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ミャンマー紀行’06 その6

ポッパからパガンに戻り、ダマヤンヂー寺院を見学。この寺院は12世紀にナラトゥ王によって建立されたのですが、この王は元々自分の父と兄を暗殺して王位に就き、在位中も苛政のため人民から嫌われていたようです。
寺院が建設中にこの王は暗殺されてしまったのですが、こうした事情からその後工事を引き継ぐ者もなく、未完成のまま現在に至っています。
夜幽霊が出ると言うこの寺院ですが、建物のフォルムは美しく、魅了されます。
写真は外壁ですが、細かな装飾が施されています。
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内部に安置されている仏像です。
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パガンのパゴダ群の中心に近い位置にシュエサンドーパゴダがあります。1057年の建立で、内部には釈迦の遺髪が安置されています。
5層のテラスを持ち、特に上部は台座は8角形の2層になっており、階段で登ることが出来ます。
パゴダ群を見渡したり、夜景を見る絶好のスポットとしても人気があります。
最上階から見るパゴダ群は壮観の一言であり、2000基を越えるパゴダと寺院を有するパガンの遺跡の壮大さに圧倒されました。
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太陽が沈む頃には、茜に燃える空を背景にパゴダのシルエットが浮かび上がり、夢のような美しい景色が見られます。
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これを見るだけでも、ミャンマーに行く価値がありますね。

ここでミャンマーの仏教について説明します。
正直に白状しますが、ミャンマーに行くにあたり仏教関係の本に多少眼を通したのですが、私には理解不能でした。何回読んでも良く分らない。
無論私の理解力に問題があるのは承知してますが、せめて聖書のような経典が仏教にあれば、世界の宗教地図は変わっていたのではないかと、そんなことを感じました。
そんな訳で、間違っていることが多々あるでしょうが、正確なことをご教示頂けると幸甚です。

ミャンマーの仏教は、私たち日本の仏教と異なり、南方上座部(小乗)仏教です。
紀元前3世紀頃に最初に伝えられ、10-11世紀のパガン王朝隆盛の時期に、上座部仏教がミャンマー全土に定着したと考えられています。
現在のミャンマーの仏教は、15世紀頃にスリランカから伝えられたものです。
全土に僧侶が10万人おり、見習僧や比丘尼(女性)を加えると、その数は数倍に達します。
一口に仏教といっても、我が国同様にいくつかの宗派に分かれていて、修行や礼拝の様式が異なるとのことです。

次回は僧侶の生活と、ミャンマー人の信仰について書いてみます。
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by kanekatu | 2006-02-05 12:02 | ミャンマー | Comments(3)

ミャンマー紀行’06 その4

早朝ヤンゴンを発って、パガン航空という珍しい飛行機でパガンに到着しました。
ミャンマーを南北に縦断するエーヤワディー川の中流域に、大小さまざまなパゴダが林立するパガンの街があります。ミャンマー最大の仏教聖地です。
9世紀頃この地にパガン王朝が誕生し、11世紀になって42代目の王のアノーヤターの時代に、ミャンマー最初の統一王朝を築きます。
アノーヤター王は、それまでの大乗仏教やヒンドゥー教に代わり、上座部(小乗)仏教を広めました。この中心としてシュエジーゴンパゴダを建立し、以後これをモデルに次々とパゴダが建設されました。
しかしパガン王朝は13世紀に入ると、フビライ・ハーン率いるモンゴル軍に攻撃され、パガンも破壊を受けます。
それでも11-13世紀に建てられたパゴダは、現在でも約2200基残されていて、壮大な景色を作り出しています。

最初にそのシュエジーゴンパゴダを訪れました。1057年の建設とされ、高さは49m。シュエジーゴンは直訳すれば金砂岸、石造りですが表面は全て金箔で覆われています。
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パゴダは仏塔で、中に釈迦の骨(あるいは髪の毛)が収められていますが、内部には仏像がありません。このパゴダでは、外部の4ヶ所にストゥーバが建てられており、その中に仏像が納められていました。
ミャンマーの中の数あるパゴダの中でも、最も姿の美しいものの一つです。
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シュエジーゴンパゴダの近くにチャンスイッター窟院があります。
ここは外観だけ見てると薄汚れた建物にしか見えないのですが、内部の壁画が素晴らしいんです。
モンゴル軍の破壊を受けて、その後ビルマ人が中に住み着いて生活したため、壁画の多くは消失しています。残念ながら撮影禁止なので、写真は撮れなかったのですが、950年前の一部のフレスコ画が色鮮やかに残っていました。
当時の状態が保存されていたら、大変貴重な文化財になっただろうと、本当に惜しまれます。
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アーナンダ寺院はパガン最大の寺院で、1091年の建立です。
上から見ると1辺が63mの正方形で、中心に塔が建てられていて、姿が実に美しい。
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ミャンマーの寺院は、東西南北の四方に仏像が配置されていますが、この寺院の仏像は高さが9,5mあり、微かに微笑んでいるような優しい顔をしています。
この巨大な仏像が一刀彫りだと聞いて、驚きました。
表面は他の寺院と同様に、金箔で覆われています。
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又この寺院には、1000体を数える小さな仏像が安置されていますが、中で随分と艶めかしい仏像があり、インド仏教文化からの影響を感じます。
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パガンで最も高さが高いのは、タビニュ寺院です。
1140年の建立で、高さ64mあり、
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2層構造の上の階に仏像が納められています。
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仏像の髪の毛が、相撲取りの髷のように中央部が膨らんでいるのは釈迦で、ミャンマーの仏像の多くは釈迦(仏陀)です。日本のように他の如来や菩薩、明王などの像は見られません。

