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「彌榮館」と箱根の桜(2)

この日宿泊した「彌榮館」ですが、昭和初期に建てられたという和風旅館です。もちろん増築や改築が行われていますのでキレイです。宿泊室は2階、中2階、3階に、大浴場は1階にありますが、エレベーターが無いので足が不自由な方は不便でしょう。
予約は1月にしてありました。新装記念キャンペーンの特別価格で、こういう宣伝文句に弱いんです。
玄関は意外と質素。
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ロビーは広く椅子やソファが多いので、混雑時でも座って待つことができます。
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部屋の設備は、居間、寝室、トイレ、洗面所、露天風呂がそれぞれ廊下でつながっていて、広さは82㎡ですから我が家より広い。その他にベランダが付いています。
居間にはテーブルと椅子が置かれているので年配者には楽です。窓を開けると中庭が見えます。
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寝室です。食事が朝夕とも部屋出しなので、通常は夕食が終わると布団が敷かれ、朝は先ず布団があげられて朝食の準備となりますが、こういう風に寝室が分かれているとそうした煩わしさはありません。
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ここが露店風呂です。と言っても壁で囲まれ天井もありますが、壁と天井の間が空いているのと、一方に暖簾がかかりその奥はベランダになっているので解放感があります。
湯は温泉が引かれているので、いつでも好きな時に温泉に浸かれるというのが利点です。バスタブもユッタリとしていて足がのばせました。
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2カ所の大浴場にも行きましたが、露天風呂は片方しか付いていません(男女入れ替え制)。大浴場という割には狭く、床が掃除が行き届いていないせいかヌルヌルしていて清潔感に欠けます。そのため温泉は専ら部屋の風呂で済ませました。
温泉は加水加温ありの循環式なので、質は高いとは言えません。

以下、夕食を紹介します。
先付は胡麻豆腐
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前菜は鯛の焼き物、イタヤ貝の梅和え、百合根鳴門巻き、卯の花など。
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土瓶蒸しは筍、芹、椎茸など。
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お造りは鮪、鯛、雲丹。
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アルコールは恵比寿ビールと地ワイン(箱根ワイン)の白。飲みやすく美味。
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凌ぎは蕎麦。
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蒸し物は春野菜と蛤。
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強肴は帆立とオクラ。
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焼肴は豚の笹焼にパプリカなど。
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煮肴は真鯛道明寺、蛸、桜大根など。
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留肴は鰹のたたき、茗荷、長葱など。
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食事は牛蒡金平御飯、汁、香の物。
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甘味は苺ムース。
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量はかなり多く、仲居さんに訊いたら若い人向けだそうで、私たちには過剰で食べきれない。味付けは全体に濃く、食べ終わった後は少し胃にもたれる感じが残りました。全ての客層に満足がいくようなメニューは難しいんでしょう。

朝食も味噌汁に豚肉が入っているなどコッテリ系で、お新香とご飯だけで済ませました。
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この旅館に関しては部屋が広いのと、部屋に露天風呂が付いている点は優れていますが、室内の設備、アメニティー、サービスは同じ価格帯の他の旅館に比べると劣ります。
全てに程よくバランスの取れた旅館やホテルというのは難しいですね。
同じような価格帯で今まで利用した旅館でいうと、熱海「小嵐亭」、「大観荘」(今は部屋食をやめてしまったようですが)、湯河原「石亭」、箱根湯本「櫻庵」(ベストワンでしたが残念ながら閉館)といった辺りが合格点だと思います。
とにかく満開の桜の時期にぶつかり満足しました。
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by kanekatu | 2014-04-04 11:25 | 伊豆・箱根 | Comments(0)

「彌榮館」と箱根の桜(1)

3月31日に箱根1泊の小旅行。計らずも消費税が5%から8%へ増税される日をまたいでの日程になりました。予約はだいぶ前にしていて、箱根の桜はちと早いかなと思っていましたが、結果としてはちょうど満開のタイミングになりました。と言ってもわざわざ名所に足をのばす気もなく、旅館に行く道すがらと近くの寺を散策したていどですが。

