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モロッコ旅行記(6)

早朝4時にホテルを出発、エルフードからおよそ1時間、4WDに揺られてメルズーガに向かいます。
一般に「メルズーガ大砂丘」と呼ばれますが、メルズーガはこの近くの村の名で、大砂丘の名称は「レルグ・シェビ」。人の住んでいる所から最も近い砂丘ということで人気が高い。
今回のツアーでは、砂丘の頂上から日の出を見ようという趣向のためこんなに早起きしたわけです。
4WDを降りてここからは徒歩かラクダで大砂丘に向かいます。
私は徒歩を選んだので真っ暗な砂漠を懐中電灯を照らしながらひたすらガイドの後に付いて歩きました。この辺り一帯は土漠ではなく砂漠なので、足が砂にめり込みとにかく歩きにくい。カッコウつけずにラクダに乗れば良かったと思っても、もう遅い。歩くこと1時間、ようやく大砂丘に到着。疲れてへたり込んでしまいましたが、眺めは絶景です。夜明け前なので実際は暗いのですが、カメラで撮ると明るく写っています。
砂丘の風紋。
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大砂丘の頂上から見た砂漠は絵のように美しい。下ではラクダも人も休んでいるのが見えます。
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ラクダに乗ってきた人たちが到着。こちらに向かって歩いてきます。
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これも風紋
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この日は雲に覆われていて、せっかくの日の出が拝めなかったのが実に残念。
でも砂漠の美しさは満喫しました。
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再び徒歩でメルズーガに戻ります。ラクダで来た人はラクダに乗って。アラビアのロレンスを思い出す。
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朝食は、砂漠のオーベルジュ(ホテルレストラン)にて、先住民族ベルベル人スタイルでという歌い文句でしたが、中身はごく普通の朝食でした。
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外には帰りの4WDが待機。
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ソーラー発電とパラボラアンテナ、砂漠も先端技術。
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エルフードからワルザザードまでも街道を「カスバ街道」と言います。カスバとは城壁に囲まれた要塞のことで、この街道沿いには日干しレンガで出来た大小のカスバが残されています。
オアシスにあるナツメ椰子や野菜の畑、こういう所の農作業が大変でしょう。
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山の麓にカスバが見えます。
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背後にはアトラス山脈が控えています。
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こうした光景が延々と続きます。
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途中、トドラ川沿いにある景勝地「トドラ渓谷」へ。川の両岸に切りたった岸壁が迫っています。
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ロッククライミングの練習のために訪れる人も多いとか。
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こうしたホテル・レストランが数軒並んでいます。
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昼食のメインは名物の鍋料理タジンで、この日は牛肉と玉子のタジン。モロッコに来て初めて美味しい料理を食べました。ここはアルコールが出ない店なので、前日にスーパーで買った缶ビールを皆さんにもお裾分け。
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ご飯もサラダです。
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夕方ワルザザードの街に到着。少年らがサッカーをしていました。
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この日は朝4時から観光開始で疲れ果て、夕食後はシャワーを浴びて直ぐに就寝。

次回は再びアトラス山脈を越えてマラケシュに向かいます。
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by kanekatu | 2014-02-01 11:29 | モロッコ | Comments(2)

「ここは地の果て」アルジェリア紀行その6

サハラ砂漠での昼食は、トゥアレグ族のテントの中でとりました。
生野菜と羊の焼肉(タレを掛けながら数時間かけて焼き上げるそうで、これがなかなか美味!)、それにクスクスです。予想以上に豪華で、美味しかった。
皆さん、砂が沢山混じった料理を、しつこい蝿を手で追い払いながら食べていました。
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昼食後は、午後3時までテントで昼寝となりましたが、いかに陽が遮られていても、気温は30度をゆうに越していますので、そうそう眠れるものじゃない。結局おしゃべりをして、時間を過ごしました。
さて3時になって出発と思ったら、4DWがいない。運転手はどこに行ったのか、いつ戻るのか分らない。
答えは「インシャラー」。
アルジェリアでは、こんなことの繰り返しです。

考えてみれば、サハラの中と私達の生活とでは、時間に対する観念が違うのでしょう。時間の流れ方が違うと言った方が正確でしょうか。
午後3時だって、時計の針が3時を指しているのではなく、太陽の傾き方で判断しているのかも知れません。
日本だって江戸時代、1ッ時は2時間でしたから、時間の感覚が今の私達とは全く異なっていたと思われます。「暮れ六つに会おうじゃねえか」と約束したって、当時は±1時間程度の幅があったんでしょうね。
こうしたことを想像できるのも、海外旅行の楽しみの一つではあります。

