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世界の絶景SELECT「文化遺産・建物」

ノイシュバンシュタイン城(ドイツ)

ドイツ観光で最も人気が高いのはロマンチック街道ですが、その終点に位置するのがバイエルン王ルートヴィヒ2世により建設された「ノイシュバンシュタイン城」です。
ルートヴィヒ2世が「私自身の作品」として建てただけあって、城全体が大きな美術作品ととらえることができます。城としての実用性は無いものの、その姿の美しさは例えようがありません。
この城は1869年に建設が開始され、1886年にルートヴィヒ2世はこの城に住みますが、わずかに102日間で別の場所に軟禁され、謎の死をとげます。そう思って見ると、どこか悲しさを漂わせているかのようにも見えます。
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姫路城(日本)

最初の築城は14あるいは16世紀ごろと推定されていますが、池田輝政によって1609年に現在の形の城が完成しています。
その後は、徳川四天王の一人で勇将といわれた本多忠政が入城します。
当時、西国には秀吉恩顧の大名が大勢いて、かれらが連携して大阪や京都にのぼることを阻止するには、この姫路城がとても大事な役割を持っていました。
だから徳川家として最も信頼のおける大名を配し、頑健な城郭を築いたわけです。
姫路城は機能美と様式美が見事に融合した建築物だということです。
姫路城は大天守と三つの小天守、それらを結ぶ渡櫓によって構成される連立式天守閣の構造を持っています。
築城当時の姿がそのまま残されているという点も特長で、太平洋戦争当時は城をすっぽりと覆って、米軍の爆撃から守ったという市民の力が与っています。
我が国で初めて世界遺産に登録されたのも、こうした理由があったからです。
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シェーンブルン宮殿(オーストリア)

オーストリアの首都ウィーンにあるシェーンブルン宮殿は、ハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジアによって18世紀に建造されたもので、最も優美な宮殿建築の傑作といえましょう。
宮殿の部屋数が1441室というのは、ベッドの上で帝国を築いたハプスブルグの象徴でもあります。
敷地内に世界最初の動物園や植物園が造られ、今は最上階が一般市民のアパートメントとして利用されていたり、ウィーンという都市の大らかさが伝わってきます。
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ブルーモスク(トルコ)

正式名称は「スルターンアフメット‐モスク」。かつてのビザンツ帝国の首都であり、15世紀からはオスマン帝国の首都として栄えたイスタンブールにあります。
17世紀初め、オスマン帝国のスルターン、アフメット1世により建造されたもので、高さ43メートル、直径27.5メートルの巨大なドームを中心に、大小34のドームをもち、周囲に6本の尖塔が立っています。内部がイズニク陶器の青いタイルで装飾されていることから、ブルーモスクと呼ばれています。
これ程美しいフォームのモスクは他に例が見当たらないほどで、宗教寺院の建築物の傑作です。
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イマームモスク(イラン)

かつて「世界の半分」と称してその繁栄を謳歌していたイランのイスファファンにあるイマーム広場、その中心にあるのがイマームモスクです。
青を基調とした正面部分のイーワーン(三方を壁で囲まれた門のような形をしたホール)や、二重構造のドームをもつ中央礼拝堂には鍾乳石(しょうにゅうせき)を模した精緻な装飾が施されています。イランにおけるイスラム建築の傑作として知られています。
イマーム広場に佇んでいると、確かに世界の半分かも知れないなと思わせられます。17世紀の建築ですが、モスク全体を覆う気の遠くなるような数のタイルの技術は、世界最高レベルといえるでしょう。
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黄金ドーム(イスラエル/パレスチナ)