タビニュ寺院の向かい側にあるタビニュ僧院の前に、日本人戦没者慰霊碑があります。
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イギリス兵に追われて逃げてきた日本兵を、この寺の僧侶がかくまって、助けたのだそうですが、その時の日本人がこの慰霊碑を建て、度々慰霊団が訪れているそうです。
私たちが手を合わせていると、僧侶が線香を持ってきてくれました。終わると僧院に上げてくれ、お茶を出してくれました。
この辺りがミャンマー人の優しさであり、随分と日本の寺や僧侶との違いを感じ、ミャンマーで僧侶が尊敬を集めている理由が分りました。

エーヤワディー川はとても大きな川で、写真に見える陸地は中州で、向こう岸は見えません。
中州には人が住んでいて、畑も作られています。
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この川の水は人々の生活水であり、畑の水となり、ここで洗濯し、ここで水浴びをします。
各家庭には水くみ専任の人がいて、その人は朝から晩まで桶に水を汲んで、天秤棒で担いで運んでいます。
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夕方陽が落ちる頃は、こんな美しい光景も見られます。
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by kanekatu | 2006-01-27 10:32 | ミャンマー | Comments(0)

ミャンマー紀行‘06 その1

ミャンマー旅行に行ってきました。
私の旅行記で、従来アジア最大の遺跡はカンボジアのアンコール遺跡と述べてきましたが、これを「アジア最大の遺跡はミャンマーのパゴダ(仏舎利などを収納している仏塔と、礼拝施設の寺院とは別だが、ここでは一括してパゴダとする)遺跡群とカンボジア・アンコール遺跡である」と訂正したいと思います。
どちらが上かというと、私はミャンマーのパゴダに軍配を上げます。アンコール遺跡は確かに規模が大きいのですが、残念ながら寺院内部に置かれていた多くの仏像が破壊もしくは略奪されてしまいました。
一方ミャンマーでは、パガン地域だけでも大小あわせて2200基といわれるパゴダの数を誇り、又パゴダ内部の仏像の大半は建立当時の姿を保っています。
写真はパガンのパゴダ遺跡群の一部です。
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親切な国民性と共に、これはミャンマーの光の部分です。

過去の旅行記では旅程を書きましたが、今回のミャンマー旅行記では割愛します。
ミャンマーは現在軍事政権下にあり、言論や表現の自由が制限されています。ミャンマーのガイドブックには、注意事項として「政治の話題を避けること」と必ず書かれています。
うっかりミャンマー市民と政権批判の話をして、町中にいる治安警察のエージェントの耳に入ると相手に迷惑が掛かるからです。
入国に際しても現地ガイドから、国内では絶対に政治的活動を行わないよう注意がありました。
この旅行記では、私自身が見聞きした国内事情を書きますが、批判的な内容も含んでいますので、旅程やガイドの名前を避けたのは、そうした点を考慮したためです。

こちらはミャンマーの影の部分です。

ミャンマーの正式国名は「ミャンマー連邦」で、首都はヤンゴン(ラングーン)。地図で見ると北東に中国、西にインドの両大国に挟まれ、他にバングラディッシュ、タイ、ラオスと国境を接しています。
北部は山岳地帯で、南側にはアンダマン海、西側にはベンガル湾があります。
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面積は日本のほぼ1.8倍、人口は5000万人ですから日本の半分以下です。
冬は乾期で雨が降らないためしのぎ易く、1-2月が観光のベストシーズンといえるでしょう。

ミャンマー(ビルマ)というと、多くの方はアウンサンスーチーさん名前が思い浮かぶでしょう。
少し年上の人なら小説や映画で見た「ビルマの竪琴」を思い出し、更に年配者になれば戦時中の「インパール作戦」を連想すると思います。
いずれにしろ日本人には馴染の多い国です。
しかし長期に亘る内戦や国内の混乱、外国人旅行者を受け入れに消極的であった現政権の方針のために、ミャンマーを訪れた人は限られています。
現地に行ってみると大変魅力的な国で、今回の旅行記でその一端を皆さんにお伝えできる事を念じております。
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by kanekatu | 2006-01-20 10:45 | ミャンマー | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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