「北欧」ちょっと見旅行記 その2

フィンランド国歌「わが祖国」 (訳詞:渡辺忠恕)

わが祖国スオミ,その名ひびけ。
谷間も山も湖も,父祖の残せる国よ,
汝をわれ愛す,祖国スオミ。

フィン人の国を意味するフィンランド、正式国名はフィンランド共和国といい、フィンランド語では「スオミ」という美しい言葉で呼ばれています。c0051938_1019547.jpg国名だけではありません。この国は19万ともいわれる無数の湖と、国土の70%を覆う森林に囲まれた、「森と湖の国」として知られる美しい国です。

一般にこの国で思い出すのは、先ずサンタクロース、それからムーミン(私は特にスナフキンのファンですが)。
又音楽好きの方ならシベリウスの交響詩「フィンランディア」を思い浮かべるでしょう。
下の写真は、ヘルシンキのシベリウス公園です。
c0051938_10202270.jpg

私の場合は、先ずオリンピックのヘルシンキ大会を思い起こします。
第二次大戦後、我が国が初めて参加を許されたオリンピックですね。
当時ザーザーと雑音が入るラジオにかじりついて、日本選手の活躍に胸を躍らせていました。
あーあ、歳がバレルなあ。

フィンランドはスカンジナビア半島の付け根に位置していますが、東側はロシアと国境を接しています。
フィンランドの近代史は、ロシア(ソ連)により翻弄されてきた歴史でもあります。
16世紀にスウェーデン支配下のフィンランド公国として建国されますが、18-19世紀の大北方戦争とナポレオン戦争を経て、ロシアに支配されます。
日露戦争によりロシア皇帝の力が弱まると自治権を承認させて、世界で初めての女性も投票権を持つ選挙制度を確立します。
1917年のロシア革命の混乱に乗じて、フィンランドはようやく独立を果たします。
しかし、その後もソ連とは冬戦争を戦い、更に第二次大戦中は、ソ連に対抗するためドイツ側についたため、敗戦国として終戦を迎えたのです。

戦後は一方でNATOに加盟せず、ソ連との友好関係を保ちながら、政治体制は西側陣営に属するという、絶妙なバランスの上に中立政策を維持してきました。
ソ連崩壊後は次第に西側に接近し、1994年にEU加盟、2000年にはユーロを導入します。
お陰で、今回のツアーでは唯一ユーロが通用した国でした。

ソ連崩壊後、フィンランドは一時期経済的に苦境に追い込まれましたが、その頃から農業と林業主体であった産業構造を、ハイテク産業主体の工業先進国に変貌させ、現在では携帯電話のNOKIAや、コンピューター用OSのLinuxなど、ITでも世界をリードする位置にあります。
世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表する国際経済競争力の順位では、2001年から4年間首位を保ちました。
そして従来からの福祉国家という姿と共に、新しい国家モデルとして今後ますます世界から注目を集めるでしょう。

フィンランドは北緯60度から70度の間に位置し、北部は北極圏になりますが、メキシコ暖流の影響で気候は温暖です。カムチャツカ半島の更に北にあるとは、とても想像もつきません。
ヘルシンキの日中の気温は25度を越え、T-シャツ1枚で過ごせます。
残念ながら白夜の時期は過ぎていましたが、それでも初日ヘルシンキのホテルに着いた午後11時に撮影したのが下の写真です。
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そして早朝は4時にはもう明るくなりますので、暗くなる時間はほんの僅かです。
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by kanekatu | 2006-08-01 10:22 | フィンランド | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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