エルサレムという都市は、ユダヤ教にとってはユダ王国の首都であった場所であり、その中心であるエルサレム神殿が置かれていた場所です。しかし西暦70年にローマ帝国により破壊され、今では外壁の一部が残されているだけです。これが嘆きの壁です。
キリスト教にとっては、エルサレムはイエス・キリストが処刑され、埋葬され、復活した場所として、今でも多くの教会が建っています。
イスラム教にとっては、コーランによればムハンマドが神の意志によりメッカのカアバ神殿から、一夜のうちにエルサレム神殿まで旅をしたことになっています。つまりムハンマドはこの神殿の岩から天馬に乗って昇天し、神の御前に至ったというわけです。現在、ムハンマドが昇天したとされる場所にはウマイヤ朝の時代に岩のドームが築かれ、イスラムの聖地となっています。
エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって、それぞれの聖地であり、黄金ドームはその象徴的存在と言えるでしょう。
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サグラダ・ファミリア(スペイン)

「聖家族教会」の名でも親しまれています。
スペインのバルセロナはアントニ・ガウディの街でもあります。市内には7つものガウディの建築物がありますが、その中で最も有名なのが「サグラダ・ファミリア贖罪聖堂」です。ガウディの代表作と思われていますが、実はガウディ自身は1926年に亡くなっていて、彼の設計資料や製作した模型もほとんど残されていません。だから現在はガウディの思想(意志)を汲む形で、多くの建築家や彫刻家、職人がその作業を受け継いでいます。
この写真は20年以上前に撮影したもので、現在はかなり形が変わってきていると思います。教会建築としては相当に異色で、最終的にはどんな形になるのか楽しみです。
当初は完成までに300年かかると言われていましたが、今のところの完成予定が2026年だそうです。
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エルミタージュ(ロシア)

ロシアで最も美しい街、サンクト・ペテルブルグにある「エルミタージュ美術館」は世界屈指のミュージアムとして知られていますが、元々はロシア皇帝の「冬の宮殿」でした。宮殿は緑と白の石材を用いた美しいロココ建築で、街の中心部を流れるネヴァ川の辺に建っています。
北のヴェネツィアと称されるサンクト・ペテルブルグには多くの歴史的建築物がありますが、その中でもエルミタージュはその優美さが際立っています。
ロシア革命の後は、エルミタージュ美術館として市民に開放されました。
現在は周辺地域とともに世界遺産に登録されています。
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フラウエン聖母教会(ドイツ)

ドレスデン爆撃は、第二次世界大戦末期の1945年2月13日から15日にかけて、連合国空軍によって行われたドレスデンへの無差別爆撃を指します。
4度におよぶ空襲にのべ1300機の重爆撃機が参加し、合計3900トンの爆弾が投下され、この爆撃によりドレスデンの街の85%が破壊されました。
死者は2万5000人とも15万人とも言われています。
当時、戦争の帰趨はほぼ決着しており、この爆撃は戦略的に意味のない空襲でした。むしろドイツ軍の攻撃に対する報復だったと思われます。
戦後、ドレスデン市民はその瓦礫の一つ一つを拾い集め、街を元の形に復元しました。
フラウエン(聖母教会)はその象徴的存在で、2005年の完成です。
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シュテファン大聖堂(オーストリア)

シュテファン大聖堂は、オーストリアの首都ウィーンにあるゴシック様式の大聖堂です。ウィーンのランドマークであり、大聖堂を含むリングと呼ばれるウィーン歴史地区は2001年にユネスコの世界遺産に登録されました。
ハプスブルク家の歴代君主の墓所であるほか、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとコンスタンツェ・ウェーバーの結婚式が行われ、また葬儀が行われた聖堂としても知られています。
天に向かってそそり立つ高さ137mの南塔は、世界3番目の高さで、塔頂に上るとウイーンの街が一望できます。
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グリ・アミール廟(ウズベキスタン)

ティムール帝国は、14世紀から16世紀にかけ、中央アジアから西アジアにまたがって栄えた大帝国でした。1369年、ティムールによって建国。首都のサマルカンドを中心にイスラム文明が栄えました。
ティムールが明国遠征の途上で1405年に急死してしまい、彼の息子や孫たちと一緒にこのグリ・アミール廟の中に眠っています。
グリ・アミール廟は、青の都と謳われているサマルカンドの中でも、美しさと壮大さがひときわ目立つ建造物です。
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by kanekatu | 2019-04-12 10:30 | 世界の絶景 | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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