翌日は、朝ジャネットを出発し、夜にはワーグラーに着く移動日でした。
そして朝集合すると、又しても4WDが揃っていない。今度はジャネットの街全体にガソリンが来なくって、給油ができないとの説明です。この国には石油は売るほどあるんだろうと、文句を言っても始まらない。
隣町まで行けば、ガソリンがあるかもしれないし、とにかく行ける所まで行こうと、文字通りの見切り発車です。
見通しは、無論「インシャラー」。
ここから先は、ガソリンスタンドを見つけるたびに立ち寄り、やっぱり無いの繰り返しをしながら、出発後6時間後にようやくガソリンが手に入りました。
運転手と現地ガイドが喜んで抱き合っていましたから、かなり間一髪だったのでしょう。私達も日干しにならずに済みました。

午後4時にはイリーズイの空港に到着して、やれやれ搭乗手続きと思ったら、入国申請書を出せという要求がありました。結局空港係官と現地ガイドの交渉が行われ、不要との結論になりました。
国内便に搭乗するのですから、全く無意味な要求ですが、しかし係官がどうしてもという場合は、書類を出さなくてはいけないそうです。
ここで西田さんの、もう一つのスローガンです。
「長いものには巻かれろ」。
アルジェリアでは、いかに理不尽と思えても、御上に逆らってはいけないという教訓です。

かくして、珍しく定刻に出発した飛行機はワーグラーに到着、その地で宿泊となりました。

アルジェリアのホテル事情は、かなり悪いと言えるでしょう。
私自身は、過去40カ国中ダントツのワーストでした。他に100カ国を超えるような旅の経験をした方に伺うと、「もっとひどい国もあったよ」との感想でした。推して知るべしというところでしょうか。
シーツとタオルが洗濯してあり、ドアに鍵がかかり、シャワーから水が出て、トイレの水が流れ、部屋の電気が点く、これが全部揃っていれば、立派な合格ラインです。

今回宿泊のホテルは、最低でも2つ星の筈でしたが、実力はマイナス一つ星で、中にはマイナス5つ星のホテルも。
具体的に列記すると、
・室内にスズメバチのような大きな蜂が2匹いて、追い払おうとして逆に襲われ、逃げ回っているうちに、ドアの金具で受傷した人がいた。
・排水が詰まっていて、バスタブに入っていたら、いきなり汚水が逆流してきたという人がいた。
・部屋に入って先ずやることはゴキブリ退治。小さなヤツは叩き潰し、大きなヤツは追い出す。
・部屋の隅に水溜りがあるのは、不快。
・部屋を掃除した様子がない。
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・クローゼットの中が黒かびで覆われていて、カビの刺激臭で目や頭が痛くなった。これが一番キツカッタ。
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などなど、言い出したらきりがありません。

それでも、サハラや後ほど記事にするカスバの魅力には代えられません。
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by kanekatu | 2006-05-29 09:29 | アルジェリア | Comments(0)

「ここは地の果て」アルジェリア紀行その5

今回のツアー参加者の多くは、タッシリナジェールの岩絵を見るのを楽しみにしていましたが、実際には私を含めて感激したのは、サハラそれ自身の姿でした。
私は、サハラはこれまでにチュニジアとリビアで見てきたのですが、アルジェリアで見るサハラはそれまでと全く異なり、初めて本当のサハラを見たとの実感が湧きました。
違いの第一はスケールの大きさです。今回のサハラ観光では、砂漠の中に沢山の岩山が姿を見せる岩砂漠、
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中央下の車の大きさから、岩山の大きさを想像して下さい。

瓦礫と土からなる礫砂漠、
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ここでは多少牧草が生えているため、山羊の放牧を行っています。

そして通常の砂漠のイメージである砂の砂漠です。
太古のサハラは、岩山が連なっていたと考えられます。その岩山に水が沁み込み、冬場に凍結して膨張し、岩を次第に砕いていきます。いわゆる凍結融解現象です。
砕かれて小さな瓦礫となったものは、風化作用により、より細かな土になります。
更に強風に煽られて、細かな土は遠くに飛ばされ、粒度の揃った土だけが残ります。これが砂と呼ばれます。

  いのちなき砂のかなしさよ
  さらさらと
  握《にぎ》れば指のあひだより落つ..
                   石川啄木

握れば指の間から落ちてしまう、砂はつまり保水性が全くないので、普通の植物は生息できなくなります。
砂漠の成因というのは、本で読んで知っていましたが、サハラでそれを目の当たりにしました。

第二は砂漠の美しさです。
昔「アラビアのロレンス」という映画を見て、多くの人は砂漠の美しさに目を瞠りました。
ビロードを想わせる砂丘、時々刻々変化する風紋、光の当り方で変わってゆく砂の色、実際の見る砂漠の美しさは譬えようがありません。
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右下、豆粒のように写っているのが人間ですから、この砂丘の大きさが想像できると思います。砂丘は巨大なものになると、長さが数百キロメートルに及ぶのだそうです。
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サハラのスケールの大きさ、砂漠の美しさは、取り敢えず私の拙い写真で、実感頂けたでしょうか。

