カテゴリ:オーストリア( 13 )

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(14)最終回

ウィーンの宿泊ホテル「トレンドサボエン」は快適でした。
内装のデザインがシックで落ち着けて、1泊だけがもったいない感じです。
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もっとも旅行会社としては、最後のホテルを豪華にしていくと、全体の印象が良くなると期待しているのでしょう。終り良ければ全て良しの例えです。

最終日は午前11時にホテル出発で帰国の途につくので、時間が殆んどありません。出発まで部屋でゆっくり休んでいた人も多かったのですが、私は地下鉄で街の中心部に出て、シュテファン寺院を目指しました。
南塔の入り口で3.5ユーロを払い、343段の石の階段を一気に上りました。
オーストリアに来て以来、毎日のように山道を歩いた効果です。
残念ながら改修工事中のため、一部は見られなかったのですが、それでもウィーンの街の全景を見渡すのはここしかありません。
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遠くに白いツインの尖塔が特長のヴォティーフ教会が見えます。
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当たり前ですが、シュテファン寺院の屋根を見るのは、この場所しかありません。
モザイク模様のデザインの屋根が美しい。
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さて今回のツアーの感想ですが、参加者のどなたかが言っていたように、「ツアーは天気と添乗員次第だ」はその通りです。
途中雪が降り、震え上がった日もありましたが、幸いなことにハイキングの日は全て晴れてくれました。全体としては天候に恵まれ、チロルやザルツカンマーグートの素晴らしい景色を堪能することができました。
もう一つは、やはり添乗員の大藪和彦さんでしょう。
今回のツアーの参加者の中で、大藪さんが4回目という方がいましたが、気持ちが分かります。私ももしこれからのツアーで添乗員を選べるなら、この人にしたいです。
宿泊ホテルは街の中心に近い場所がセレクトされていて、料理も美味しく戴きました。
全体としてとても充実したツアーだったと言えます。

観光中に目に付いたオーストリアの人々の印象ですが、先ず自転車好きですね。
駅のホームは駐輪場みたいに沢山の自転車が置かれていますし、ホテルでは老若男女にかかわらず、自転車のツーリングのグループの姿をしばしば見かけました。
ハイキングに行けば老人から子どもまで、杖をついている人、車椅子の人、お腹の大きい女性、ベビーカーの赤ちゃん、実に様々な人々が山歩きを楽しんでいます。自転車を担いで歩いている人もいました。
日本では登山というと中高年が中心になっているようですが、ああした点は見習いたいですね。
すれ違う時は必ず挨拶をし合って、とても良い雰囲気でした。

最後にオーストリアの土産物を紹介します。
こちらは「猫舌チョコレート」で、少々高いですが美味。
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陶器の人形ですが、いかにもウィーンらしい気品のある顔立ちをしています。
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「オーストリア・アルプス旅行記」は今回が最終回です。
次回の海外旅行は来年になるでしょうが、又その時まで、ごきげんよう。
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by kanekatu | 2009-09-14 09:08 | オーストリア | Comments(2)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(13)

ツアー8日目、首都ウィーンのホテルに戻ったのが夕方の5時、これ以降は夕食を含めて自由行動の時間です。
添乗員が気を利かして、希望者は街の中心に案内するし、夕食も自分がよく食べに行く美味しい店があるので、希望者は一緒にとの呼びかけ。結局全員一緒で街に繰り出すことになりました。