箱根湯本駅を降りて国道を山方向に300mほど進むと滝通りの入り口にあたります。ここを左折し早川を渡る湯本橋のたもとに桜が数本植えられています。満開のソメイヨシノ。
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枝が川面に向かって大きく広がっています。
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突当りが広大な庭園で有名な「吉池」、左折し須雲川にかかる弥栄橋を渡るとこの日の泊りである「彌榮館」が見えてきます。ここを道なりの坂を上がり200mほど進むと旧東海道に出ます。
すぐ右手に「正眼寺(しょうげんじ)」の入り口が見えます。
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「正眼寺」は臨済宗の禅寺で、鎌倉時代に箱根の旅路の安全を祈った地蔵信仰から創建されたとされます。
当時の箱根路は、山道が険しい上に山賊などが出没して危険が多く、箱根路の旅人たちはこのお寺に参拝して山路の安全を地蔵様に祈ってきたのでしょう。
現在も巨大な地蔵が祀られているのはその名残りなのでしょう。頭の上には糸桜が花を咲かせています。
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正面には大きな枝垂れ桜があります。
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本堂の前にある桜です。
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墓所は寺の裏山に向って坂になっています。登りながらの桜見物です。
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ここは曽我兄弟を供養するために建てられた「曽我堂」です。
曽我兄弟の仇討は日本三大仇討の一つで、源頼朝の家来であった工藤祐経によって親を殺された兄弟が、17年後に富士のすそ野での大巻狩にきていた祐経の宿舎に忍び込み、祐経を討って親のあだ討ちを果たしたという事件です。
曽我兄弟は、この正眼寺で祈願をしてからあだ討ちに向ったと言われ、その曽我兄弟を供養するために建てられたのが「曽我堂」です。
堂内には曾我兄弟の地蔵像二体が安置されているそうですが、春・秋の彼岸のみの公開とのこと。
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本堂の前に松尾芭蕉の句碑がありました。苔でおおわれて文字は読めませんが、「すみれ草」の俳句だそうです。
山路来て なにやらゆかし すみれ草  
松尾芭蕉の「野ざらし紀行」にある句で、京都から大津へ至る逢坂山越えを歩いたときの作です。箱根とは特に関係はないのですが、漂白の詩人芭蕉は何度も箱根路を歩いたことがあり、この地に弟子が何人もいたということです。それら箱根の俳人が、この句碑を建立したと思われます。
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ソメイヨシノと「正眼寺」の枝垂桜を堪能して、このあと宿に向かいます。
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by kanekatu | 2014-04-03 09:23 | 伊豆・箱根 | Comments(2)

京阪の桜便り(2)山科・毘沙門堂

4月16日午前に大阪から京都に移動。
京の桜ももう最盛期を過ぎているだろう。それなら少し涼しい山科の毘沙門堂なら、未だ花が残っているかもしれないと考え、山科駅に下車。
ここから山側の道を約15分、ずっと上り坂で、さらに石段を上がってようやく毘沙門堂門跡に到着しました。
初めてこの寺を訪れたのは、もう20年ほど前になりますか。
その頃は知る人ぞ知るという場所で、拝観料も300円だったと記憶しています。それも支払う人も滅多にいない寺院でしたが、近ごろはすっかりメジャーになってきたようです。
観光客が増え、拝観料も500円に、パンフレットも立派になりました。

