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コーカサス三国旅行記(12)

早朝出発したバスはトルコとの国境に向けて南下します。
今回のツアー参加者の中には、目的がアルメニア側からアララト山を見たいからという方が何人かおりました。旅の楽しみ方は様々です。
この日は好天に恵まれ、絶好のアララト日和です。
先ずはホルヴィラップ修道院の背景にアララト山が浮かぶという絵葉書的情景を1枚。
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そのホルヴィラップ修道院の全景です。
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ホルヴィラップとは「深い穴」を意味し、由来は3世紀末当時の王・ティリダテスがキリスト教の布教を行っていた聖グレゴリウスをこの穴に幽閉したと言われています。今でも地下牢が残されています。
教会は17世紀に建てられました。
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教会の祭壇。
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修道院のバルコニーからのアララト山の眺望は素晴らしい。
右の冠雪した大きな山が大アララト(マシス、標高5137m)で、左の富士山のような形の小さな山が小アララト(シス、3896m)です。
この景色を見るためだけにツアーに参加した人たちは、もうこれだけで満足したと喜んでいました。
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アララト山は旧約聖書にでてくるノアの箱舟が大洪水の後、流れ着いたとされる山と目されています。、実際には現在のアルメニア高地のどこかと考えられています。
アララト山頂から見つかった古い時代の木の化石や、航空写真から見出だした方形の船の跡らしいものをノアの箱舟の痕跡だとし、ノアの箱舟伝説が実証されたと言われています。
疑問は感じますが信じるしかありませんね。「信じる者は騙される」。
アララト山は古くからアルメニア人の多く居住してきた地域(大アルメニア)の中心にあたり、アルメニア民族のシンボルとされています。
オスマン帝国時代まではアララト山の麓には多民族と共に数百万人のアルメニア人が暮らしていました。
第一次世界大戦中の強制移住によりトルコ領内からはほとんどアルメニア人が追放されます。この時に起きたのがトルコによるアルメニア人虐殺です。
その後一時期、アルメニア人がアララト山の麓まで領土に含めたアルメニア国家を独立させる運動が起きるのですが、再びトルコに奪還されてしまいます。
しかし現在でもアルメニア人のシンボルであることは変わらず、国章の中央にアララト山が描かれています。
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日本でいえば富士山みたいなもので、富士山が他国の領土になるとしたら釈然としない筈です。
アルメニア人虐殺問題をとり上げ領土要求の構えを見せるアルメニアを警戒するトルコとの間で水面下の対立が続いています。
領土問題というのは常に国家間の紛争の種です。

次の観光地はマテナダラン(古文書保管所)で1959年に開館した世界有数の施設です。
およそ18000点が保管されているということです。
本館の正面の像は”メスロプ・マシュトツ”で、405年にアルメニアの文字を生み出した人です。
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新館の一部が公開されていて、美しく装飾された古文書が展示されていました。
葛飾北斎の書もありました。
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バスは再びエレバンの中心部に向かいます。
車窓からは1930年代に建築家タマニャンが設計し建てられたオペラハウスや、ハチャトリアンの像などが見られました。
昼食は”プラハホテル”です。
先ずサラダ、こんなヴォリューム。
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これもサラダ。ワインのおつまみ。
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スープが出て、メインのガルニャラ(野菜に挽き肉を詰めて焼いたもの)。
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スイーツはガタというアルメニアの菓子、もう食えない。
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可愛らしい店員を見つけてカメラを向けたら、ハイ・ポーズしてくれました。サービス精神旺盛です。
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by kanekatu | 2012-08-31 09:23 | アルメニア | Comments(2)

ジャワ島・バリ島旅行記(5・最終回)

今ツアー観光3日目のこの日が最終日、アッという間です。
旅行社は最初に書いたようにクラブツーリズムですが、実態は現地旅行社APEX社に丸投げ。出発の時に成田でe-ticketを渡しただけで、後は「ク」の字も出ません。
そのAPEX社の現地ガイドは、他の東南アジアのガイドに比べて能力が低い(言葉、知識、マナー、サービス)。
1回だけで結論的なことは言えないでしょうが、同社のこのツアーはあまりお薦めできません。