先ずは市内観光に便利な24時間フリーパスのチケットを購入。5.7ユーロで24時間、市内の地下鉄や路面電車、バスが載り放題なので、これはお得。
自動販売機でも購入できますが表示がチンプンカンプンなので、駅近くの売店で買いました。
乗車前に時刻をパンチしておけば、そこから24時間自由に(他の人が使っても構わない)乗車できます。
実際には車内の検札はめったに来ないので、タダ乗りも可能ですが、そのかわり万一見つかった場合は法外な罰金を取られるそうですから、やはりチケットを買ったほうが無難です。
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市の中心部は公共交通機関が発達しているので、移動は楽です。
こちらが路面電車。
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こちらは地下鉄。
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ウィーンの旧市街はリンクと呼ばれるサークル内に、主要な観光施設が集中しています。リンク内は歩行者天国なので、安心して散策ができます。
モデルコースに従って、先ずはオペラ座が出発点になります。
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ケルントナー通りを北へ真っ直ぐ。
歩道の所々に有名な音楽家のサイン入りのタイルがはめ込まれているのは、いかにも音楽の都ウィーンらしですね。
写真には20世紀を代表する偉大な指揮者、ブルーノ・ワルターの名前が見えます。
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ケルントナー通りには有名ブランド店や老舗の店、カフェが並んでいます。
屋外のテーブルでくつろぐ女性たち。スカーフをかぶっているのはイスラムの人ですが、殆んどのイスラムの国では、屋外で女性同士が飲食をすることは考えられません。そういう意味では、イスラムの女性は気の毒です。
私たちからすると、どうしてもイスラム教の戒律は時代遅れであり、近代国家にはそぐわないと思えてしまいます。彼女たちの幸せそうな表情を見ると、余計にそう感じます。
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ウィーンの象徴、シュテファン寺院です。1359年の完成で、天に向かってそそり立つ高さ137mの南塔は、世界3番目の高さです。
とてもカメラに入りきれません。
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寺院の周辺は人で一杯でした。
美しいブロンドの女性が目の前を通りすぎて行きました。
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馬車で観光している人もいます。ちょうどシュテファン寺院の南塔の前を通っているところです。
最近ではこうした若い女性の御者が人気があるのだそうです。
タカラヅカの男役みたいですね。
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夕食はシュテファン寺院の裏手にある「グヤシミュージアム」という店でとりました。
殆んどの人が写真のウィナーシュニッツェルを注文しました。オーストリアを代表する料理で、牛カツです。揚げたてにレモンを絞って食べるのですが、これが美味。しかもビールやワインにもピッタリです。
今回のツアーでの食事はどこでも美味しく、満足しました。
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シュテファン教会から西に向かう道路がグラーベン通りです。
右側の少し奥まったところに見えるのが、1733年建立のペーター教会で、バロック様式の建物です。
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南に向かって左に折れるとコールマルクト通りで、その正面が王宮になります。
13世紀末からおよそ600年にわたってハプスブルク家が居住してきた王宮でですが、今回は見学時間がなく、外観だけです。
王宮の入り口、ミヒャエル広場です。
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マリア・テレジアの像。
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夕焼けに染まる王宮です。
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ここから路面電車に沿って東に歩くと、振り出しのオペラ座に戻ります。
夕食のついでの散歩がてらでしたが、ウィーンの中心部をグルリと巡ってきました。

次回は最終回です。
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by kanekatu | 2009-09-09 09:50 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(12)

この旅行記を読んでいる方の中には、日々沢山の観光地を巡っているなとお気付きの向きもあるでしょう。
そうなんです、このツアーは内容が充実していて毎日が飽きることがありません。
一つには、オーストリアは比較的小さな国なので、移動時間が短くてすみます。それとツアー中、土産物店への案内がゼロでした。
旅行中に指定の店で買いものをさせたり、旅行会社が勧める商品を買わせたりすれば、添乗員にいくらかの報奨があるようですが、今回の添乗員・大藪さんは敢えてそういうことはしないという考え方です。
買い物は自由時間に、添乗員から案内されたホテル近くのスーパーで各自が済ませるので、観光にタップリ時間がとれます。
大藪さんの人気添乗員としての実績から、そうしたことが許されているのかも知れません。

