も重なっています。
それぞれ100年以上かけて人力だけで造ったもので、巨大岩盤に綿々と掘り下げた人間の叡智と努力の結晶と言えましょう。
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タージ・マハル(インド)

インドを代表する文化遺産といえば、北部アグラにある「タージ・マハル」でしょう。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死(1630年)を悼んで建設した霊廟で、2万人もの職人を集め、22年の歳月をかけて建造させたといわれています。
全体を大理石で造り、その中に28種類もの宝石を埋め込んであります。
計3回ここを訪れていますが、見れば見るほどその魅力が伝わってきます。
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ヒヴァのイチャンカラ(ウズベキスタン)

ヒヴァはウズベキスタンの砂漠の中にあり、肥沃なデルタ地帯だったのでBC3000年頃には農業が営まれていました。
8世紀にはシルクロードの中継点となり、町が形成されていました。
16世紀に入って、ウズベク人がヒヴァ・ハーン朝を建国し、シルクロードの中継点となっていたこの地を首都としました。
17世紀以後はホレズム地方随一のイスラムの聖都となり、外敵の侵入を防ぐため、二重の城壁に囲まれた町を形成しました。
この内壁は高さ8m、厚さ6m、周囲が2200mに及び、内側をイチャンカラと称しています。
これ以後ヒヴァは、中央アジアの真珠と称えられるようになります。
イチャンカラは全体が博物都市として、ユネスコ世界遺産に登録されています。
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メルブ(トルクメニスタン)

「中央アジアの北朝鮮」というあまり有り難くない綽名で呼ばれるトルクメニスタン、街中にニヤゾフ元大統領の大きな肖像画が掲げられ、銅像の周囲は兵士が警護し、首都アシュガバートのランドマークであるタワーのてっぺんには金色の銅像がクルクルと回っています。ニヤゾフさんがメロン好きだから「メロン記念日」は国民の祝日という徹底ぶり。反面、公共料金はほとんど無料だそうで、高福祉国家でもあります。
メルブはペルシャと中央アジアの中継点として栄え、BC6世紀ごろには既に都市が築かれていました。
その後、数々の王朝の興亡の舞台となり、12世紀にセルジュク朝の首都として最盛期を迎えますが、1221年モンゴル軍の来襲により完全に破壊されてしまいます。
大キズ・カラは、6-7世紀のササン朝ペルシャ時代の豪族の住居跡と考えられています。奴隷の娘たちをここに侍らせていたことから、「乙女の城」(キズ・カラ)と呼ばれるようになりました。
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ボロブドゥール(インドネシア)

ボロブドゥール遺跡は大乗仏教王国のシャイレンドラ王朝により、780-830年の間の約50年間で建設されたものと推定されています。
しかしこの建造物の目的が何なのか、寺院なのか王墓なのか王朝の廟なのか、未だに解明されていません。
ボロブドゥール遺跡はピラミッドのような形をしており、最底部の正方形の一片が123m、高さが34.5mの及ぶ巨大な建造物です。
1個が高さ23㎝に統一された安山岩ブロック200万個を、接着剤を使わずに積み上げたもので、下部方形6層と上部円形3層の合計9層より成っています。
周囲に彫られたレリーフは総延長5㎞、登場人物が1万人という壮大なもので、仏陀の生涯などの物語が精緻に描かれています。
上の円壇の中央には大ストゥーバがそびえ、その周囲を釣鐘形の小ストゥーバが72基、規則的に配置されています。
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モヘンジョ・ダロ(パキスタン)

市民レベルで日本人大好きという国は、知りうる限りではイランとパキスタンで、ちょっとしたスター気分を味わえます。
パキスタンのモヘンジョ・ダロは、数少ないインダス文明の遺跡としては最大規模のものです。
モヘンジョ・ダロは現地の言葉で「死の丘」を意味し、かつては非常に古い時代の死者が眠る墳丘として、地元民から恐れられていました。
やがて丘のてっぺんで仏教のストゥーパ(仏塔)が発見されて、一体は仏教施設だと考えられていました。
1922年、インド考古調査局員であったインド人歴史学者R・D・バナルジーの発掘調査によって、絵や文字の書かれた印鑑、像、紅玉髄などが見つかり、インダス文明の遺跡であることが分かりました。
インダス文明は紀元前2700年前から約1000年にわたり栄えたとされ、世界四大文明の一つとして数えられています。
ただ、発見された文字が少なく解読できないので実態がつかめておらず、滅亡の原因も不明です。
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Commented by saheizi-inokori at 2019-03-02 10:10
子供の頃みた図鑑を思い出します。
ああいうのを見ても自分がそこに行くとはついに考えもしなかったです。
生まれ変わったら、行くのかなあ。
Commented by kanekatu at 2019-03-02 10:43
佐平次様
いやいや、未だお元気なので十分に行けるチャンスがあると思います。
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by kanekatu | 2019-03-01 19:05 | 世界の絶景 | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


by kanekatu
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