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中国シルクロード旅行記(7)敦煌莫高窟

6日目の観光はいよいよ敦煌の「莫高窟」(ばっこうくつ)です。今回のツアー参加者の多くは莫高窟を見るのが最大の目的だったようで、私もそうでした。
莫高窟は敦煌市の近郊にある仏教遺跡です。鳴沙山の東の断崖に、南北1600mに渡って掘られた700あまりの洞窟があり、その中に約2400の仏塑像が安置されています。壁には一面に壁画が描かれ、総面積は4500㎡にもなります。紀元前336年に楽(らそく)和尚により創建されたとされ、その後、元朝までの約1000年間にわたり造り続けられました。建築、彫塑、壁画の保存状態や芸術性の高さには目を見張るものがあります。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。現存する洞窟数は492ですが、その内常時公開されているのは40あまり。他に別料金が必要な特別窟があります。
莫高窟の外観です。
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先ず最初に大画面のスクリーンがある映写室で全体の解説があります。
莫高窟が他の観光地を異なるのは、この施設の専門ガイドの案内でしか見学が出来ないということです。今回のようなハイシーズンになると日本語が出来るガイドは限られているので、手が空くまでかなり待たされました。
ようやくガイドが来て、最初に莫高窟のシンボルともいうべき9層の屋根をもつ建物の96窟の前に案内されます。ここで記念写真を撮る人が多い。内部には高さ35メートルを超える大きな弥勒菩薩の座像が鎮座しているそうですが、見学は出来なかった。
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見学時間は約1時間30分ほどで、1ヶ所が5分位で10か所程度回ります。どこの窟を回るのかは、その時のガイド次第で、こちらからリクエストすることは出来ません。順不同でかなりの速さで回るので、付いて説明を聞くのが精一杯といった所です。
内部は一切撮影は禁止です。
見学した窟の外観は下の写真の通りです。
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内部は感嘆の声が上がるほど素晴らしいんですが、時間に追われて余韻に浸るヒマがありません。
特別窟として今回は57窟と156窟を見学しました。入場が制限されているので多少はユッタリできましたが、それでも説明は短時間で終わってしまいます。特別窟の見学は事前予約制ですが、実際には個人で申し込みは不可能のようで、旅行社を通じての手配となっているようです。
もし、今公開されている窟を全て見学しようと思ったら、何回かに分けて見に来るしかありません。
見学者にとっては誠に不便な仕組みになっています。
それでも毎年多くの観光客が押し寄せるのは、展示物にそれだけ魅力があるという証拠でしょう。

先ほど書いたように内部の撮影は一切禁止なので、皆さんに紹介が出来ません。
止むを得ず、いくつかの写真集から画像を採取し、紹介します。
菩薩と脇侍像は、唐代前期の塑像で、左から比丘(びく)、菩薩、天王の順です。老練な比丘と力強い天王、それと慈愛に満ちた菩薩との対比が鮮やかです。
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李聖天図は、10世紀にホータンを統治していた李聖天を描いたもので、彼は当時、毘沙門天の後裔と信じられていました。
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脇侍菩薩図はあまりに有名ですが、中央は観音菩薩で、周囲に菩薩や釈迦の弟子が並んでいます。
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壁画(部分)は、中国神話の神や異獣たちが描かれていて、現代のイラストを見ているような気分になります。
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脇侍菩薩像は北魏時代の塑像で、木の芯に幾重にも葦や草を巻き付け、その上に粘土を塗って固め彩色したものです。
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三尊像は隋の時代の塑像で、こうした塑像がやがて東大寺の日光・月光菩薩像につながって行くのです。
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飛天図は莫高窟の壁画でも大きなテーマのようで、数が多い。飛天は諸仏の背景に描かれる天人で、歌と踊りがうまいとされ、多くは楽器や花などを手にして宙を舞っています。特徴的なのは、空を舞っているにもかかわらず翼をもたないというところです。
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以下は、壁画が描かれた当時の人々の生活が偲ばれる作品です。横長なのでこのサイトに収めると圧縮されて内容が分からなくなります。縦長で表示しますので、右横を下にしてご覧ください。
収穫の図。
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供養図。
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伎楽の図は、楽器演奏に合わせて舞を舞っている姿が描かれています。
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莫高窟の見学の後は、空路、西安に向かいます。
西安に着いてから夕食は精進料理ということでしたが、どこが?という内容だったので紹介は省きます。
今回の食事は昼食も夕食もいわゆる中華料理で、回転テーブルの上に次々と大皿が並べられ、そこから自分の分を取り分けて行くというスタイルです。メニューに大差がなくどこも同じ様な料理が出てきたので、紹介は省略しました。

7日目は西安の兵馬俑観光などで、観光の最終日となります。
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by kanekatu | 2015-09-06 08:13 | 中国 | Comments(2)