町中に比べると気温は低いのですが、やはりソメイヨシノは花が散っていました。
枝垂桜も最盛期は過ぎていたようで、足元には沢山の花びらが。
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前庭の樹齢百数十年という枝垂桜で、枝張りは30mに達する巨木です。
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椿と桜、両方が見られます。
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宸殿から前庭を望む。
僧侶が廊下に落ちた花びらを丁寧に掃いていました。
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仁王門では子供たちが落ちている花びらを拾い集めて遊んでいました。
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山科駅に戻る途中に琵琶湖疏水が流れていて、ここも桜の名所になっています。
川面に落ちた花びらが重なりあって流れて行く、これを「花筏」といい春の季語になっています。
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人間の背丈ほどある菜の花も満開でした。
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疎水の遊歩道を下っていくと、洛東高校があります。
道で高校生に出会いましたが、必ずといって良いほど挨拶をしてくれるのに感心しました。
それも立ち止まって、「こんにちは」と頭を下げるのです。
山科駅前ではこの高校の生徒が、大震災支援の募金活動を行っていました。
洛東高校、とても感じの良い学校で、子どもがいればこういう学校に通わせたいなと思いました。
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京都に戻り、もう1ヶ所と思ったのですが、くたびれてしまい、そのままリムジンバスで伊丹空港に向かいました。
今回は観劇が目的でしたが、京大阪の桜めぐりが出来て得したような気分になりました。

(終り)
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by kanekatu | 2011-04-21 09:40 | 国内旅行 | Comments(0)

尾張・美濃へ城と桜を訪ねて(4)犬山城

このツアーは珍しく、食事は2泊目の朝食だけで後は無し。
2回の昼食と2日目の夕食時はいずれもバスで移動中なので、結局、駅弁ならぬバス弁を3回食べることに。
こうしてツアー代を安くしようという旅行社の企みですね。

バスは岐阜から愛知に戻り、最後の観光地・犬山城に到着。
犬山城は1537年、信長の叔父・織田信康によって造営されたもので、現存する城としては最も古いものです。
彦根城、姫路城、松本城と共に国宝に指定されています。
望楼式の三層構造で、高さは19m。
北側に流れる木曽川の断崖上に建てられ、周囲を濠でめぐらしているという堅固な造りになっています。

桜の開花期ということで混み合っていて、入場するまで40分待ちになっていました。
本丸門ですが、この行列です。
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犬山城の天守閣です。桜が栄えています。
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「富士には月見草がよく似合う」とは太宰治の言葉ですが、「城には桜がよく似合う」。
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天守閣から城の門のあたりを写したもので、手前の行列は観光客。
上方に犬山市街が見えます。
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天守閣から木曽川を見下ろした写真で、東側の犬山橋周辺が写っています。
木曽川岸の桜並木も満開でした。
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こちらは西側のライン大橋です。
ライン川に似ているということでこの名が付けられたようですが、似てるかなぁ?
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城下にある三光稲荷神社で、こちらも参拝客で賑わっていました。
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濠に沿って桜並木が植えられていて、車道も歩道も大混雑でした。
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全ての工程を終えて、帰京です。
花見のハイシーズンにもかかわらず、東名はさほど渋滞していなかったのは、やはり大震災の影響でしょうか。
今回のツアーがちょうど桜の満開期(淡墨桜以外は)にあたり、直前に大雨で観光時は晴れという理想的な天候に恵まれました。
ピンチヒッターでの参加でしたが、運が良かったのでしょう。

(終り)
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by kanekatu | 2011-04-19 10:39 | 国内旅行 | Comments(0)

尾張・美濃へ城と桜を訪ねて(2)名古屋城

バスが名古屋市に入ると、先ず目につくのは道路の広さです。
中学の修学旅行のときに初めて名古屋を訪れたのですが、その時の印象も幅100mといわれた道路の広さでした。
当時は未だ建物も車も少なく、街全体がガランとしていましたけど。

さて名古屋城ですが、築城は1612年。
以後徳川御三家の筆頭・尾張藩主の居城として栄えてきました。
昭和20年の名古屋空襲で建物の大半が焼失、現在の天守閣と名古屋の象徴ともいうべき金鯱は昭和34年に再建されたものです。
戦国時代から抜け出て天下を統一した織田信長、豊臣秀吉、徳川家康すべてこの地域の出身ですから、本来は名古屋が日本の首都であってもおかしくないのですが、日本のほぼ中央に位置していますし。
もしそうであったら、今頃は名古屋弁が標準語になっていたかも。
それはチョット嫌だな。