バスの運転手は、2-8日目まで通してエルヴィンさんという人でした。いつもにこやかで、私たちも気分よく車内を過ごすことができました。
写真のフロントガラスに貼られているツアーの名前が「ファーストクラスと豪華客船でいく世界一周103日間の旅」とありますが、これも毎日添乗員が工夫して書きかえています。
この前で記念写真を撮っておくと、ちょっとした自慢になります。
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8日目の最初の観光はメルク修道院です。
11世紀にベネディクト派の修道院として建てられたのですが、その後トルコ軍によって焼失。1720年にバロック様式の建物として再建されました。
今は写真右上に見える白いタワーだけが、創建当時の面影を残しています。
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メルク修道院の正門です。
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こちらは中庭。
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ただ外観の立派さに反して、内部の展示がモダンアート風に改装されていて、安っぽい印象を受けました。
大衆ウケを狙っているのかも知れませんが、こうした宗教施設にはそぐわないように思えます。
とにかく大勢の観光客で賑わっていましたが、京都や奈良の寺院を見慣れている私たちにとっては、どこにそれ程の魅力があるのか理解できません。
こちらは三姉妹でしょうか。
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昼食は修道院の直ぐ近くのレストランで。
写真のスープはオーストリアのコースで定番のスライスパンケーキ入りコンソメスープです。
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午後からはヴァッハウ渓谷のクルージングです。
ドナウ川流域の中でもこのメルク-デュルンシュタイン間のヴァッハウ渓谷は最も美しいとされています。
ただドナウ川の汚染はかなりひどく、水は決して綺麗とはいえないのが残念です。
ドナウ川の支流であるメルク川の船着場から乗船。
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やがてドナウの本流に入り、約31kmの川下り。
生ビールを飲みながらユッタリと両岸の景色を眺めての遊覧です。
右岸の岩の上に見えた美しいシェーンビュール城です。
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およそ1時間半でデュルンシュタインの街に到着、ここで下船。
正面に見えるのは聖堂参事会修道院教会です。
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ここからは最後の観光地であるウィーンに向かってまっしぐら。
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by kanekatu | 2009-09-05 14:46 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(11)

7日目の午後はサンクトギルゲンから遊覧船に乗船して、ウォルフガング湖の対岸のサンクトウォルフガングの街に向かいます。
船着場の辺りには沢山のクルーザーが繋留されていて、クルージングや水上スキーで楽しむ人の姿が見られました。
この母娘は、これからクルーザーに乗るところでしょうか。
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12世紀以来巡礼の街として栄えたサンクトウォルフガングの中心にある教区教会です。
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昼食はこの街の有名レストラン「白馬亭」で。
「白馬亭にて」という有名なオペラがあり(日本ではあまり上演されないそうですが、オーストリアでは人気の演目とか)、その舞台となった店です。
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メインはマス料理で、あっさりとした味でした。
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スイーツはこの店の特製ケーキですが、これが美味い。
私は甘いのもが苦手ですが、それでも美味でした。
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誰も食後のコーヒーを頼まないのを見て、添乗員が面白いことをいってました。
日本のツアー客は、食後のコーヒーや紅茶が無料だと飲むけど、有料だと頼む人が殆んどいない。団体客相手の場合は利幅が薄いので、店としては飲み物で利益を上げたいのだが、ビールやワインは頼むけど食後の飲み物をオーダーしてくれないという不満があるらしい。
確かに土産物店に案内しても、最近は買い物をする人が少なくなりましたね。
ホテルの近くのスーパーでお土産を買う人が増えたし、日本人観光客の財布の紐はすっかり固くなりました。

湖畔からカワイイ蒸気機関車にのって、傾斜26度のところをおよそ40分登りました。
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直ぐ前の席の女性で、きれいな金髪でした。
なにせ髪フェチなもんで。
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頂上のシャッフルベルク展望台は標高1783mです。
ウォルフガング湖が一望に見渡せます。
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周囲にはこんな切り立った岩山が見えました。
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展望台にはレストランがあり、登頂を記念してビールで乾杯、また格別の味です。
やたら威勢のいい店のお姐さんです。
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夕食は参加者の方のささやかな誕生日パーティーをかねて。
メインはポークコトレッタのマスタードソースかけにポテトのクロケット(コロッケ)、それに温野菜です。
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早いもので、明日は最終日の観光となります。
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by kanekatu | 2009-09-02 10:35 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(10)