2泊したアストンクタホテル&レジデンスをチェックアウトし、バスで近くのクタ・ビーチに到着。眼前はインド洋です。
朝だったせいか人もいなくて、なんだか寒々とした光景で、とてもバリ島を代表するリゾートとは思えません。
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ビーチ沿いのホテルの庭で、釣り竿のような形をしたものはバリでお盆の時に飾るのだそうで、民家の玄関でも見かけました。
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時間を持て余し、花を撮影。
接ぎ木で様々な色の花を咲かしたブーゲンビリアは綺麗です。
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この後、ウブドへ移動。
最初にモンキーフォレストに連れていかれましたが、どこに観光の価値があるのか不明。
次はネカ美術館。立派な建物でコレクションも多いのですが、印象に残る作品は見当たらなかったですね。
「旅のしおり」にはこの後ライステラスを眺めながら昼食と書かれていたのに、レストランの予約が取れなかったとの理由で、別の場所での昼食となりました。
楽しみにしていたライステラス(棚田)はバスで通っただけになり、いずれも車窓からの撮影です。
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ライステラスは農民が耕作していますが、彼らにとっては観光客が増えても何もいいことはありません。棚田の農作業というのはとても辛いものです。しかし労働の割には収穫量は少ない。
儲かるのは、この道路沿いに店を並べる商店だけです。
ガイドの説明によれば双方の対立は深刻だとか、そうなんでしょうね。
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昼食の予約が取れなかったなら、せめて徒歩で案内するとか、何か工夫があるのではないかと思うのですが、どうも現地ガイドにやる気が感じられない。
これは国民性なのか、個人の問題なのか。

ここでインドネシアの食事について紹介します。
旅行中の食事はバイキング形式が多かったので、コース料理を例にとります。
野菜スープは塩味。
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時節柄、先ずビール。銘柄はどこへ行っても「ビンタンビール」。ピルスナーなので日本のビールと同じような味がしました。但し店によってはあまり冷えていないのを出すので要注意。
気の利いた店では、アテにクルプッというえび煎餅がつきます。
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メインはナシチャブルで、様々な惣菜をご飯と一緒に混ぜて食べます。
肉は鶏肉やマトンが多かった。
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スイーツはダダール・グレン。椰子砂糖に漬けたココナッツフレークを米のクレープで巻いたものです。
フルーツは他のアジア諸国に比べ、いま一つでした。
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これは別の店で食べたナシゴレンというチャーハン。
焼き鳥のように見えるのがサテ・アヤム。
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バリ島1日目に出た夕食で、炭火焼シーフードということで期待していたのですが、これじゃあ。
せっかく良い食材を使っているのに、なんでこんな甘ったるいタレをかけちゃうんですかね。
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私は食べ物の好き嫌いが全くありませんが(女性も)、唯一甘い味付けが苦手なんです。
今回食したインドネシア料理はいずれも味付けが甘すぎて、閉口しました。早くいえば口に合わなかったのです。
もちろん食事中は一切不満を口に出さず、ちゃんと頂きましたけど。これはマナーですから。
最終日の夕食のイタリアンだけは美味でした。
終り良ければ全て良し、ということにしておきましょう。

午後はウブド近郊の石窟寺院ゴア・ガジャへ。
11世紀のペジェン王朝の時に建てられたとされ、14世紀にオランダ人によって発見されました。
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洞窟の中にはシヴァ神や、その息子のゾウの頭を持ったガネーシャ像が祀られています。
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洞窟前には6体の女神像が並ぶ沐浴場があります。
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バリ島観光の最後はウブド市内に戻り、ウブド市場で初めての自由時間となりました。
商店のにぎわいのなかに世界各国の言葉が飛びかい、ようやくバリ島に来たという実感がわいてきました。
特に目立つのは中国人で、台湾からの観光客が多いとか。
そういえば免税店で買い物をしていた人も、いかにも裕福そうな中国人家族連れが多数でした。
近ごろはどこへ行っても、経済成長を背景にした中国人パワー観光客に出会います。
そういう人々を見ていると、かつて海外旅行に行き始めたころの日本人も、こんな眼で見られていたんだと想像し苦笑してしまいます。なにせ「ノーキョー」が世界に通じた時代でしたから。
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ウブド市場の繁栄を守る寺院で、市場関係者は毎日ここにお供えをして商売繁盛を祈るそうです。
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この後は夕食をとってからデンパサール空港に向かい、ガルーダ・インドネシア航空でジャカルタ経由成田着の帰路に向かいます。
目的としていたジャワ島の二つの世界遺産は予想以上の迫力で満足しました。欲をいえばジャワで二日欲しかったと思います。
他のツアーメンバーの多くが楽しみにしていたバリ島は、イマイチでした。周囲からも「良かったわ」という声はあまり聞こえてこなかったようです。
案内された観光スポットは魅力に欠け、むしろバスで通ってきた道すがらに、こういう所をゆっくり歩いてみたいと思うことが多かった。
バリ島の良さを知るためには、こうした団体ツアーではなく、個人旅行でユッタリと過ごすべきなんでしょう。
今回はクラブツーリズムでしたが、他の大手旅行社もパンフレットを見る限りでは似たりよったりの企画なので、代わり映えしないのかも知れません。

