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イエメンの砂漠に陽が落ちて(4)

この日のツアーの工程は、タイズから山岳地帯を越えてアラビア海に面する都市・アデンに向かいます。
タイズを早朝出発となりましたが、ホテル「タージ・シャムサン」の屋上から見た夜明けの風景です。
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同じく屋上から見た朝のタイズ中心部の風景です。
画面右奥に見える2本のミナレットがあるのは、アシュラフィア・モスクです。
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アシュラフィア・モスクは、イラク方面よりシーア派の布教にきたアシュラフ1世と2世によって13-14世紀に建てられました。
この日、内部を見学することができましたが、現在ユネスコによって修復が行われています。
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タイズの街を後にして、標高3005mのサビル山の頂上に4WDで向います。途中何回か写真を撮りましたが、下の写真はアルカヒール城塞の跡です。丘の上から右下に築かれているのは当時の城壁で、万里の長城を思わせます。
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次第に上っていくと、雲が眼下に見えます。
イエメンの大きな街は、どこも周囲を山で囲まれた盆地になっていて、これは外敵から守るのに有利な地形だからなのでしょう。
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山道はヘアピンカーブの連続で、そこを4WDがかなりのスピードで上っていましたが、1台が対向車が側面から衝突して事故となりました。
幸い怪我はなく良かったのですが、こちらの運転手は皆個人が所有していますので、この車の運転手にとっては痛い事故です。
トヨタの4WDですと、イエメンでの購入価格は6百万円くらいになります。普通の所得では到底買えないわけで、彼らの多くはアラブ首長国連邦などへ出稼ぎに行き、貯めたお金で乗用車を買い、観光の運転手などで稼いでいます。だから車のドアを強めにバタンと閉めただけで注意されます。車が生活の糧なのです。
ぶつけられた運転手はとても気の毒です。
どこから集まったのか野次馬が沢山現れました。
事故車に乗っていたツアー客は他の車に分散して移動を続けましたが、こういう事があると余裕をもって台数を確保していた添乗員の判断が活きます。
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サビル山の山頂付近です。
点々と白く見えるのは家で、よくこんな危険な場所に住んでいるなと思います。
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下の写真は、旧北イエメンと南イエメンとの国境があった場所です。右の建物が北イエメンの国境事務所でした。1990年に南北が統一し、今では国境の検問所も廃止となりました。
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途中のアルフェミー村には天然の温泉が湧いています。
小さな女の子がトランポリンのように土の上を飛び跳ねていますが、この地面の下はかつての海水だそうです。
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こちらは天然温泉の公衆浴場です。お国柄から男性専用で、水着着用です。
私たちのツアーの女性客の何人かが、ここで足湯に浸かりました。男達は一斉に湯船から出て、こちら側を凝視しています。この視線の先に、女性たちの足湯をつかっている姿があります。
平均年齢が60歳に届こうかというご婦人方ではありますが、イエメンの男性にとっては女性のナマ足を見るというのは、衝撃的なことなのでしょう。「やあ今日はイイモノ見せて貰ったよ」ってなもんですな。
米原万理さんのエッセーに、イランの男たちがカスピ海で水着姿を見るバスツアーというのがあると、書かれていました。一日中砂浜で一列に座って、女性の海水浴姿を見て帰ってくるのだそうです。
イヤハヤ、男というものはどこの国でも変りませんね。
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毎日11時ごろになると決まって、運転手さんたちが途中休憩をとります。
カート市でカートを買い求めるためです。安くて少しでも良いものを買うために、早い時間に購入する必要があるのです。
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写真のように、柔らかい葉っぱの部分をガムのように噛みます。
勧められて私も噛んでみましたが、お茶の葉のような感触でした。思ったより不味くない。
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アデンに着くと、先ずランボー・ハウス(現在はランボー・ツーリストホテル)を見学。
フランスの生んだ天才詩人アルチュール・ランボーが、若くして筆を捨て、ここアデンで貿易商として働いていた時に投宿したホテル。今でも彼が泊った部屋はそのまま残されています。
36歳の亡くなる際に、ここアデンに帰還することを切望したとされています。
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アデン・タンクは1世紀に造られた大型の貯水池で、イギリス統治時代に発見されました。今は周囲を公園に整備して市民の憩いの場となっています。
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アデンは旧南イエメンの首都でした。アデン港は天然の良港として、海のシルクロードの時代には中継基地として栄えました。
2000年10月にここアデン港で、イスラム原理主義勢力アルカイダによる米艦コール襲撃事件が起き、これが翌年の米国での9・11事件や、その後のアフガニスタン、イラク戦争へとつながってゆきます。
写真の様なのどかな風景からは、想像もつきません。
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夕暮れのアデン湾海岸の風景です。
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アデン湾に沈む太陽です。
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宿泊は「シェラトン・ゴールド・モハル」でしたが、設備、サービス共に、今回のツアー最低のホテルでした。
シェラトンの名が泣きます。
by kanekatu | 2008-02-04 12:28 | イエメン

憂きな中にも旅の空


by kanekatu