バート・イシュルは小さな街ですが、かつて皇帝フランツ・ヨーゼフが夏場はほとんどこの地で過ごしたといわれるほど、温泉リゾートで有名な場所です。
写真はバート・イシュル鉄道駅で、正面にはポストバスの停留所が見えます。
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街はトラウ川とイシュル川に挟まれて形成されています。
トラウ川畔にはエスプラナーデと呼ばれる遊歩道があり、写真の左側から2軒目の白い建物が、オペラ「白馬亭にて」やオペレッタ「メリー・ウィドウ」の作曲家レハールの家(ヴィラ)です。
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とにかく美しい街並みです。
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ギリシャ風の建物トリンクハレ、内部がギャラリーになっています。
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プファーガッセと呼ばれる商店街です。
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7日目の朝、バートイシュルを出発し、バスでザンクトギルゲンへ、そこからゴンドラでツヴァルファーホルン展望台に到着。
周辺をおよそ1時間半のハイキング。天候に恵まれノンビリと歩きました。
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アルプス地方では夏場になると、家畜の牛を2000m級の山で過ごさせる風習があります。その場所を「アルム」といいます。
9月秋の気配が深まると、牛たちは一斉に山を下りてくるのですが、その際には牛に飾りをつけ、村中が集まって盛大なお祭りをするそうです。
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ツヴァルファーホルンから見たドイツの山々です。
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ここにも沢山の高山植物が咲いていました。
この花は何でしょうね。
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ハイキングを終えてゴンドラで下山。
ザンクト・ギルゲンの街はモーツァルトに因んだ街として有名で、中心部には幼いモーツァルト像が建っています。
生まれて初めてバイオリンを手にしたモーツァルトが、あまりに見事に演奏したので父親が感激の涙を流したという逸話に基きます。
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ここはモーツァルトの母の生家です。またモーツァルトの姉が嫁いだ場所でもありますが、残念ながら補修工事中でした。
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午後からはヴォルフガング湖とシャフベルク展望台の見学です。
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by kanekatu | 2009-08-28 11:30 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(トニー・ザイラー氏の死去)

8月24日、オーストリアのスキーの名選手、トニー・ザイラーさんが亡くなったことが報道されました。享年73歳でした。
トニー・ザイラーさんはチロル州の出身。
1956年の冬季オリンピック・コルティナダンペッツォ大会で、アルペンスキーの滑降、大回転、回転で初の三冠を達成した選手で、オーストリアの国民的ヒーローです。
写真は左がトニー・ザイラー氏で、右はこの冬季大会で日本選手として史上初の銀メダルに輝いた猪谷千春氏です。
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今回の旅行の時も、インスブルックやコルティナ・ダンペッツォでその名前を度々聞きました。
選手時代から美男(イケメン)でも有名で、スキー選手引退後は映画俳優としても活躍しました。
私も中学時代、彼の主演した「白銀は招くよ」をみて、雪山の美しさとスキーの見事さにウットリしたことを憶えています。
たしか来日したこともあり、黒髪に黒い目に魅せられた女性フアンが多かったと思います。
ご冥福をお祈りします。

♪処女雪ひかる ひかる
冬山呼ぶよ 呼ぶよ
ヤア ヤッホー ヤア ヤッホー
こだまがこたえるよ
なんだか今日は いいことが
ありそうな気がするよ
素敵な恋の 前ぶれか
かもしか跳んでいく
燃える火のようなヤッケー
ヤア 恋のシュプール ヤッホー♪
(ウロ覚えで間違っているかも知れません)
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by kanekatu | 2009-08-26 10:56 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(9)

6日目の今日はコルティナ・ダンペッツォを出発し、ザルツカンマングートまで7時間半のバス移動です。
途中オーストリア・アルプス最高峰の「グロース・グロックナー」(標高3797m)を眺望し、ハルシュタット湖畔を散策しようというわけです。