ガルーダ航空の乗務員は親切なのと、国際線と国内線でCAの質に大きな差がない珍しい航空会社でした。機内の設備や食事は改善の余地がありますが、ワタシ的には好感度は上々です。

この旅行記もこれで最終回です。
次回の海外旅行は来年の予定で、それまで皆さん、ご機嫌よう!
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by kanekatu | 2011-08-03 10:45 | インドネシア | Comments(4)

スペイン・ポルトガル旅行記(5)

この日は夕方レオンの町に到着し、「パラドール・デ・レオン」に泊りました。
今回のツアーの目玉として、パラドールでの宿泊があります。
パラドールとは歴史的建造物を改装した国営ホテルのことで、現在スペインには93あります。
その中で五つ星ホテルは2ヶ所ですが、その両方に泊るという趣向なわけです。スゴイでしょ。
ここレオンのパラドールは、元々が修道院でした。
ファザードはプラテレスコ様式です。
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こちらは付属している教会で、現在も使われています。
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その教会内部です。
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宿泊者のために特別に見せてくれたのは、聖歌隊の席です。
椅子の彫刻は中世時代のままだそうで、随分と凝っています。
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パラドールの脇を流れるベルネスガ川の光景です。
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さてここでちょっとティータイム。
今回食したスペイン料理の紹介をします。
実は、料理の記事って苦手なんです。
理由の第一は、世界で最も美味しいのは日本料理だという国粋主義なんです。
どこの国へ行っても、和食にかなう料理はないと信じています。
第二は、少々矛盾する言い方になりますが、食べ物に好き嫌いが一切ありません。何でも食べます。
しかも腹が空いていれば何を食っても美味い。だから、評価ができないんです。
第三は、料理の名前が覚えられない。
ここは全国1万人愛読者(そんなには居ないか)のために、敢えて料理の紹介をします。

ガーリックトースト風の前菜で、ピンク色した得体が知れないドレッシングにつけて食べます。
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こちらは前菜の定番で「エンサラーダ・ミスタ」。トマトなどの野菜とチーズにオリーブ油をかけたもの。
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写真のものは、サーモンが入っています。
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前菜では、ハムとサラミの盛り合わせというのもありました。
けっこう厚切りで、注意しないとスープとこれでお腹が一杯ってなことになります。
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スープは特に珍しいものはなく、写真のものは鱈が入っていました。
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メインは魚料理が多かったですね。それにポーク、チキンなどの肉料理。
こちらはサンティアゴ・デ・コンポステーラの夕食時に出たホタテ貝料理です。
食べ終わると、きれいに洗った貝殻がお土産に渡されます。
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魚は鱈が多かったですね。
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定番のポーク。
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仔牛。
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セゴビアの名物料理であるコチニーリョ・アサードは、子豚をオーブンで焼いた料理です。
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スイーツはマセドニアと呼ばれるフルーツポンチ風なものが多い。
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定番のケーキやアイスクリームも出ましたが、変わったところではアロス・コン・レチェという名のライスプディング、これが甘くて美味い。
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私は甘いものが苦手なので、日本ではスイーツだけは手を出さないんですが、なぜか海外にいる時だけはスイーツを口にします。

今回食べたスペイン料理、ざっとこんな所です。

次回はレオン観光です。
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by kanekatu | 2010-08-09 15:53 | スペイン | Comments(2)

