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タイ旅行記 その4

今更タイ、などと思ってこの旅行記は書くかどうか迷ったのですが、予想以上にアクセスがあって励みになります。
今回のツアーで、当初チェンマイの一日目は、終日寺院の見学になっていたのですが、11月から来年1月末までのチェンマイ花博開催中は、半日は花博の見学に充てられることになりました。
「〇〇博」と銘打たれた博覧会で楽しかったことが一度も無いので、今回も嫌な予感がしていましたら、予想通りでした。
当初の予定通り、チェンマイの寺院巡りが正解でした。この企画はクラブツーリズムの失敗です。
ツアー参加者の期待も文化遺産巡りにあり、どう考えても花博は異質でした。

チェンマイの2日目は、メーサー・エレファントキャンプに向かいました。
東南アジアに行くと、象が芸を見せる施設によく出会います。
何せ一日に500kgほどのエサを食う動物なので、食費だけでもバカにならない。何か芸を仕込んで、費用を稼がなくちゃというわけです。そこいくと動物園の象は恵まれていますね。
先ず象の背中に乗ってトレッキングです。
山道をあるくせいか左右に大きく揺られ、快適な乗り心地というわけには行きませんが、上から見る背の高さは予想以上でした。
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象は寝る前に、虫が身体につかないように泥をなすりつけるのだそうで、朝は水浴びが必要だそうです。
こうして横になって水に浸かり、自分の鼻でシャワーを浴びます。
気持ちが良いのか、目を細めています(当たり前か)。
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なかなか器用で、ハーモニカを吹いたり、サッカーを見せてくれたりします。
シュートする象とゴールキーパーの象が対決し、シュートが入れられると、キーパー役の象が口惜しがったりと、エンターテナーぶりを発揮し、喝采を浴びていました。
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中でも売り物は、象のお絵かきです。筆を鼻に巻いて、器用に絵を描きます。
自分の姿を描いていた象がいました。これが本当の自画ゾウです。
写真の象は松を描いていましたが、絵の下手な私には羨ましい限りです。
とにかく象の頭の良さは十分実感できました。
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チェンマイはまた美女の産地として、特に日本の男性には(後述の「玉本事件」参照)、夙に知られています。
確かに北部にいくと肌の色が白く、目鼻立ちがはっきりした顔の女性が増えてきます。
下の写真は女高生たちです。
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次の写真は、生徒達の吹奏楽のパレードの先頭に立って歩いていた民族服を着た女の子で、こちらも多分女高生だと思います。
何せ走っているバスの窓から撮ったもので、トリミングしたら小さな画像になってしまいました。
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さて、殆どの日本人がチェンマイという都市の名前を初めて耳にしたのは、「玉本事件」です。
1973年1月タイ警察が、人身売買容疑とパスポート不携帯で、玉本敏雄という当時39才の日本人を逮捕した事が大きく報道されました。
玉本さん(さん付けで良いのかなぁ)は、チェンマイで13才から20才までの娘11人を囲い、ハーレムのような生活をしていました。
彼はタイ警察に逮捕された後に、覚醒剤密輸容疑も出てきて日本に送還され、日本国内でも逮捕されました。覚醒剤で儲けたカネで、少女たちを囲っていたということです。

1973年といえば第二次オイルショックの真っ最中でした。
その暗い世相の中で「玉本事件」は、悪質な犯罪には違いないですが、どこかユーモラスで、特に多くの男性にとっては、一服の清涼剤になっていたと記憶しています。
え、チェンマイ、世の中には未だそんなパラダイスがあったのかと、思わせてくれたのでしょう。

この玉本さんという人は懲りない性分なのか、よほどお好きな性格なのか、70年代後半から80年代後半にかけて、今度はフィリピンでも10人以上の地元女性と共同生活していたことを明らかになります。
更に90年代前半から、カンボジア北西部シェムレアプ近郊(アンコールワット遺跡のある所ですね)で、10代の地元女性約60人と、半同棲生活をしていることが確認されています。