中国シルクロード旅行記(6)敦煌②

5日目は敦煌市内の名所観光です。
その前に鳩摩羅什(くまらじゅう)という人物について簡単に紹介します。元々は西域の僧で、4世紀末から5世紀の初めごろの後秦の時代に、長安に来て約300巻の仏典を漢訳し、仏教普及に貢献した訳経僧です。後の玄奘と共に二大訳聖と言われていて、玄奘三蔵による訳経を「新訳」と呼び、鳩摩羅什の訳経を「旧訳」(くやく)と呼んでいます。
最初の観光は「白馬塔」で、4世紀末に鳩摩羅什が敦煌に来た際に経典を担がせていた馬が死んでしまいました。篤信の人々がその馬の遺体をここに葬り塔を建てたのが始まりです。
現在の塔は清の時代に修復されたものです。
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「玉門関」は陽関と並ぶ古代の関所跡で、漢の時代にはここまで国家権力が及び、これより先が西域とされていました。今は25m四方、高さ10mの城壁だけが残されています。
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玉門は別れを詠う場所になり、唐の詩人・李白は玉門関の彼方に遠征に行った夫を待つ妻の気持ちを詩に詠っています。
子夜呉歌 
   李白
長安一片月
萬戸擣衣聲
秋風吹不盡
總是玉關情
何日平胡虜
良人罷遠征

*********
長安一片の月
萬戸衣を擣(う)つの聲。
秋風吹いて尽きず、
総て是れ玉関の情。
何れの日か胡虜を平らげ
良人遠征を罷(や)めん。

「漢代長城」は、漢の時代の万里の長城跡です。外敵、特に騎馬民族の侵入を防ぐために馬が乗り越えられない高さの壁が構築されています。
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昼食はブドウ畑の下で、涼しい風が通ります。
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中国の代表的なビールである青島(チンタオ)ビール。
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「陽関」は、シルクロードの重要な堅固な関所の1つで、併せて設置された玉門関より南に位置したため「陽関」と称されました。漢代に武帝が河西回廊を防衛する目的で建設したもので、西域交通ルートの要所でした。今は跡地を示す石碑があるだけです。
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漢の時代から残されている烽火台です。
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この場所に立って西側を見ると遥か彼方まで何もない茫洋たる風景が広がっています。
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陽関は、中国で古代より孤独な生活を思い詠嘆する地で、特に唐代の詩人王維の詩「送元二使安西」が有名です。日本でも学校の教科書に載っているので、古くから人口に膾炙しています。またこの詩を「蛍の光」のメロディに乗せて歌えることでも知られています。
送元二使安西
     王維
渭城朝雨潤輕塵
客舎青青柳色新
勧君更盡一杯酒
西出陽關無故人
************
(元二の安西に使するを送る)
渭城の朝雨 軽塵を潤し、
客舎青青柳色新たなり。
君に勧む更に盡くせ一杯の酒、
西のかた陽關を出ずれば故人無からん。
【意味】
咸陽(渭城)の朝の雨が軽い砂埃を潤している。
旅館の前の、君に贈る柳の葉も雨で青々としている。
君、ここで更にもう一杯別れの酒を飲んでくれ。
西域地方へ向かう陽関を出てしまえば、もう友人はいないだろうから。

夕食の時に飲んだ西安ビール。
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最後は敦煌市民のマーケットである「沙州市場」で、今夜の酒とツマミを買ってホテルに戻りました。
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6日目はいよいよ莫高窟の見学です。
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by kanekatu | 2015-09-04 03:00 | 中国 | Comments(2)

中国シルクロード旅行記(5)敦煌①

トルファンの宿泊ホテル火州大酒店。
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観光4日目は新しく出来た新疆高速鉄道で、トルファンから敦煌(柳園南駅)へ向かいます。
日本でいう新幹線で、この列車を利用すると4時間で着きますが、以前は1日ががりだったようです。
トルファン駅は砂漠の真ん中にポツンと置かれている感じで周囲は何もありません。誰かが開業当時の新横浜駅みたいと言ってました。
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駅の待合室。
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ホームに列車が入線してきました。車両は山形新幹線に似てます。
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車内の様子です。
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車窓はどこまで行っても砂漠の中で、たまにオアシスが見えます。
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昼食は車中で弁当でしたが、チャーハンに野菜がいくつかという味気ないものでした。
予定通りに柳園南駅に到着。
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新疆ウイグル地区をめぐる騒乱に対処するために、中国政府はこの地域に高速鉄道を敷設し、高速道路の整備を進めています。こうして観光客が増えれば経済効果で地域が潤うという狙いです。しかし地元住民にとっては中央政府の監視がいっそう強まるという警戒感がり、あまり歓迎されていないようです。

本題とは外れますが、中国の郵便ポストです。左側が市内、右側が市外となっているようです。
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柳園南駅から約2時間半かかって敦煌の観光名所の一つである鳴沙山(めいさざん)に到着。
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「鳴沙山」はゴビ砂漠の中にある砂の峰で、東西40㎞、南北50㎞という広大なものです。他の地帯と異なりサラサラとした砂が特長で、「月の砂漠」というイメージにピッタリです。
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ラクダに乗って40分ほど砂漠の中を観光です。砂の中の成分の違いや、光の当たり具合によって砂漠は様々な表情を見せてくれます。
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徒歩で高さ300mほどの砂山に登る人もいました。
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鳴沙山の中にある泉が「月牙泉」(げつかせん)で、三日月形をしている事からこの名が付きました。大きさは長さが200m、幅は一番広い所で50m、深さ5mとなっています。
砂漠の真ん中にこうした泉が湧いているのは珍しい光景です。
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観光後は敦煌の中心街に移動。市内の様子です。
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夕食にシシカバブ(ケバブ)が付きました。羊の肉で日本でいう焼き鳥に似た味です。ビールのオツマミにピッタリで、今回の旅行で初めて美味しいものを食べました。
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次回は敦煌市内の名所を巡ります。
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by kanekatu | 2015-09-02 00:54 | 中国 | Comments(2)

憂きな中にも旅の空


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