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沖縄2泊3日の旅・その6(最終回)

最終日の最初の観光は「ひめゆりの塔」と「平和資料館」の見学です。
ガイドによれば、観光コースに「ひめゆり」を入れるのは一部に批判の声もあるそうですが、私たちはこの見学がツアーの目的のひとつです。
「ひめゆりの塔」と慰霊碑の全景。
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「ひめゆりの塔」は敗戦の翌年、関係者らによって遺骨が集められ、塔を建立しました。戦後初の慰霊塔です。
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慰霊碑の前にある洞穴は、沖縄戦末期米軍のガス弾攻撃を受け、多くのひめゆり学徒や陸軍病院関係者が亡くなった伊原第三外科壕です。ここが出入口でした。
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犠牲となった女生徒たちの名簿です。
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来てみて初めて分かったことが沢山ありました。
先ず「ひめゆり」の名称ですが、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校には、それぞれ校友会誌があり、一高女は「乙姫」、師範は「白百合」と名づけられていました。両校が併置された際、校友会誌もひとつになり、両方の名前を合わせて「姫百合」と名づけられました。それをひらがなで「ひめゆり」としたのです。
沖縄戦では当時沖縄にあった21の男女中等学校から生徒たちが動員され、戦場に送られました。
女子学徒は15歳から19歳で、主に陸軍病院等で看護活動にあたりました。
男子学徒は14歳から19歳で、上級生は「鉄血勤皇隊」(物資輸送・橋の補修等)に、下級生は「逓信隊」(電線の修復・電報の配達等)に編成されました。
今でいえば中学生や高校生が最前線に送られていたのです。
沢山の生徒が犠牲になったのですが、その中の沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の方が祀られているのがこの「ひめゆりの塔」です。
だから他にも沢山の慰霊塔や記念碑があるわけです。

平和祈念資料館のこの部屋には、亡くなった生徒たちの顔写真が並んでいました。みなあどけない少女たちです。無念さを思うと涙が出ます。
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次の観光地は「おきなわワールド」で、ここに日本で最大級といわれる鍾乳洞「玉泉洞」に入洞。全長が5000mあるそうですが、見学できるのはその内の890mです。
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ハブ館がありましたが、今はハブとマングースの決闘というのは禁止されたそうです。沖縄サミットの際に海外から動物虐待という指摘があってだそうですが、どうなんでしょうね。それならスペインの闘牛場はなぜ良いのでしょうか。どうも動物愛護っていうのは胡散臭い。
色々な施設がありましたが、ここでバイキングの昼食をとるため時間が無く全て素通りです。
旧盆に沖縄各地で踊られるエイサーをアレンジした「スーパーエイサーショー」の公演だけ観て次に移動です。

ツアー最後の観光は南城市玉城にある「みーばるビーチ(新原ビーチ)」です。
ちょうど快晴になって、美しい海岸風景が見られました。
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グラスボートに乗船して海底の珊瑚や魚を見ることができました。
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これで今回のツアーは無事終了です。
このツアー前日まで沖縄は雨が続き、私たちが帰った翌日からまた雨ということで、先ずは天候に恵まれたのが幸いでした。気温はこの季節にしては珍しいほど低かったそうですが、その分観光は楽でした。
バスガイドのアヤヤさんのトークは、もはや話芸と言っても良いほど実に見事で、これだけでも楽しめました。
初めての沖縄の旅は楽しく、また機会があれば他の島々にも行ってみたいと思います。

(終わり)
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by kanekatu | 2013-05-06 18:17 | 国内旅行 | Comments(0)