ラオス旅行記 その3

昼食を終えてルアンプラバンの午後の観光は、スローボードに乗ってのメコン川の遊覧です。メコン川はラオスの南北を縦断し、中部から南ではこの川がタイとの国境になっています。
写真はメコン川で、手前に見えるのが私たちが乗ったスローボードです。
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メコン川を遡ること約2時間で、パクオウ(パークウー)洞窟に到着。岩山の断崖にあるのがタムティン、さらに階段を上ったところにある横穴がタムプンで、こちらは懐中電灯が必要です。
大小4000体の仏像という触れ込みでしたが、大半はお参りに来た人が備えた小さな仏像で、とても京都の三十三間堂のような迫力はありません。スケールの大きさを期待した人はガッカリしていました。
しかし廃棄された仏像も多い中で、現在もこれだけの数が残っているというのは、実に沢山の人が信仰のためにパクオウ洞窟を訪れたという証拠です、ここは船で来るしかないことを考えるとスゴイことかも知れません。
この地点が、メコン川とナムウー川の合流点だということが関係しているのでしょうか。
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石段の両側に、沢山の物売りが並んでいました。幼い子どもたちも目に付きます。
小さな人形や装飾品が、だいたい1個1ドル程度で売られていましたので、下の人形を買い求めました。ちゃんと民族衣装を着ています。
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嬉しかったのでしょう、その物売りのおそらく少女だと思いますが、写真のように小さくVサインを出してくれました。隣のお姉さんも、なかなか顔立ちが良い少女です。
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ラオスでは小学校までが義務教育ですが、貧しくて学校に通えない子どもも少なくありません。こうした現実を日本の若い人たち、特に子供たちに知って欲しいと思うのは私だけでしょうか。

洞窟見学の後は、バーンサーンハイの酒造りの村や、バーンサーンコーンの織物の村を訪れましたが、ハッキリ言って大したことはありません。要は土産物店です。
販売されている商品も、他の市場で十分手に入るものばかりです。
だから紹介はパスします。

夕方、ルアンプラバン市内に戻り、夕陽の名所とされるプーシーの丘に上りました。
328段の階段を上がりきると、頂上に立つタートチョムシー付近は人で一杯です。人間の頭の間から山に沈む夕陽を観賞することになりました。
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夜になってからナイトマーケットで買い物をしました。先ずは長袖のシャツを1枚しか持ってこなかったので、少し厚手の生地の綿シャツを買いました。
それとルアンプラバン名産のお坊さんのこけし、
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その他、小物を少々。
店の前で買い物客に愛想を振りまいている可愛らしい坊やがいましたので、カメラに収めました。フラッシュにちょと驚いてしまいました。
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ここでラオス料理について簡単に触れてみます。
先ずは主食のご飯ですが、カオニャオと呼ばれるもち米です。これが写真のようなティップカオという竹製のお櫃に入って出てきます。通常は白いもち米ですが、時には赤米の場合もあり、まるで赤飯のような食感でこれが美味い。
ラオスはかつてフランス領だった関係で、フランスパンも美味しいですよ。
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カイペーンというのはメコン川でとれた川海苔で、これに胡麻をまぶして油で揚げたもので、これも美味い。とりわけビールのオツマミにはピッタリです。ビールはラオスビールですが、味は十分いけます。
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スープは野菜が入ったあっさり味で、時に豆腐が入ったり、カオソーイと呼ばれる米の緬が入ったりします。
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クアバックというのは野菜いためで、これもあっさり味です。
私などはカイペーンをツマミにビールを飲んで、後はクアバックをおかずにカオニャオを食べればそれで十分です。
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こちらは白身の魚の唐揚げですが、肉や魚は揚げたものが多いようです。
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ラオス料理はどれも美味しく、日本人の口にあいます。
ビールは安く、レストランでも大ビンで2ドル程度ですから、私のようなアルコール好きにはもってこいです。
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by kanekatu | 2009-01-27 17:42 | ラオス | Comments(2)

神しろしめす国ギリシヤ・その8

乗船して2日目の夕食はギリシャの夕べと称して、ビュッフェスタイルではなくグループでの食事となりました。カジュアルですが、一応ギリシャに因んだ服装ということで、国旗の青と白を入れた服を着た人が多かったようです。
夕食のメニューもギリシャ料理でしたので、ここで紹介します。
先ずはメゼと呼ばれる前菜ですが、左側はイカのリング揚げでこれが最もポピュラーです。右側は名前を忘れましたが、コロッケに似たものです。
いずれも酒のツマミにはピッタリです。
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次にこれも前菜の一種ですが「ドルマーテス」という料理で、米と挽き肉をブドウの葉でくるんだもので、ギリシャの代表的な料理の一つです。
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メインは「ムサカ」で、ナスとチーズと挽き肉の重ね焼きになります。
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こちらは3日目の夕食のメインですが、鶉(ウズラ)です。卵は良く食べますが、肉は初めて食しました。味は鶏肉と殆んど変わりません。
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グリークサラダですが、白く見えているのがフェタチーズです。
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こちらも3日目のメニューで、スモークサーモンのサラダです。なかなか美味でした。
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この後スイーツが出ますが、私は甘味が苦手なので、手を付けないことが多い。
食後の飲み物はコーヒーですが、グリークコーヒーはコーヒー粉を煮出して飲むので、好みがあります。
普通のコーヒーが良ければ、ネスカフェと注文します。要するにインスタントです。