午前中最初のトイレ休憩はリエンツ駅です。
オーストリアでは公共のトイレはチップが必要で、金額は25-50セント程度ですが、小さな硬貨を揃えておくのが手間です。この駅はドアにコインを投入しないと開きません。そのかわり一度開いたら、前の人が出たあとにドアを押さえてもらい次の人が入るようにすれば、2人目以下はタダで使えます。
でもなんかセコイなあー。
駅には売店があって、ベンチでコーヒーなどが飲めますので休憩には便利です。

下の写真の写っている「ポストバス」について説明します。
昔は郵袋をつんで街から街へ村から村へ郵便馬車が走っていました。当時の馬車は金色に塗られていたので、今のバスも車体が黄色です。
せっかく郵袋を運ぶのですから、同時に人間も運ぼうという発想から当時の人々の交通手段にもなっていました。
その伝統をそのまま受け継ぎ、郵便局と鉄道の駅とを結んでいるのが、この「ポストバス」です。
郵便局はどんな小さな町にも必ずありますから、庶民の足として有効利用されているのです。
日本では国鉄も郵政も民営化されてしまいましたが、オーストリアは逆にその国鉄と郵便が手を結んで国民の足を守っている。果たしてどちらが国民のためになっているのでしょうか、考えさせられますね。
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途中ハイゲンブリュートの展望台から教会とバックのアルプスの写真を撮りましたが、この日は晴れてはいたのですが雲が多く、肝心の「グロース・グロックナー」は顔を見せません。
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バスと徒歩で標高2369mのフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台へ。
ここでも3000m付近にかかった雲でやはり「グロース・グロックナー」を見ることができません。
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ここからケーブルで下りて、東アルプス最大の厚さ300mと言われるパステルッツェ氷河を見学。
写真の右下に1985年の文字の看板が見えますが、1985年当時には氷河がこの位置にあったことを示しています。今はご覧のとおり遥か彼方に後退してしまい、地球温暖化によりこれだけの規模の氷河が消えてしまったわけです。
こうして目の当たりにすると、環境問題の深刻さを痛感します。
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昼食はフリーでしたが、展望台のレストランで添乗員お勧めのソーセージとザウアークラウト、ポテトを肴にビールで乾杯。
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展望台を後にして一路ホッホアルペン街道をまっしぐら。出口料金所近くに牧場があり、毛足の長い牛がのんびりと餌をはんでいました。
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この後私たちは、ハルシュタット文明で名高いハルシュタットの町に向かいました。
紀元前1000-500年ごろにハルシュタット付近に眠る豊富な岩塩を求めて、ケルト民族がここ中欧に移動してきたハルシュタット時代がありました。
美しいハルシュタット湖の姿です。
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湖畔の町の中心にあるマルクト広場です。
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広場の周辺にはレストランがあり、家族連れがアイスクリームを食べていました。
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長いバス移動のすえ、ザルツカンマーグート地方の町の一つバートイシェルに到着。
今夜はホテル「ゴルデネスシフ」に宿泊。
ここでは日本人旅行者には会わないと思っていたら、他に2組の日本人ツアーグループが一緒となりました。
夕食のメインは牛肉の煮込みとフェトチーネです。それにビールとワイン。
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この後希望者は近くの温泉に繰り出したようですが、私は街の中を散歩して就寝。
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by kanekatu | 2009-08-25 10:00 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(5)