沖縄2泊3日の旅・その5

2日目の昼食は本部町山川にある琉宮城で。
今回は料理の写真を撮らなかったので、ここの昼食をHPよりダウンロードしました。
食べ方は上方の小鉢に入っている海草、野菜、タコ、鶏肉などをご飯の上にトッピングして、上からスープをかけて食べます。イメージとしてはお茶漬けですね。
下の容器には、肉巻き、じーまみ豆腐、紅芋フィレートが並んでいます。
美味しかったですよ。
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食事後は付設のの蝶々園を見学。
ここの目玉は、日本最大の蝶「オゴマダラ」で本土では見られないとのこと。
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サナギが黄金色をしていて、幸せを呼ぶとか。これは確かに珍しい。
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次の観光は海洋博公園です。
沖縄県の日本復帰を記念して1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会を記念して、博覧会跡地に造られました。正式名称は国営沖縄記念公園です。
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沖縄は公共交通機関が発達していないため、どこへ行くにも車です。個人ならレンタカーで、団体なら観光バスでということになります。
レンタカーは便利ですが、行く先々でビールや泡盛を飲みながらというわけにはいかないので、そういう点ではツアーは便利です。
ここ海洋博公園には色々な施設がありますが、今回は沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館のみの見学となりました。2005年までは世界一の規模でした。現在もジンベエザメを複数飼育しているのは、世界でもここだけとか。
ハナブサイソギンチャクです。
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ガンガゼで、目だけ光っているのが面白い。
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大きなニシキエビです。
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色鮮やかな熱帯魚、美味しそう。
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当水族館の目玉、ジンベエザメです。とにかく大きい、なにしろ現生最大の魚ですから。
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ジンベエザメの主食はプランクトンで、濾過摂食です。これは海水と一緒に生物を口腔内に吸い込み、鰓耙(さい)で濾し取り、鰓裂から水だけを排出し残った生物を呑み込むという摂食方法です。
迫力十分です。
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ジンベエザメは海面付近に漂う餌を効率よく口内に吸い込むために、体を垂直近くにまで傾ける習性があります。そのためここの水槽の深さを10mにしています。
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こちらはエイ。
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赤珊瑚は深海にしかいません。宝石として珍重されたので今では残り少なくなったようです。
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2日目の最後の観光は、古宇利島です。
古宇利(こうり)島は半径約1Km、周囲が約8kmの島です。本島とは古宇利大橋でつながっています。写真右奥に見えています。
海水の色がエメラルドグリーンなのは、海底の珊瑚礁によるものです。
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ビーチから見た古宇利大橋。
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橋の上から見たものですが、水が澄んでいて海底が見えます。
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ここから高速道を通って那覇に戻りました。道の両側の木々が倒れたり枯れたりしているのは、昨年沖縄を大型台風が次々襲った影響だそうです。
防風林の松林は年々松くい虫の被害が拡大し、立ち枯れの木が目立ちます。
沖縄は元々山が少なく木材資源が乏しいので、こうした被害は深刻です。
泊まりはロワジールホテル那覇で、夕食はこの日も和食、中華、洋食のチョイスでしたが、やはり和食にしました。飲み物は先ずビール、次いで泡盛をロックで。疲れが出て夜は爆睡。
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by kanekatu | 2013-05-05 11:26 | 国内旅行 | Comments(2)

沖縄2泊3日の旅・その4

2日目のスタートは琉球村の見学です。テーマパークの一つで、築100-200年の沖縄の古民家を移築し、展示したものです。大半の古民家は国の有形文化財で、古き良き沖縄の村の雰囲気を味わうことができます。
民家の機織り風景です。
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これは穀物などを貯蔵する高倉でしょうか。今でも東南アジアの国でも見られるような高床式の建物です。
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赤い屋根瓦が特長的です。
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石垣に囲まれた民家の風景は独特です。
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室内でシーサーの彩色が行われていました。
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初めて見るのにどこか懐かしい気分になるのが不思議です。
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実際に水牛を使い、昔の製糖風景を再現したものです。
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ここに展示されている家は恐らく沖縄の中でも資産家だった人たちの建物だろうと思います。
一般庶民の家はどうだったのでしょうか。
現在の沖縄の家屋は、バスの車窓から見る限りでは鉄筋コンクリートが大半でした。これは台風被害に対抗するため頑丈な建造物にしているのでしょう。外装や出窓のような装飾は少なく、外壁はコンクリートの打ちっぱなしのような外観です。

万座毛(まんざもう)は沖縄本島のほぼ中央・恩納村(おんなそん)に位置する、沖縄きっての景勝地として知られています。
この名前は、18世紀初頭の琉球王尚敬(しょう・けい)がこの地を訪れたときに、「万人を座するに足る毛」と称讃したのが由来です。「毛」とは沖縄のことばで「原っぱ」のことをいいます。
復帰前、万座毛一帯は米国国務省所管の放送局基地として使用されていましたが、返還されてから今のようなリゾート地になりました。
隆起サンゴの台地の上には遊歩道が設けられていて、写真はそこから「象の鼻」と呼ばれる岩を写したものです。
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眼下はマリンブルーの東シナ海です。
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沖縄のお墓は本土とは異なり屋根が付いていて家屋のような形状をしています。
こうした規模の墓地が数多く見られました。
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2日目の観光はまだ続きます。
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by kanekatu | 2013-05-04 08:53 | 国内旅行 | Comments(2)

沖縄2泊3日の旅・その3

沖縄本島の地図は次の通りです。
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島は南北に長く、両端は東京―静岡間の距離に匹敵するとか。
東シナ海と太平洋を隔てる「縄のような形の島」から「沖縄」という名が付けられたという説があるそうです。
バスは南部の那覇から中部の読谷村(よみたんそん)に向かって北上します。
中部には米軍基地が集中していて、まるで基地と基地の間を走っているような感じを受けます。沖縄から基地を撤去して欲しいという声がある一方、基地に依存した生活があるというのが沖縄の現実です。この辺は原発問題と似た部分があります。県民の基地反対派と存続派は4:6から半々と言われていて、それが各自治体選挙結果にも表れています。そして騒音が激しく危険性が高いオスプレイ配備のような課題になると、全ての自治体が反対してます。