アルコールですが、今回は真夏のツアーなのでやはりビールが多かったですね。国産のラガービールは「ミトス」というブランドで、どこへ行ってもこれが出てきます。味はあまり上等とは思いませんが、馴れてくるとこれで十分です。
ワインは豊富で、テーブルワインしか飲まなかったのですが、飲みやすいと感じました。一人旅だとボトルで取れないので、色々な銘柄を試す事ができず不便です。
島ごとに地ワインが醸造されていますから、好きな方は行く先々で飲み比べることができます。
ギリシャ名物の蒸留酒「ウゾ」は香りが強烈で、味は更に強烈です。私はテキーラでもウオツカでもストレートで飲めますが、「ウゾ」は一度で懲りました。

ギリシャ料理というと、何となくシーフードを連想しますが、やはりメインは肉料理となります。
味ですか? やはり日本料理が一番ですね。
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by kanekatu | 2008-08-26 15:52 | ギリシャ | Comments(0)

タイ旅行記 その3

バンコクからタイの国内便で約2時間北上し、チェンマイに着きました。久々のプロペラ機でしたが、騒音が思ったより小さく、快適でした。国内便でも簡単な軽食が出たのには感心しました。
上空から見ると高い山はなく、見渡す限り平坦な土地が広がり、しかも水が豊富で農業に適した国土であることが分かります。この気候と環境からすれば、二毛作や三毛作も可能なのでしょう。

前回の記事で紹介したように、タイ北部は1296年メーンライ王がラーンナータイ王朝を興します。以来隣国のビルマとの紛争や和平を繰り返しながら、およそ600年間独立した王朝として存続しました。
そのためタイ北部は、タイとビルマの文化が融合した独自の文化が発達してゆきます。
チェンマイはラーンナータイ王朝の首都でしたので、現在でも100を越える寺院があります。

バンコクより北で標高も高くなるので、気温は多少涼しいと期待していたのですが、どうしてどうして日中は32℃くらいまで気温が上昇して、真夏の気候です。

私たちはチェンマイ郊外にあるドイステープ寺院に向かいました。
この寺院はラーンナー王朝のクーナ王により1383年に建立されたもので、タイ北部の最も神聖な寺として、信仰を集めています。
ドイステープ寺院は、標高1080mのステープ山の頂上に建っているため、麓まではバスで、そこからは徒歩かケーブルカーで頂上まで登ります。

寺院の中は大変な混雑でした。
中心に高さ22mの仏塔があり、この中に仏舎利が納められています。その周辺に大小の寺や仏像が配置されています。
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タイの寺院の仏像は玉で出来ていたり、全身が金箔で覆われていますので、色鮮やかです。
仏像の顔が、丸顔で唇が小さく眉が半円形であるのが特徴です。
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お参りは、花を捧げて仏塔の周囲を巡るという方法で行われます。
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仏塔の傍らに置かれた黄金の傘が、ラーンナー風寺院の特徴です。
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境内には沢山のブーゲンビリアが植えられ、美しい花を咲かせていました。
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次に、同じクーナ王により、1383年ラーンナー王朝の宮殿に建てられたスアンドーク寺院に向かいました。
この寺院の境内のは、歴代の王族の遺骨を納めた仏塔が林立しています。
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本堂に安置されている青銅の仏像は、タイ国内でも1、2位を争う大きさです。
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昼食に出たチェンマイの名物料理をご紹介します。
先ずカオソイといい、センヤイと呼ばれるきしめんに似た麺にカレーをかけて食べます。
早く言えばカレーうどんですね。
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こちらはトートマンプラーと呼ばれるタイ風さつま揚げです。味は日本のさつま揚げにそっくりです。
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真夏と同じ暑さの中で観光した後の、タイ料理を肴に飲むビールの味は又格別です。
タイのビールは日本人の口に合い、美味しいですよ。
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by kanekatu | 2006-12-27 09:53 | タイ | Comments(2)