そこのお父さん、ヨダレを流さないように!
玉本さんは、「ギョクモト」という名前でパスポートを取得して、出入国を繰り返していたのです。
しかし天網恢恢疎にして漏らさず、2001年パスポートの不正取得がバレて、カンボジアの警察に逮捕、勾留されます。
この時はもう70歳近くになっていたのですから、玉本さんは本当に元気としか言いようがないですね。
そこのお父さん、急に目が輝いてきましたね!
その後の玉本さんの消息は、良く分かっていません。

「玉本事件」は、国内外に大きな波紋を投げかけました。
この事件から日本人男性が、東南アジア各国でいわゆる「買春ツアー」を行い、現地の人々のヒンシュクをかう振る舞いをしていることが次々に明らかになりました。
日本人は「エコノミック・アニマル」であると同時に、「セックス・アニマル」だと言われた時期もありました。
そんな事で、チェンマイという名前を聞くと、ある種の感慨にふけてしまうというわけです。

こういつも話が脱線するのが、私の旅行記の特色ですので、悪しからず。
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by kanekatu | 2006-12-29 17:35 | タイ | Comments(0)

タイ旅行記 その3

バンコクからタイの国内便で約2時間北上し、チェンマイに着きました。久々のプロペラ機でしたが、騒音が思ったより小さく、快適でした。国内便でも簡単な軽食が出たのには感心しました。
上空から見ると高い山はなく、見渡す限り平坦な土地が広がり、しかも水が豊富で農業に適した国土であることが分かります。この気候と環境からすれば、二毛作や三毛作も可能なのでしょう。

前回の記事で紹介したように、タイ北部は1296年メーンライ王がラーンナータイ王朝を興します。以来隣国のビルマとの紛争や和平を繰り返しながら、およそ600年間独立した王朝として存続しました。
そのためタイ北部は、タイとビルマの文化が融合した独自の文化が発達してゆきます。
チェンマイはラーンナータイ王朝の首都でしたので、現在でも100を越える寺院があります。

バンコクより北で標高も高くなるので、気温は多少涼しいと期待していたのですが、どうしてどうして日中は32℃くらいまで気温が上昇して、真夏の気候です。

私たちはチェンマイ郊外にあるドイステープ寺院に向かいました。
この寺院はラーンナー王朝のクーナ王により1383年に建立されたもので、タイ北部の最も神聖な寺として、信仰を集めています。
ドイステープ寺院は、標高1080mのステープ山の頂上に建っているため、麓まではバスで、そこからは徒歩かケーブルカーで頂上まで登ります。

寺院の中は大変な混雑でした。
中心に高さ22mの仏塔があり、この中に仏舎利が納められています。その周辺に大小の寺や仏像が配置されています。
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タイの寺院の仏像は玉で出来ていたり、全身が金箔で覆われていますので、色鮮やかです。
仏像の顔が、丸顔で唇が小さく眉が半円形であるのが特徴です。
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お参りは、花を捧げて仏塔の周囲を巡るという方法で行われます。
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仏塔の傍らに置かれた黄金の傘が、ラーンナー風寺院の特徴です。
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境内には沢山のブーゲンビリアが植えられ、美しい花を咲かせていました。
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次に、同じクーナ王により、1383年ラーンナー王朝の宮殿に建てられたスアンドーク寺院に向かいました。
この寺院の境内のは、歴代の王族の遺骨を納めた仏塔が林立しています。
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本堂に安置されている青銅の仏像は、タイ国内でも1、2位を争う大きさです。
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昼食に出たチェンマイの名物料理をご紹介します。
先ずカオソイといい、センヤイと呼ばれるきしめんに似た麺にカレーをかけて食べます。
早く言えばカレーうどんですね。
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こちらはトートマンプラーと呼ばれるタイ風さつま揚げです。味は日本のさつま揚げにそっくりです。
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真夏と同じ暑さの中で観光した後の、タイ料理を肴に飲むビールの味は又格別です。
タイのビールは日本人の口に合い、美味しいですよ。
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by kanekatu | 2006-12-27 09:53 | タイ | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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