さて、サハラは4WD5台に分譲して出発したのですが、昼近くになって私達3人が乗っている車が故障しました。砂の中を走るというのは、極めて過酷な条件で、さすがのトヨタ4WDもエンコしてしまったわけです。もっとも中古も中古、相当古い車種ではありましたが。
砂漠の真ん中で1時間、トゥアレグ族の運転手が必死の修理を試みましたが、故障は治らない。
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諦めて、私達は他の4台の4WDに振り分けられて、後の工程をこなしました。
ここで気が付いたのですが、サハラでは単独での旅は無理です。砂漠の真ん中で車が動けなくなれば、本当に人間のミイラが出来てしまいます。
前の記事で、タッシリナジェールの岩絵を見る現地ツアーがあると書きましたが、ある一定の人数に達しないとツアーが催行されないというのは、安全のための必要な措置です。運悪く人数が集まらない時は催行されないそうなので、参加を希望する方は予め確認しておいた方が良いでしょう。
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by kanekatu | 2006-05-26 12:05 | アルジェリア | Comments(0)

「ここは地の果て」アルジェリア紀行その4

アルジェリア入国早々に、なぜサハラの奥にあるジャネットに飛んだかというと、タッシリナジェールの岩絵を見るためです。この岩絵については、先日NHKが放映したこともあり、多くの人の関心を呼んでいます。
但し、NHKの番組のイメージでこのツアーに参加しますと、ガッカリします。今回のツアーでは、岩絵のほんの入り口のみであり、本格的に見ようと思ったら、テント持参で1週間は掛かるそうです。そうした現地ツアーもあるので、特に岩絵に興味がある方は、そちらに参加したほうが良いでしょう。
今回のツアーは、正確にいえばジャネット周辺の岩絵だけを見学したということになります。

岩絵は、今では日本が8つも入るこのサハラ砂漠ですが、数千年前には豊かな水と緑に溢れた土地であったことを証明してくれます。
岩絵の時代を大きく分けると、次のようになります。
①狩猟時代
約7000年前で、岩絵にはキリン、バイソン、カバなどが描かれています。
つまり、サハラには沢山の野生動物が生息しており、サファリ(狩猟旅行)が行われていたと推測されます。
②牛の時代
約5000年前ごろと思われ、岩絵から野生動物が消え、代わりに家畜としての牛が描かれるようになります。
岩絵の技巧が、最も進んだ時代と言われています。
③馬の時代
約3500年前になると、岩絵から牛の姿が消えます。
砂漠化が進行し、牛の放牧が出来ない時代に入ったことを示しています。乾燥に強い馬やラクダが生き延びたと思われます。
岩絵は単調なものに変わってゆきます。

岩絵の変遷は、サハラの砂漠化を示しており、それはとりもなおさず人間の環境破壊の歴史を刻んだものでもあります。

さて、陽射が暑くならないうちにという配慮から、朝7時半に集合して出発の手筈でしたが、肝心の4WDが来ない。暫く待っていると、西田さんから説明があり、ただ今ガソリンの給油に行っているが、長い行列が出来ていて、時間が掛かっているとの事です。
参加者からは、車の給油など前日にしておけば良いではないかと文句が出ましたが、給油は運転当日に行う慣習だとのことです。この辺りはお国柄なので、仕方が無いことです。
以前インドに行ったときに、タクシーに乗車したら、いきなりガソリンスタンドに入って行って、驚いたことがあります。
いつ出発できる見通しなのか尋ねたら、西田さんは「インシャラー(神の思し召し)です。」とのこと。
このツアーでは、この先何回この「インシャラー」を聞くことか。
アルジェリアでは、出来るのかどうか、又いつ出来るのかは、全てインシャラーです。
我が日本にも、こうした便利な言葉があれば、ノイローゼになる人はいなくなるでしょうし、自殺する人も確実に減るでしょうね。
「この仕事いつまでに出来るんだ?」「いつ金を返してくれるんだ?」、答えは全てインシャラーで片付けられますからね。

ともかく予定より1時間半ほど遅れて、トゥアレグ族の人の運転する4WDが、さっそうとやってきました。
トゥアレグ族は文字を持たない民族で、遊牧民族なので学校にも通わない、従って字は全く読めない、数字もダメです。会話は全然通じない。だから文句の言い様が無いということで、私達は黙って車に乗り込みました。