ミャンマー紀行’06 その3

前回の記事に、ma_cocotteさんと、うさぎさんよりコメントが寄せられ、ミャンマーの服装や料理、貴金属などについてのご意見やご質問が含まれておりましたので、私の最も苦手な分野ですが、気が付いた範囲で書いてみます。
これは旅行者の一般論ですが、概して男性は文化財とか歴史に興味を持ち、女性は買い物や料理に関心が向く傾向にあります。無論この反対のケースも多いのですが。
このブログの旅行記を読まれていてお分かりのように、私の場合は料理や買い物に極端に関心が薄い。

①買い物
日本人に必要なものは、全て日本国内で手に入る。日本に無いもの、それは私たちにとって必要の無いものだという信念。
②料理
好き嫌いが全く無く、出されたものは全て食べるというのが特技。反面料理は日本料理(和食)が世界最高だ。
③衣服
女性の衣服には関心があるが、外側の服より、専ら中身に強い関心を持っている。
④装身具
幸いなことに愛妻が宝石や貴金属に対し殆ど関心が無いため、こちらも同様。

という固定観念があるのがイケナイようですね。

先ず服装ですが、前回の写真のように、男女とも巻きスカートのような“ロンヂー”を身に付けています。和服の“腰巻”を思い浮かべて貰えば分り易いですね。男女で巻き方が逆になるそうで、和服と同じです。
女性用の方は、色も柄も華やかです。
シャツは私たちのものと余り変りません。
首都のヤンゴンでは、たまにスカート姿の女性を見ましたが、地方では100%“ロンヂー”姿です。
そして肩からは“シャンバッグ”、つまり布製の頭陀袋を掛けています。軽いし口が大きいので出し入れがし易い、カラフルで高いものは刺繍が施してあります。
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履物は100%ゴム草履です。
ミャンマーの人々は例外なく信仰心が厚いのですが、仏教のお寺は全て裸足が原則ですから、脱いだり履いたりするのが便利な草履が好まれるのです。
私も滞在中は全てゴム草履で過ごしました。
値段は百円位で買えます。
ロンヂーを着て、ゴム草履を履き、シャンバッグを肩に掛ければ、あなたも今日からミャンマー人です。

ミャンマー代表的な料理は「モヒンガー」で、麺の上に魚のスープをかけて食べます。
麺は日本のそうめんにそっくりですが、米の粉から作られています。スープは淡水魚、玉ねぎ、ニンニク、ショウガなど煮込んで作った汁に、パプリカ、きな粉、魚醤油などが混ぜられた栄養たっぷりのものです。
これに、ゆで卵のスライス、ヒョウタンの天ぷら、香菜などをトッピングして食べます。
イメージとしては、ちょっと辛めのちゃんぽんという所です。
これが大変美味で、どこに行っても「モヒンガー」さえ食べとけば間違いありません。
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この他にはミャンマー風カレー「ヒン」があります。魚が入ったものが多いのですが、チキンもあります。
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ご飯はうるち米で、良く言えばっさっぱり、悪く言えばポロポロです。
真冬でも日中は30度に達する暑い国で、水も豊かですから、市場へ行っても野菜果物は豊富です。
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食卓にもサラダはつきもので、写真のような色鮮やかな生野菜が、テーブルから溢れるほど並びます。
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概してミャンマー料理は、私たち日本人にも親しみ易く、美味しく食べられました。
酒はビールが一般的ですが、この他、棕櫚椰子の液を醗酵、蒸留した焼酎があります。テキーラのような味ですが、60度くらいある強い酒ですので、ストレートですと喉が焼け付きます。

最後に宝石ですが、ミャンマーではルビー、サファイア、ヒスイ等が多量に産出します。しかも良質だそうで、ツアーで一緒だった人も結構買っていました。
ミャンマーにはインフレがあり、人々は貯金の代わり、こうした宝石や貴金属を買うのだそうです。
そう言えば、銀行は目にしませんでしたが、宝石店はやたら眼に付きました。
パゴダの尖塔の上部には、信者から贈られた沢山のお供えが付けられていますが、その多くがこうした宝石だそうです。
確か輸出は禁止されている筈なので、「ひかりモノ好き」の方には、ミャンマーはピッタリの国かも知れません。
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by kanekatu | 2006-01-24 17:29 | ミャンマー | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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