インスブルックはアルプスの東西南北を結ぶ十字路の街として、特に15世紀末のマクシミリアン1世治世の時代に大きく発展してきました。
しかし日本でその名が知れるようになったのは、何といっても1964年と1976年の2回にわたる冬季オリンピックの開催でしょう。
人工わずか13万人の小さな街であるにもかかわらず、12年間に2回冬季オリンピックを行ったのは、このインスブルックしかありません。
ツアーではこのあと、冬季オリンピック開催地の街を2ヶ所訪れますが、さらに小さな街です。
私たちはオリンピックというと、どうしても膨大な予算を組んで大きな公共工事をやるというイメージがありますが、こんな小さな自治体で開催ができるのです。
旧市街の建物の間の左奥に、オリンピックでも使用されたベルクイーゼル・ジャンプ台が望めます。
そこのお父さん、右下じゃなくて左奥ですよ!
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インスブルックは、オーストリアチロル州の州都でもあります。
チロルというのは昔から独立心の強い所で、1809年にはナポレオンの支配下に入ることを快しとせず蜂起したことがあります。
今はイタリアに組み込まれた南チロル地方では、現在も会話はドイツ語を使い、チロルとしての一体感を保っています。
チロルといえば、ミュージカルや映画でお馴染みの「サウンドオブミュージック」の舞台となった場所ですが、この地方出身のトラップ大佐はオーストリア人ではなくチロル人と呼ばれているようです。

黄金の小屋根の近くにあるヘルプリングハウスは、外壁の表面を飾りシックイで装飾したロココ調の建物で、インスブルックで一番美しいという評価がある一方、周囲の景観をマッチしないという否定的な見方もあるそうです。
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王宮は15世紀に建てられ、18世紀のマリア・テレジアの時代にロココ様式の建物の改築されました。
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宮廷教会は、元々マクシミリアン1世の霊廟として建てられたものですが、実際には内部に墓石のみが納められています。
外観が少し人間の顔に似ていて、ユーモラスです。
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王宮の前にあるのが、レオポルドの噴水です。
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その後方にあるのが州立劇場で、オペラやコンサートなどがここで開催されています。
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夕食はターフェルシュピッツと呼ばれる牛肉の煮込み料理がメインでした。
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夕食後の自由行動では、一人で市の塔に登りました。
高い所を見ると登りたくなる性分なもので。
頂上では旧市街を一望できます。
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ツインタワーが印象的なザンクト・ヤコプ教会の屋根が見えました。
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黄金の小屋根もこの角度からだと、クッキリ見えます。
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レストランのオープンエアで家族が食事をしている風景です。
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こちらは朝、通勤の女性です。
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憧れだったインスブルック、短い時間でしたが街の美しさを堪能しました。
ツアー2日目にして目的を果たしたような気分ですが、観光はこれからが本格的に始まります。
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by kanekatu | 2009-08-10 09:22 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(4)

インスブルックでの宿泊ホテルグラヴァー・バールは外観はパッとしませんが、部屋はコンパクトで使い勝手は悪くありません。何より旧市街から200mほどと立地が良いのが魅力です。
エントランスのデザインもなかなか洒落ています。
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私たちの他に大きなグループが泊っていたのですが、よく朝見ると自転車のツーリングの人たちでした。数十名の集団で、自転車旅行をしているのでしょう。
とにかくゲルマン民族というのは自転車が好きなようで、オーストリアでも至るところでサイクリングの人を見かけます。日本と違って自転車を列車に乗せられるので、駅のホームに沢山の自転車が置かれていたり、ホームへの階段には自転車用のコンベアが設置されているのを見ました。
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インスブルック駅から東西にのびるサルールナ通りを西に向かうと、凱旋門が見えてきます。
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ここが交差点になっていて、北に向かうのがマリア・テレジア通りです。
北に向かうと正面にアンナ記念塔が見えてきます。本来は恰好の撮影スポットですが、周辺が工事中のため側面を撮っています。
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北端に旧市街があります。
インスブルックは周囲をアルプスに囲まれた地形のため、街のどこからも2000m級のアルプスの山々を見ることができます。
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旧市街の中は石畳の歩行者専用道路が続いています。
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インスブルックという地名の由来は、イン川にかかる橋という意味で、この川の辺を中心に街が発展してきました。
橋の上から見たイン川の情景です。
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それぞれの建物にはエルカーと呼ばれる出窓が連なっているのが、この町の特徴です。
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ゴルデナー・アドラーはインスブルックで最も古いホテルでした。16世紀の半ばに建てられ、王侯貴族からゲーテやハイネといった著名人が宿泊しています。
入り口の脇には、そうした著名な宿泊者の名前が、大理石に刻まれています。
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モーツァルトの名前もありますが、明らかに後から付け加えたものでしょう。
モーツァルトの生涯は不明な部分が多く、後世になって彼が大音楽家と認められるようになってから、家族や友人への手紙で足跡が判明しています。
このホテルに宿泊したのも後に分かったため、相撲の番付の張り出し横綱みたいな表示になったようです。
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インスブルックといえば「黄金の小屋根」です。旧市街の中心に位置し、16世紀末に当時の皇帝マクシミリアン1世が、広場の行事を見物するために造られたものです。
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名前の由来となっている屋根は金箔を施した銅版瓦でできていて、バルコニーの手すり部分には皇帝とその二人の妻のレリーフがはめこまれています。
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インスブルックの市内観光は、次回に続きます。
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by kanekatu | 2009-08-07 09:13 | オーストリア | Comments(0)