読谷での観光は世界遺産の「座喜味城跡」です。
読谷村のほぼ中央にある座喜味城跡は、15世紀初期に築城家として名手だったといわれる護佐丸(ごさまる)によって築かれたと伝えられています。規模は小さいですが、石垣のアーチ門や城壁の曲線に特徴があります。本土ではこういう形状の城壁は見たことがありません。
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写真中央の四角く囲われた部に城があったようです。
ここからは少し霞んでいますが海が見えます。
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沖縄戦での米軍上陸は1945年4月1日で、ここ読谷と嘉手納からです。この日、米軍により砲弾44825発・ロケット弾33000発・迫撃砲弾22500発が撃ち込まれたそうですから、この辺りは何も残っていなかったでしょう。
日本軍が南に向かうと同時に米軍も南下し、これから約3カ月にわたる地上戦が行われます。
特攻作戦や戦艦大和が撃沈されてのもこの沖縄戦です。
沖縄戦は太平洋戦争の中でも特殊で、日米双方の司令官が死亡しています。米軍の司令官は中将でしたが、これは現在に至るまでのアメリカ軍戦死者の最高官位です。米軍の死者12500人となっていますが、これ以上の数の兵士が精神を病んで本国に送還されたそうですから、いかに激戦であったかを物語っています。
そして沖縄戦終結の2か月半後に日本は降伏します。
近ごろネットの一部では、沖縄の基地反対運動を「反日」だの「工作員」だのと罵る輩がおりますが、彼らが少しでも沖縄の歴史や現状を知れば、そうした軽はずみなことは言えない筈です。

1日目の宿泊は沖縄残波岬ロイヤルホテルです。沖縄本島で2番目の客室数をほこるホテルで、部屋も機能的で使い勝手が良かった。
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夕食はチョイスでしたが、私たちは和琉食を選びました。全体に味付けが甘く感じました。私は食べ物の好き嫌いがありませんが、甘味が苦手なんです。専ら野菜や海草をつまみに、沖縄の地酒を冷やで呑んでおりました。
ホテルの中庭です。風力発電をしているようです。
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ようやく晴れてきて、ホテルから残波(ざんぱ)岬の砂浜と桟橋が見えました。
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白亜の残波岬灯台です。この付近は景勝地だそうですが、残念ながら今回は見学ができません。
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by kanekatu | 2013-05-01 11:01 | 国内旅行 | Comments(2)

沖縄2泊3日の旅・その2

羽田から約2時間半で那覇空港に到着、現地添乗員の案内で沖縄バスに乗車。バスガイドはベテランのアヤヤさん。
参加者は44名と満席で、添乗員は補助席に座ることに。
やはり年配のご夫婦連れが多数ですが、若い人もチラホラ。私たち同様、沖縄は初めてという方が多かったようです。
沖縄におりた最初の印象は、涼しいなといういこと。旅行案内ではこの時期は半袖と書かれていましたが、上着を着ていって正解でした。ただ前日までの雨は上がっていたのは助かりました。

沖縄は鉄道のない県ですが、那覇市にはモノレールが走っています。その牧志駅から国際通りを歩いて、沖縄三越前のステーキハウスで昼食です。
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料理人が目の前でジャグリングのように容器をクルクル回しながら胡椒を振ったりというパフォーマンスがありました。味はフツー。
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この後、再び国際通りを歩いてバスに戻ります。
この日は休日ということでホコテンになっており、道路上では様々な催しが行われていました。
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その一つ、第三日曜は「もずくの日」だそうで、キャンガルが試食品を配っていました。キレイな人だと思って見ていたら、ミス沖縄でした。ミスコンに優勝すると様々な行事に駆り出されるんでしょうね。
かつてミスコンというと、会場で愛人を物色するヒヒオヤジたちが詰めかけたそうですが、今はどうなんでしょうか。
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最初の観光は世界遺産の首里城です。全体が公園になっており、一部は有料区画です。
首里城の建物の大半は沖縄戦で破壊されてしまい、1992年、沖縄の本土復帰20周年を記念して復元されました。
公園のほぼ中央にあるのは首里森御嶽(すいむいうたき)で、「琉球開闢(かいびゃく)神話」によれば、神が造られた聖地であるとされている礼拝所です。
パワースポット(わたしは信じないが)として人気があるそうで、手を合わせている人が多かった。
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奉神門(ほうしんもん)は「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る最後の門になります。1562年創建ですが明治末期に取り壊され、1992年に再建されました。
3つの門のうち中央は国王など身分の高い人だけが通れる門で、私たちは当然、中央の門から入りました。
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御庭(うなー)は首里城の中心部で年間を通してここで様々な行事が行われていました。
正面に見えるのは正殿(せいでん)で、琉球王国最大の木造建造物で国殿とよばれ、文字通り全国百の浦々を支配する象徴する重要な建物でした。
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書院は国王の執務室でした。庭園は城内で唯一の本格的な園であり、琉球石灰岩をたくみに利用したつくりになっています。
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国王が座る玉座は御差床(うさすか)と呼ばれます。
実に絢爛豪華な意匠ですね。
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御庭から見た左が南殿、右が番所(ばんどころ)です。
首里城へ登城してきた人々の取次を行った場所です。
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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)は形は門ですが、国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所です。
琉球石灰岩で造られた建造物で1519年の創建。沖縄戦で一部破壊されましたが1957年に再建、世界遺産になています。
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守礼門(しゅれいもん)の「守礼」は「礼節を守る」という意味で、門に掲げられている扁額(へんがく)に「守礼之邦(しゅれいのくに)」と書かれていることからこう呼ばれています。「琉球は礼節を重んずる国である」という意味ですね。
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那覇を出てバスは北へ向かいます。
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by kanekatu | 2013-04-29 16:48 | 国内旅行 | Comments(2)

