中央アジア紀行 その12

宿泊したブハラ・パレスはなかなか良いホテルでした。部屋もキレイでしたし、従業員も親切でした。中央に大きな吹き抜けがあり、エレベーターがガラス張りなのが特徴です。
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毎日一階のホールで夕方の9時ごろから2時間ほど、小さなクラシックコンサートが行われます。夕食が終わるとソファに座り、1杯200円のウオッカをなめながら生演奏を聴いて、リラックスしました。
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ブハラの2日目は、旧市街から少し離れた場所にある、チャル・ミナルの見学から始まりました。
4本のミナレットを意味するチャル・ミナルは、1807年にトルクメニスタン人の富豪が、メドレセの門番小屋として建てたもので、現在はメドレセは残っておらず、この建物だけが残されています。
ずんぐりしたミナレットが特徴的で、上部は青タイルで美しく装飾されています。
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チュシュマ・アイユーブは、ヨブの泉という意味です。人々が水が無くて苦しんでいると、旧約聖書の預言者ヨブが来て杖を地面につつくと、そこから泉が湧き出たという伝説によるものです。
ヨブさんの泉はあちこちにあるそうで、日本なら弘法大師みたいな存在なのでしょう。
12世紀に建てられてものを、14、16世紀に建て増ししたものですから、変った形の建物になっています。
内部では、今でも水が湧いています。
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チュシュマ・アイユーブの近くの店先で、なんだか良く分からない部品のようなものが並べて売られているのですが、一体誰がこういう品物を買っていくんでしょうね。
片方しかない靴、誰が履くんだろうか。
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イスマイル・サーマーニ廟は、サーマン朝2代目の君主の霊廟として、892-943年に建設されたものです。王朝滅亡後、全体がすっぽり土に埋もれていたため、奇跡的に破壊から免れ、1925年になって殆んど完全な形のまま発掘されました。
9m四方で壁厚さは1.8m、壁が少し内側に傾いているのが特徴です。
日干しレンガの組み合わせだけで模様をつけるという見事な装飾技術で、中央アジア最古のイスラム建築として、世界中から注目を集めています。
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アルク城は、歴代のブハラ・ハーンの居城で、最初にここに城砦が建てられたのは5世紀頃と推定されています。その後、破壊と再建が繰り返され、現在の城は18世紀に建てられ、20世紀初めまで使われていました。
1920年にアミール王とロシア赤軍との戦闘が起き、赤軍が勝利しますが、その際に建物の7割近くが消失しています。
アルク城の外観で、左が入り口です。
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堅牢な城壁が見られます。
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城内にある金曜モスクで、円柱と天井が木で作られています。
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ボロハウズ・モスクは、1712年に建てられてハーン専用のモスクで、長さ12mの胡桃の木でできた円柱20本が、テラスを形成しています。
建物の前庭には池があります。
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正面は、赤や青を使ってキレイに彩色されています。
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内部では礼拝が行われていました。
本来は撮影禁止ですが、内壁の装飾が余りに見事なので、カメラに収めました。
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昼食に出たスープですが、こちらのスープには麺が入っていることが多い。
味は、麺の少ない塩ラーメンを食べているような感じです。
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昼食後は自由時間となりました。バスで走行中に綿が収穫期になっていて、各地で綿摘みが行われているのを目にしていたので、ちょっとお手伝いをしようやという事になり、有志で参加しました。
丁度うまい具合に、中学生たちが綿摘みに来ている畑を見つけたので、そこに飛び入りさせて貰いました。写真は、綿花と綿の実です。真っ白で実に美しい。
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日本人が綿摘みの応援に来たというので、大歓迎を受けました。
中学生たちは英語を習いたて、こちらも下手な英語で、お互いにブロークンで冗談を言い合い、楽しい時間を過ごすことができました。
一緒に作業した少女です。
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彼女達の前掛けはカンガルーのような袋がついていて、収穫した綿花をそこに入れるのですが、大きく膨らんだ前掛けをさすり「ベビーかい?」とやったところ、これが大受けでした。
後から考えると、あまり品の良いジョークではなかったようですね。反省。
私たちのバスが出発する時には、全員が道路に出てきて手を振って見送ってくれました。お互いにとても良い思い出ができたと思います。
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by kanekatu | 2007-11-12 09:12 | ウズベキスタン | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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