「チロル・ドロミテ・ザルツカンマングート」旅行記(3)

2日目の今日は、いきなりゼーフェルダーの稜線を歩くハイキング。前日は深夜近くに到着し、シャワーを浴びたり荷物整理をしたりで睡眠がゆっくり取れないまま、朝8時にホテルを出発、ぜーフェルトに向かいました。飛行機の中で眠れない人は、こういう日程はキツイですね。
ハイキングといっても一応山岳ガイドが付きます。二人のうち一人は日本人の山本さんという方で、日本人としてガイドのライセンスを取得した第一号だそうです。
先ずはぜーフェルトのケーブルカー駅に到着。

始発のケーブルカーに乗り、標高1760mのロスヒュッテ駅に到着。
そこからロープウェイに乗り換えて、2064mのゼーフェルダー・ヨッホ駅に向かいます。
天気は快晴。添乗員から事前に防寒対策について指示がありましたが、そんなこと全く気にならない気候です。
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ヨッホ駅からゼーフェルダー・シュピッツ頂上2220mまで稜線を歩きます。途中大きな石がゴロゴロしていたり、道幅の狭い道を鎖につかまって昇り降りする場所もありましたが、往復で1時間半、周囲の雄大な景色や咲き誇る高山植物を眺めながらの、とても快適なハイキングを楽しみました。
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岩陰には一部雪が残っていて風は冷たいのですが、歩いていると汗ばむような陽気で、私は途中からT-シャツ姿になりました。
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ヨッホ駅に再集合し、ここから希望者だけロープウェイを使わず徒歩で下りることになりました。私はもちろん徒歩組です。標高差300mを下るだけですが、30分位で下りるというのは予想以上にキツイ。
ロスヒュッテに着くと一目散でレルトランに入り、生ビールを注文。これが、身体が震えるほど美味い。疲れが一気に吹き飛んだ感じでした。
これでまた昼食の時にもビールを飲むという具合に、この旅行はビール漬けでした。
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この後ケーブルカーでゼーフェルトを経てバスでホテルに戻り、着替えをして近くのレストランで昼食です。
メインはチロラーグレステル(写真)で、肉とポテトを炒めた素朴な料理ですが、これがビールと良く合うんです。
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このインスブルック旧市街のレストランでも大勢の客が昼食をとっていましたが、天気が良いので室外の席に人気がありました。
短い夏を楽しむために人々は積極的に太陽にあたります。室外のテーブルも日光があたる所から埋まっていくそうで、この辺りは日本と全く逆です。
女性たちはタンクトップなど肩や胸の上部を露わにした服装をしていて、時に目のやり場に困ることもありました(ホントは困ってない)。
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次回はいよいよインスブルックの市内観光です。
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by kanekatu | 2009-08-04 09:42 | オーストリア | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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