名古屋城の天守閣で、屋根の上には金のシャチホコが燦然と輝いています。
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西の丸にある枝垂桜です。
満開でした。
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その花のアップです。
八重桜でしょうか。
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名古屋城の桜の多くは二の丸に植えられているようです。以後は全て二の丸の写真です。
ソメイヨシノと枝垂桜が並んで咲いています。
見物客はカップルが多かったですね、まあどうでも良いことですけど。
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白いソメイヨシノの花と真っ黒な枝、そして若葉の緑の対比が鮮やかです。
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ソメイヨシノのトンネルで、こちらもちょうど満開でした。
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桜と石垣と濠、その向こうに超高層ビルが見える。
だから何だという構図の写真です。
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この後は名古屋クラウンホテルに泊まり。
時間が早かったので、取り敢えず近くのコンビニでサンドイッチとビールを買い込んで、シャワーを浴びた後で腹に入れたら、そのまま爆睡してしまいました。

明日は岐阜に向かいます。
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by kanekatu | 2011-04-17 10:43 | 国内旅行 | Comments(0)

尾張・美濃へ城と桜を訪ねて(1)岡崎城

2011年4月9-10日に1泊2日で、愛知と岐阜の名城と桜をめぐるバスツアーに参加しました。
このツアーは1月に募集され、妻が参加を申し込んでいたのですが、ここのところ花粉症などで体調が思わしくなく、急きょ代行で参加です。
旅行社はクラブツーリズム。
3月はどのツアーも殆んど成立していなかったそうで、4月に入ってボチボチまた出始めた状況とのこと。
このツアーが満席で、一人のキャンセルもなかったとのことで、添乗員もバスのドライバーもとても嬉しそうだったのが印象的でした。
大震災と原発事故の影響で、誰もが元の生活に戻れるのかという不安を抱えていると思います。

上野、新宿の集合地をスタートし、バスは東名を一路西へ。
9日は朝から強い雨に見舞われていましたが、愛知県に入ったあたりから雨が上がり始めました。
最初の訪問地は愛知県にある岡崎城です。
築城は16世紀中頃で、徳川家康がこの城内で誕生したことで有名です。
添乗員の説明で「家康は桶狭間で今川義元を破り、やがて天下を統一」と言ってましたが、これはムチャクチャ。
ガイドの解説では時々とんでもないことを言うケースがあり、「秀吉と家康が関ヶ原で天下分け目の大合戦」などと珍説を披露する人もいるので、要注意です。

岡崎は石高こそ5万石と少なかったのですが、本多家や水野家といった家格の高い譜代の大名が城主をつとめてきました。
明治の初めに城郭は取り壊されてしまいましたが、1959年に復元されました。
現在は城の周辺が岡崎公園として整備され、沢山の桜が植えられています。

大手門です。
岡崎は東海道の宿場町としても発展してきました。
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からくり時計で、時間になると家康公の人形が能を舞います。
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1542年、家康が誕生して、この井戸で産湯をつかったそうです。
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岡崎城主としてこの地を治めた本多家の祖であり、徳川四天王の一人である本多平八郎の銅像です。
かつては、五月人形でこの人をモデルにした「馬乗り本多」が定番でしたが、最近は見かけないですね。
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岡崎城は三層の平山城です。
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天守閣から見た岡崎の市街で、目の前に乙川が流れています。
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城の直ぐ脇にある船着場跡で、地元の民謡「岡崎五万石」で、
♪五万石でも 岡崎さまは  お城下(しろした)まで 船が着く♪
と唄われています。
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城の隣にある龍城神社(龍城は岡崎城の別名)です。
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園内のソメイヨシノや枝垂桜はちょうど満開でした。
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ソメイヨシノの花です。
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全国でも珍しい市立の能楽堂があり、この日は「岡崎五万石」の民謡大会が行われていました。
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雨上がりの美しい花をみて、次は名古屋城に向かいます。
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by kanekatu | 2011-04-14 10:17 | 国内旅行 | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


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