岩絵は岩肌に直接描いたもので、赤色の頁岩を細かく砕き、それに動物の乳などを粘結剤として加えたものを顔料として使用したものと見られます。
雨量が少ないことが、岩絵の保存には好影響だったでしょうが、反面砂嵐が吹く気象条件の中で、良く数千年の時を経て、今日まで形を保ったものと、ただただ感心しました。
消えかかったものや、判別が困難なものも多く、比較的鮮明な岩絵を、いくつか紹介します。

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人間が縦隊になって歩いている姿から、軍隊の行進と呼ばれています。
全体はずっと横長ですが、写真はその一部です。

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ジャガーの絵とされています。
サハラが草原であった頃に、棲息していたのでしょう。

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牛です。およそ5000年前の作品と推定されます。

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キリンです。特に右側のものは、白いキリンという名称で親しまれています。
約7000年前の作品と見られています。

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これは今までの作品と異なり、岩に彫った岩刻画です。
紀元前1500年頃の、既に牛がサハラから姿を消した時代に書かれたと思われ、泣く牛と呼ばれている作品です。

やはり現地で実物を見ると、とにかく感動します。
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by kanekatu | 2006-05-23 11:50 | アルジェリア | Comments(0)

地中海の光とサハラの風(15)

トリポリから南へ650km、リビア、チュニジア、アルジェリア3国の国境近くにある街、ガダメスに向かいます。
途中から見渡す限りの砂漠、土漠となります。東部サハラです。
途中、道路に砂漠の砂が乗り上げ、丁度ぬかるみにはまったような状態で、動かなくなりました。しばらくすると、近くに待機していたブルドーザーが到着し、砂を除去して、ようやく先に進みます。すると、又砂。ブルドーザーの先導でバスが道路を進む状態が続きます。

サハラは圧倒的に土漠なのですが、ところどころが砂漠になっています。土漠では、こうした現象が起きません、まさに砂漠は生きているんですね。
土(ソイル)は、上から圧力をかければ締め固めることがでますが、砂(サンド)は、まるで流体のように横に流れてしまいます。ツアー参加者から、土と砂との違いについて、質問がでましたので、石川啄木の歌を引いて説明しました。
「一握の砂」の中の、「いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握《にぎ》れば指のあひだより落つ..」が、見事に砂を定義しています。

途中2ヶ所、穀物倉庫として使われていた場所があります。
クサール・ハジと
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ナルートです。
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倉庫といっても、周辺の農民が、盗賊からの略奪を逃れるために築いたもので、外観は砦に近い堅固な建物です。

ガダメスの街は、サハラの入り口の大きなオアシスの中にあり、紀元前19世紀ごろには人が住み着き、交易の要衝として栄えた歴史があります。
旧市街は、昔のまま残されており、建物同士がつながっていて、まるで街全体が複合建造物のように見えるのが特徴です。建物は全て丸みを帯びていて、外側は真っ白な石灰で仕上げられていますので、幻想的な印象を受けます。
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室内は一転して、鮮やかな色のカーペットや、抽象模様のタペストリーで飾られ、カラフルな内装となっていました。
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早朝起きだし、砂漠の真ん中に立って周囲を見渡すと、ほぼ360度、地平線以外は何も見えない。「俺が、ここにいるぞ」と、叫びたくなるような、爽快な気分になります。
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by kanekatu | 2005-07-29 05:45 | リビア | Comments(5)

地中海の光とサハラの風(10)

スベイトラからトズールまで、南西に向かって走りますと、途中から見渡す限りの砂漠、土漠となります。東部サハラです。
早朝ホテルを起きだし、砂漠の真ん中に立って周囲を見渡すと、ほぼ360度、地平線以外は何も見えない。「俺が、ここにいるぞ」と、叫びたくなるような、爽快な気分になります。

トズールはから4WDに分乗して、砂漠の中を疾走すること約1時間、マンテンオアシスに到着しました。かなり大きなオアシスで、森があり、滝があり、湖があります。ヨーロッパから来ていた観光客が、大勢水浴びをしていました。
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北アフリカ最大の塩湖ショットエルジェリドの壮大な景色を眺めながら、
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ドウ―ズに到着、ここで砂漠でのオヤクソク、ラクダに乗ります。
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その後、映画「イングリッシュペイシェント」のロケ現場となったシデイス峡谷
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北アフリカ先住民であるベルベル人が住む、マトマタの横穴住居を見学、
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これまた映画「スターウオーズ」のロケ現場になった。シティドリスの洞窟ホテルを見てまわりました。
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チュニジア観光の最後は、ジェルバ島です。
ホメロスの「オデッセイア」に登場する、ロータスイーターが住んでいたとされる小さな美しい島です。
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チュニジアの旅は、今回で終了です。
次回からは。今回の旅の目的地であるリビア旅行記が、始まります。
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by kanekatu | 2005-07-17 10:54 | チュニジア | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


by kanekatu
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