沖縄2泊3日の旅(2013/4/21-23)その1

「沖縄を返せ」
作詞:全司法福岡高裁支部
作曲:荒木栄

固き土をやぶりて 民族の怒りに燃ゆる島 沖縄よ
我らと我らの祖先が 血と汗をもて 守り育てた 沖縄よ
我らは叫ぶ 沖縄よ 我らのものだ 沖縄は
沖縄を返せ 沖縄を返せ

政府が主催する記念式典を毎年4月28日に開催すると、安倍政権は2013年3月12日の閣議で決定しました。「主権回復の日」だというのです。1952年4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効した日を祝うという主旨だそうです。
しかし沖縄はそれ以後も米軍統治下におかれ、沖縄が日本の領土として認められ、施政権が返還されたのは20年後の1972年5月5日です。
「4.28」を沖縄では「屈辱の日」と呼んでいたそうですが、本土の各地では「沖縄デー」と題して、沖縄返還を求める集会とデモ行進が行われていました。冒頭の歌「沖縄を返せ」というのはその時に参加者により合唱されていたものです。
また当時、沖縄復帰を祈る「あかつきの大合唱」という行事が行われていました。東京では大みそかの夜から高尾山に登り神社に初詣、続いて尾根を伝って景信山に登り頂上でご来光を拝みながら「あかつきの空へ」を合唱し沖縄返還を祈るというものでしたが、こちらへも毎年参加していました。
その後沖縄は本土に復帰しましたが、日本の国土の0.6%の沖縄にはいまだに米軍基地施設の総面積の74%が集中しています。
復帰はしたものの、実態は以前とあまり変わらないというのが実状ではないでしょうか。
普天間基地移設については未だにメドが立たず、さらにオスプレイ配備がなされ、加えてTPP参加で沖縄の農業が壊滅的打撃を受けるおそれもあります。
こうしたことに目を瞑り、沖縄抜き「主権回復の日」を強行しようする安倍内閣の性根には呆れるしかありません。

その「4.28」を目前にした4月21日より3日間、沖縄へのツアーに参加しました。旅行社はクラブツーリズム、現地添乗員はMさん。夫婦で旅行は久々です。
4月21日は結婚記念日でもありますが、毎年忘れていて、この日に旅行は40数年ぶりです。
この度の沖縄への旅で、いちおう47都道府県すべてに行ったことになります。本当は沖縄へはもっと早く行くべきだったのですが、何となく機会を逸しこの日になってしまいました。
沖縄へのツアーには色々なコースがありますが、初めてということで本島の名所をめぐるオーソドックスなコースを選びました。

ツアー日程は次の通りです。
<1日目>
羽田空港8:55発-那覇空港11:30着
那覇市内で昼食―DFSギャラリア沖縄(大型免税店)―首里城公園(守礼門【世界遺産】園比屋武御嶽石門正殿入場)―【世界遺産】座喜味城跡―沖縄残波岬ロイヤルホテルで夕食、宿泊
<2日目>
ホテルでの朝食後、琉球村(沖縄の古民家集落を散策)―万座毛―ナゴパイナップルパーク―琉宮城レストランで昼食―蝶々園―沖縄美ら海水族館―古宇利島―ロワジールホテル那覇で夕食、宿泊
<3日目>
ホテルにて朝食後―ひめゆりの塔(平和祈念資料館入館)―おきなわワールド(玉泉洞入洞)レストランで昼食―新原ビーチ(グラスボート乗船)―那覇空港16:55発-羽田空港19:10着
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by kanekatu | 2013-04-26 09:55 | 国内旅行 | Comments(0)

憂きな中にも旅の空


by kanekatu
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